5話 兄離れ妹離れの練習は大事
高難易度めんどくさい……けど御札ぁ……
「メディ兄……どうして止めたの? あんなの一分もオハナシしたら物分りが良くなるのに」
クレソンたちから離れた後も、レティシアは納得いかないといった具合にむくれていた。やれやれ、俺のために怒ってくれるのは嬉しいが困ったものだ。
「それでアレが黙っても俺の評判はよくならないからな。というか、都合が悪くなるとレティシアをけしかける情けない最低野郎扱いになる」
あそこでレティシアに頼ったら虎の威を借るにもほどがあるし、レティシアの評判も下がってしまう。俺の評価が下がるだけならまだいいが、レティシアを巻き込むのは駄目だ。
「でも……メディ兄を馬鹿にされて……」
うん、才能と評価に差がありすぎる俺のことを未だにこうして兄貴分として慕ってくれて、怒ってくれるのはうれしいがもうちょっとこう、兄離れをしてもらわないといけないよな。
今でもちょっと気をぬくとすぐメディ兄って言い出すし。こりゃちょっと念押ししておくか。
「時間は平等っていうがレティの時間は凡人の何倍も貴重で価値があるんだぞ。だから無駄なことする暇あったらもっと有意義なことに使えよ」
ほんと時間って量は平等でも価値は一緒じゃないからなぁ。レティシアみたいな天才の時間は貴重なんだからほんと大事にしてもらわないとな。
「わかった。メディに……メディクが言うならそうする」
「おお、そうしろ」
しっかし、いきなりこれとは思いっきりアウェイだな。なかなか先が思いやられるが、まぁいいさ。まだ始まってもないことを考えてもしょうがない。
とりあえず、入学式だなんだが終わってからでも悩むのは遅くないさ。
そしてその後つつがなくレティシアが新入生代表の挨拶を終えて学院生活が始まってはや一週間。年齢的には高校生が通う学院だがそのシステムは好きな授業を選択して受ける日本の大学に近い形式ということもあって、さまざまな攻撃魔法の講義にでるレティシアと兄離れをすすめる意味もこめて学内で会わずに色々な授業を受けているのだが……
「あれが噂のノワルの失敗作」
「恥ずかしくないのかしら、親と従妹のおこぼれで入学だなんて」
「やだやだ、近くにいたらこっちまで先生に目をつけられるぜ。露骨に嫌がっている先生が多いって先輩言ってたし」
「正面から指摘した相手に対してレティシアさんをけしかけようとしたって聞いたぞ。恥知らずにもほどがあるだろ」
このように、どこにいってもものの見事に孤立というか腫れ物扱いされていた。まぁ、原因の一部にクレソン野郎たちが流したデマも混じっているみたいだが、それでも俺の評価はひどいものだ。
中でもとりわけきつかったのは回復魔法を教える魔法長(日本の大学でいうなら教授)。
彼は最初の授業で最前列に座っていた俺の姿をみるなりその禿げ上がった頭と立派なヒゲを震わせて不快感を隠そうともしなかった。そして授業がはじまるや……
「どうやらここに回復魔法は攻撃魔法よりも容易い、戦わずとも良い楽な魔法などと勘違いしている輩がいるようだがはっきり言っておく。回復魔法は断じてそのような甘っちょろいものではないぞ!」
こんな具合で明らかに俺を意識して敵意をバリッバリに飛ばしてきていた。
でも、あちらからしたらノワル家が俺という出がらしをつかって既得権益を奪いにきた。あるいは俺という産廃でも回復魔法ならできると押し付けようとしている。そう見えてもおかしくはないからなぁ。事前情報と先入観で排除対象に見られてもしょうがなくはある。
こういう時こそ前世の経験が生きる、というのがお約束だが俺の場合前世はただの学生、それも狭い特殊な世界で生きてきただけ。こんな難儀な事態を乗り越えてきた経験はない。
とはいえ、幸いにも嫌われこそすれ門前払いはされてないので授業は受けることができる。だから時間の経過で怒りが風化するのを待ちながら授業態度で誠意を示す、という一番穏便な手が実行可能だ。
そのためにも今日はレティシアからいい本がたくさんあって勉強になると言われた図書館で予習しておくか。
「申し訳ありません、あなたの図書館への入館は許可できません」
「へ?」
と、意気込んでレティシアに教わった図書館に行ったはいいものの、俺はその入り口でものの見事に通行止めを食らってしまう。
「えーと、俺は一応この学院の生徒なんですけど。学生証も出しましたよね?」
「ええ、分かっております。学生証も本物であるのも確認済みです」
「じゃ、じゃあ」
「ですが、この図書館には大変貴重な書やうかつに真似をすると大変なことになる魔法について記された書が多数あります。故に生徒であっても学院長の許可がなければ入館することはできません」
そんなことレティシアは一言も……レティシアは最初っから許可されていたわけだ。
