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44話 地獄になんとやら

リアルがばたついてまして遅れてすいません。



「メディ坊、またきたよ」


「わかりました、俺が運びますからもう一回解毒魔法を! セシルは水瓶に補給頼む!」


 俺と一緒に地獄に落ちてくれ、なんて言われて最初は意味がわかっていなかったマーサさんとセシル。でも二人はすぐに気づいてくれた、いや気付かされた。

 あの後すぐに無数の患者さんがマーサさんを頼って白亜亭に運ばれてきた。コレラは一人でたら百人はいると思えという、人にしか感染せず流行するまではどこに潜んでいるかまるでわからないのにいざ発症者がでると爆発的に増えていく性質からこれは必然としか言えなかった。

 最初のコレラ患者が出たのが夜で、もうすぐ夜が明けようとしているが患者は途絶えることなく次々と運ばれてきている。


「やっとく! まったく、メディクが地獄だなんていってたけど大げさじゃなかったよ」


 ああ、大げさじゃない。大げさなものか。白い下痢を一日二十回三十回と垂れ流し比喩でなく体がしぼんでいく患者、そして患者が接触したところを知らずに触れた別の人がまた感染していき患者が次々に増えていくのは控えめにいっても地獄じみている。加えて……


「ああ、大げさなことはいってない。だからセシルもマーサさんも徹底して毒消を自分と患者にかけてくれよ! 一番伝染りやすいのは治療者だからな」


 コレラが医療現場で恐れられるのはその感染の性質上治療者をどんどん倒していくこと。徹底して対策を取っていても、針刺し事故のような明確なエラーをしなくとも伝染る時は伝染る。

 現状三人しか治療者がいない状況で誰かが倒れでもしたら……それにさっきはあえて言わなかったが、疫病の最古にして最もわかりやすい対抗策は患者をまとめて住居ごと焼き払うこと。仮に患者が外に逃げ出してヘイトを集めなくても、効果がある治療を行えているという歯止めがなくなれば、いや歯止めがあっても手っ取り早い解決に乗り出さないとは限らない。

 だが現状では、何もかもが足りなすぎる。患者を安静に休ませるための場所が足りない。清潔なシーツが足りない。患者を着替えさせる衣服が足りない。患者を拭う手ぬぐいも足りない。患者のための水を入れる桶も足りない。消毒薬も足りない。治療する人手も足りない。落ち着いた患者の世話をする人手も足りない。裏通りの外にさまよいでないように患者を誘導する人手も足りない。患者の足跡をたどって消毒する人も足りない。感染源の分析をする人も足りない。

 そしてなによりも……


「メディ坊、ちょっと塩の在庫が心許なくなってきたよ。そろそろ仕入れるかって時だったからねぇ……」


「ごめん、水はもうちょいまって。僕ちょっと疲れちゃたったよ」


「……わかった、水は俺が出しておく」


 塩と清潔な水が足りない。コレラの患者治療最大の要は水分と電解質の補充による脱水状態の阻止、もしこれが途絶えた場合の死亡率は八割を超えてしまう。”塩の切れ目が命の切れ目”だ。

 もし塩が切れて水だけを飲ませると、下痢によってただでさえ電解質を失っている患者の体液がさらに薄くなってしまい、その濃度を濃くするために水分を体外に排出、つまり脱水がより悪化してしまう。

 そして水は言うまでもないが飲ませるだけでなくて患者や周囲の洗浄にも必須。無論水だけでは足りないが水がなければ衛生環境を保持することは不可能。だから水と塩両方が切れるのだけはなんとしても避けなければならない。

 だが、どうする? 水はセシルが息切れしているし俺の攻撃魔法の威力は最低値。それこそ今水瓶に補充こそしているが十分な量が貯まるのにどれだけの時間がかかることやら。

 そして魔法で補充できない塩はもっと深刻だ。このまま夜が明けても表通りからの補充がそれこそ、感染の拡大やパニック発生を回避するために望めない現状では裏通りで塩をなんとか……いや、だが今裏通りにある塩はそもそも清潔か? 汚染されていないか? 考えだすとキリがない。

 まだ一日目だっていうのにないないづくしにも程がある。せめてせめてもう少し人手がいてくれれ……


「その水瓶に水をいれればいいのね、わかった」


「な?」


 ちょっとまってくれこの声……


「てっ、あぶな‼︎」


 とても聴き慣れたそして聞こえてはいけない声が飛び込んできた次の瞬間、俺の魔法で全然みちる気配がなかった水瓶から水が勢い良く溢れ出しそのままこけかけるのを慌てて押さえ込む。


「あ、ご、ごめんメディ兄。ちょ、ちょっとやりすぎちゃった」


「れ、レティ? な、なんでここに」


「その……すいませんメディクさん、私もです」


「フィーユまで……」


 地獄になりつつある今この場に現れたのはレティシアとフィーユ。今この場ではこれ以上ないほど頼もしくて、そして同時に白亜亭には”いてほしくない”二人だった。

 そう、ここはこの先ますます危険となる。だからコレラ患者が発生した時、水晶を使って俺はレティとフィーユの二人に危険であるから来るなと言い含めたはずだった。


「なんでもなにも、メディ兄が大変なんでしょ? なら来るよ。メディ兄だけにそんなの背負わせられないし」


「……むしろあれは来てくれ、という意味に聞こえるかと」


 ふりじゃなかったんだが……い、いやだが……


「とりあえず、あれだよね? すんごくやばい病気がここで流行りそうになってるからなんとかしないといけなくて、メディ兄ががんばっているんだよね?」


「あ、ああ……まぁそうだな。ここで踏ん張らないと裏通り全部燃やされるか王都丸ごと干からびた死体まみれだ」


「しゃ、洒落にならないですね……そこまでの事態なら、やっぱり間違ってなかったですね」


「間違って、なかった?」


 フィーユは一体何を言って……


「メディク殿、無事か!」


 俺の思考がまとまるより早く、とても見慣れた気がする金属の塊が……鎧のようなものが、白亜亭に飛び込んできた。いやもう、これは……


「べ、隊長⁉」


「うむ、自分だ。久しぶりだな」


 なんで、ここにベアトリスが? 知らせてもいないのに……


「いやなに、フィーユ殿からメディク殿が大変と連絡があってな。それで助力できないかと申し出たらシャルロット殿が上を説き伏せてくれてな」


 フィーユ……お前……それに、シャルロットもか。


「正直なにが起きているかわからん。わからんが、何か大変なことになっているなら人手がいるはずと十九小隊全員、特別訓練の名目で参上した!」


「そ、それいいんですか?」


「もし問題になったらその時考える! それより今は恩返しのほうが大事! さぁ、メディク殿! 自分達を存分にこき使ってください!」


 ……やばい、泣きそう。地獄に仏じゃないが、いまこの三人が、いやシャルロットもあわせて四人が女神に見える……そうだな、これなら、戦える!





明日の投下は休ませていただきます。続きは明後日のいつもの時間に


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