46話 規格外の宴
おのれきのこ。月末はガチャが忙しい。デレはさえはん、モバはふみふみかなぁ
俺の音頭のもと始まった渇き病対策。正直人数は小隊の皆を合わせても五十人にも届かず、回復魔法の使い手は俺を含めてわずか三人。
王都の裏通りで発生した疫病への対処としてはとても手が足りない人数だ。足りるはずがない……普通なら。
「メディク殿! 裏通りでぶっ倒れてたやつら運んできたぞ!」
「逃げ出そうとしていたのは白亜亭を頼れと言葉と拳で伝えておきました」
だが、今回集まった面々は普通ではない。まず、十九小隊の皆は普段から回復魔法を酷使無双せざるを得ないほどきつい訓練を繰り返した屈強の身体の持ち主で、さらにその身体能力を強化させる魔法の専門家だ。
その身体能力は意識を失った大人一人を片手で軽々と、場合によっては一人を小脇に一人を片手にぶら下げてと昔の漫画で大根を買ったかのように次々連れてきてもまるで疲れを見せないほどだ……たまに顎に説得(物理)の痕跡らしきものが一つ見られる失神者がいるが、逆にそれ以外の痕跡はない。
「さすが十九小隊……」
精鋭中の精鋭なのは伊達じゃない。鍛えられた体と白兵魔法が合わさればまるでレンジャー隊、災害救助やこのような現場でこれほどわかりやすく頼りになるものはないな。
「おいおい、メディク殿。俺らくらいで驚いてたら隊長の姿みたら驚きすぎてしんじまうぞ」
「いや、さすがにそれ……」
「メディク殿、どいてくれ!」
「は⁉︎」
俺が咄嗟に飛び退いた次の瞬間だった。空から銀色の流星が……隊長が轟音と共に降ってきたのは。
「た、隊長……何を」
「何を何も見ての通り物資集めの帰りですよ。塩は表通りで買えるだけ、あと衣服やらなんやらも集められるだけ集めてきました」
いや、見ての通りって……たしかに隊長の背には漫画のように巨大な木箱や布が山積みにされて括られている。いるが……その、量がどう考えても人が一人で運んでいい量でないというか、隊長の鎧が埋まる勢いというかなんだが……いや、そもそも……
「あの、隊長……なんで上から降ってきたんですか」
「この量だからな。裏通りを通ろうとしたらつっかえるし、何より上を突っ切った方が最短経路で早く着くからな」
いや、最短経路って……ひょっとしないでもこの量を背負って屋上を忍者みたいにバルクールしてきたのか? しかもフルメイルで?
「な、メディク殿。いった通りだろ? 俺たちで驚いてたら隊長みたらおったまげるって」
「そのなんだ、メディク殿。これが我らの隊長ということで……馬二頭と綱引きして余裕で勝つ人だから、隊長」
あ、はい。そうですか……なんというか規格外という言葉すらも生温いんですね。
「おいお前たち何を呆けている、早く救助か患者介護の手助けにいけ」
「「あ、は、はい!」」
「まったく。今は人手がとにかく足りないというのに……すまないな、メディク殿。部下がサボって」
「いえ、その……気になさらずに。彼らも隊長もその、一人で十人分は働いてくださってますし」
「そ、そうか? いやそれならいいんだが……おっと、そうだ。ロッ、シャルロット殿から伝言だ。手配したから追加の物資が王都に届く、あと終わったらちゃんと直接説明に来い、とな」
おっと、シャルロットのやつも動きが早いな。そして直接、か。俺が乗り越えられるのを疑ってないか……まったく、ありがたい話だ。信じてくれる人が外にもいるっていうのはそれだけで気力が違ってくる。
「わかりました。シャルロットにはちゃんと説明します。今後の渇き病対策のためにも、ね」
「ああ。その時は自分も同行しよう……だが、まずはここを乗り切ってからだな。とりあえず塩は大量に運んだが、水は足りるのか? 言われた通り隊員に裏通りの井戸はすべて封鎖させたのだし」