「必要書類の方をお渡ししますから学院長のほうに提出してください。ただ、審査の方は相応に厳しいので却下されてもどうかご了承くださいませ」
淡々と引き出しから書類を渡すと話は終わったと言わんばかりに俺から目線を離す。うん、これ以上ここでできることはないということか。
「わかりました、ありがとうございます」
書類ももらったし、とりあえず出すだけ出しておくか。却下されてもしょうがないけど出さなきゃどうしようもないし、もらった書類も勿体無いしな。
さくっと書いてさっさと出して、空いた時間で受けるつもりなかった授業を受けるなり食堂で軽食でもつまむとするか。
「いや、すまんの。わざわざ来てもらって」
そんな軽い気持ちで俺は入館願いを書き上げて学院長室の秘書さんに書類を提出しようとしようとしたら俺はなぜだかそのまま問答無用で派手で豪華なローブを身にまとったいかにも偉い老魔法使いといわんばかりの相手、学院長の前に座らされていた。
「さて、メディク=ノワル。お主は自主学習のため本日特別図書館への入館願いを申し出た、と。いや勉強熱心なようで結構結構」
にこにこと、もしローブが赤と白ならまんまサンタクロースで通じそうな立派なヒゲをゆらして俺に笑いかけてくる学院長。
うん、本当に場所や相手がこうでなかったら和むんだけどこの状況じゃそうはいってられない。
なにせ学院長はこの学院のトップであると同時にこの国で歴代最高の攻撃魔法使いの一人と名高い重鎮も重鎮。本来はこんなふうにほいほいと会えるはずもない相手。こりゃ確かめないわけにはいかない。
「えっと、学院長、学院長は一々提出された許可願いに対してこのように面談をされているのですか」
「いや、普通は面接もせんし、するにしてもその生徒のことをよく知っている各魔法長に丸投げじゃな。全員の相手ができるほど暇ではないしの」
ああ、普通はやっぱりしないのか。なら俺が今受けているのは普通じゃないってこと。うわ、嫌な予感しかしない。
「そうですか、えっと。では手短にお願いします。その、今回の申請ですけど」
「不許可に決まっておろう。あの図書館は普通の新入生が入っていい場所でもなければ、入ったところで意味もない場所。今年の新入生で許可はレティシア嬢ともう一人にしか出しておらんしの」
にこにことした笑顔から一転、厳しい真顔でにべもなくばっさりと学院長は俺の申請を却下する。
うん、正直わかっていた。ならもうここにいてもしょうがないな。
「わかりました。それじゃ失礼しま」
「あー、まてまて。話は最後まで聞かんか。全く最近の若いものは年寄りに対して礼儀というものがなっとらんの」
おお、まさかこの世界でも最近の若いものはを聞くことになるとは。いやぁ、さすが古代エジプトだかメソポタミアだかでも言われていたっていうだけあって時代が変わってもどころか世界が変わっても不変なんだな。
「それは失礼しました。ですが、許可できないで話は終わりでは」
「そうじゃな。普通なら許可はできんし、する意味もない。じゃが、お主は普通の生徒ではないからな」
普通じゃないって……ああ、いや。
「たしかに、レティシアのおまけで入れてもらったので普通未満ですね」
「いや、そこまではっきり言わんでも」
「事実ですから。自分がレティシアの従兄でノワル家の嫡男でなければ入学はおぼつかなかったと思いますし」
入学できたかもしれないがそれでもハードルは間違いなく高かっただろうしな。
「はぁ……なんというか割り切っているというか達観しているというか、そのあたり死んだお主の祖父そっくりじゃなぁ」
ん? 祖父?
「祖父をご存知なのですか?」
「無論。儂はお主の祖父、ハデス=ノワルとはこの学院で机を並べた仲。よーく知っておるよ」
ああ、病気で死んだっていう祖父もノワルの名に恥じない優れた攻撃魔法使いだったらしいし、学院長と接点があっても何もおかしくない、というかないほうが不思議か。
「ほんと、ハデスはいいやつじゃったよ。あやつには学生時代にも、それから卒業してからも本当にどれほど助けてもらったか」
しみじみと遠い目で話だした学院長の声に嘘偽りは感じられない爺やも稽古の時いつも祖父は素晴らしい人だったってべた褒めしてたしやっぱりできた人だったんだな。
「メディク=ノワル。たしかにお主の入学を認めたのはお主の従妹であるレティシア=ノワルを我が学院にいれるためでもあるし、ノワル家に恩を売りたいからでもある……じゃがそれ以上にお主の祖父であるハデスに受けた恩を少しでも返したいからなのじゃよ」
遠くを見つめていた目が現在へと戻ってきて、学院長が真っ直ぐに俺を見てくる。あ、これって……
「ハデスの友人として儂が直々に稽古をつけてやろう。図書館なんぞよりよっぽどためになるぞ」
「あ、そういうのはお断りします」
「そうかよくい……は?」
次話は本日13:10分ごろに……