隊長の疑問はもっともすぎる。ああ、いくら塩が足りても水が足りなければ摂取させようがないし体も洗えない。患者のケアに水はいくらあっても足りないが……
「心配ないですよ、レティが……俺の自慢の妹がいますんで」
そう、断言してもいい。レティシアがいるなら水不足はありえない。
「ずいぶんと妹殿を信頼しているのだな。たしかに妹殿はノワル始まって以来の天才と名高いがだそれでも……」
「いやもうこれはみてもらった方が早いですね。ちょうどそろそろ……」
信じられていない様子の隊長を白亜亭の中に案内する。そして中ではマーサさんとその指示を受けた隊員がバタバタ走り回っているあたりから離れたところで、レティシアが一人静かに目を閉じていた。ああ、ちょうどよかった。間に合ったな。
「メディク殿、妹殿は何を」
「しっ! 黙って見ていてください。すぐにわかりますから」
レティの前にはずらりと並べられたドラム缶ほどの大きさがある水瓶。その数およそ十。俺がもしその水瓶に水を満たすなら一つに軽く一時間はかかるそんな大きさのそれだが……
「……よし、終わり」
「はっ……?」
ただ、指を鳴らす。レティがしたのはただそれだけ。だがそれだけでレティシアには十分だった。
「メディ兄、とりあえず全部ギリギリまでいれておいたから」
「ああ、ありがとうなレティ」
「あ、あのメディク殿。い、妹殿は……」
「何をって……面倒だから水瓶の中に水を直接出していれただけだよ」
「い、いやいやいや。たしかに任意の場所に魔法を発生させるのは高等技術でありますけど、まだ水瓶はいくつも」
「何いってるの? あたしはちゃんと水を十等分して全部にいれたよ?」
「……は? い、いやいやまさか……」
聞く人が聞いたら耳を疑うだろう。任意の場所一箇所に魔法を発生させるだけでも高等技術だというのにそれを十箇所同時に、しかも指パッチンだけで成功させるなんて難しいとかそういう次元の話ではない。
「アッツゥ!?」
「あ、ごめん。半分はね、メディ兄のお願いでお湯にしてるから。火傷するくらいのお湯でぐつぐつやっても毒は殺せるらしいから汚れたシーツとか服を洗ったりするのに便利って」
温度調整まで同時にしてなんて、な。全部に水が入っているか確認していた隊長がその余波でお湯に触れてしまったのはちょっと申し訳ないが……これ以上ないほどレティシアの規格外っぷりが伝わったはずだ。
「くぅ……なるほど、心配いらないといったのはわかった。わかったが……大丈夫なので? 魔法の腕がいくら規格外でも長丁場になりそうなのでこの調子だとすぐにすっかからんに」
「えーと……それなんですが。隊長、俺の魔力量がその普通よりは優れているのはご存知ですよね?」
「え? ええ、それはもちろん。訓練の時にみさせてもらいましたが並の魔法師を十としたらあなたは三十はあるかも……」
「その基準で言えば、レティシアは三百は軽くこえます」
「……はっ?」
本当に才能の差は残酷だ。俺がどれだけ鍛えられる、伸ばせるからと伸ばした魔力量。爺の特訓で地獄をみても、レティシアの足元にも及ばない。いや、レティだけでない父さんも伯父さんも当たり前のように皆俺の何倍も……隊長基準でいう百を軽く超えていっている。
ああ、本当に嫌になるくらい目に見える格の違い……でも、これ以上ないほど頼もしい。
「メディ兄、メディ兄がすごいのは魔力量とか魔法の腕とかじゃないから気にしないで、ね?」
「はは、ありがとなレティ……そっちのほうでは頼りにしてるからな」
「うん! 任せてメディ兄!」
続きはいつも通りに!




