43話 地獄におちようと
寝坊&リアル都合で遅れて申し訳ありません……次からはこうならないようにします
「これは……まずいね、渇き病じゃないかい」
俺が考えた最悪の可能性、それこそが今目の前で白い下痢を垂れ流ししぼんでいる患者の病気、コレラだ。
この世界では渇き病と呼ばれているようだがそのまま、下痢を垂れ流して水分が急速に失われてそのまま脱水で死んでいくシンプルにして極悪な病。
もし俺がこの国相手に戦争で勝つことを求められた時、そして仮に俺が人道を投げ捨てた外道に堕ちたとして行うなら間違いなく、俺はコレラを細菌兵器として使う。
かつてコロリとも呼ばれたこの病は人類史に置いて数多の犠牲者を出し続けてきたこれが兵器として最高な理由は……
「渇き病? ま、まぁええ! マーサン頼む、はよういつもみたいに治したって」
「……無理だよ、この病に効く魔法も薬もないのさ。いや、あるのかも知れないけど少なくともあたしは知らないよ」
「何やて⁉ それじゃこいつはこのまま」
「……かかったやつ皆が皆死ぬわけじゃない。あたしらには見守るしか」
「――待った!」
ああ、くそ! 俺は何を呆けてた! 今大事なのは情報を頭の中で確認することじゃないだろ⁉ マーサさんの言葉が正しければ、コレラは魔法では治療できない。それこそただ見ているしかできない。最高の回復魔法師たる彼女が断言するのなら、この世界ではそれが常識なのだろう。だけど……
「マーサさん、奥から強い酒をもってきてください! それから毒消魔法を店中と今いるお客さん全員に!」
「メディ坊、なにを」
「すいません、理由はあとで! それからセシル! セシルも自分に徹底して毒消し魔法かけてそれから塩と水をもってきてくれ! たっぷりとだ!」
「ちょ、ちょっとメディク、なんで僕がそんなことを」
「いいか、この病気は下痢で体の中の水が全部外にでてしまって乾き死ぬ病気……だから適切な濃さの塩水をたっぷり飲ませて出る分を補えば助かることが多くなるんだよ」
マーサさんとセシルさんに有無を言わせず俺は断言する。なぜなら俺は知っている。コレラでどうして人は死ぬか。どうすれば死なないで済むのか。
なんで俺がそれを知っているのか疑われないか? 俺が言うことを信じてもらえるのか? ……そんなことは今どうでもいい、俺が今なすべきことはある。俺にしかできないことがある。
「そ、そうなんか。た、助かるんか。そいつぁ良かったわ。いや一安心やな」
「……安心じゃない」
舎弟が助かると思い安堵の声を漏らす声に苛立ってしまう。この人が悪いわけじゃない、ただ身内が助かってよかったと喜んでいるだけ。だけどどうしてもその楽観視を今は許すことが出来ない。
「は? 安心じゃないって」
「この病気の一番怖いところはな、この病気を引き起こす毒をかかったやつが下痢でばらまくってことだ。一人患者がでたら百人、千人が同じ病気になる」
これこそがコレラが最悪の細菌兵器となりうる理由。経口補水の治療ではコレラ菌は殺せない。コレラ菌は小腸で爆発的に増えて一日数十回も下痢をさせて周囲にばらまかれる。
言ってしまえば患者がそのまま生きた爆弾となりのだ。そしてその糞便を口にした患者がコレラとなってまた糞便で周囲に無差別にばらまいていく。
「この人がここ数日どこにいったか、それから下痢をしだしてからどこにいたか全部思い出してくれ。特にどこで水を飲んだか、どこで便を出したかを」
もし、もしだ……糞便が水源に紛れ込み汚染したらその時は……
「下手したら裏通りどころか王都が滅ぶぞ」
”都市そのもの”がコレラに飲まれることとなる。
「は、はぁ? お、おい、新入り。いくらなんでもそれは大げさ」
「……いや、メディ坊の言う通りさ」
「マーサン?」
「あたしがこの病を前にみたのはまだ国に仕えてたころだけど……村が丸ごと一つ、みんな乾いて最後は死んでいったよ。だからそれこそ」
「……ほんま、なんか」
「こんなところで嘘いってどうなるんだい」
「わ、わかった……若いもんに聞いとく」
「よし、いい子だ……それで、メディ坊、他にやることはあるかい?」
俺が知識として持っているそれとは違って、マーサさんの言葉は実体験から来るだけに、重い。その言葉には有無を言わさぬ説得力がある。そしてマーサさんには俺にはない、積み上げた信頼がある。
だからありがたい。そんなマーサさんが俺の言葉を素直に聞いてくれるのは。理由も聞かずに信じてくれるのは。
「……さっきも言いましたけど治療に大事なのは塩と水を飲ませることです。できる限りの塩と水を集めて塩水をつくること、それから患者がばらまく毒は強い酒で殺せるのでこの人が触れたところを酒で洗えばそれだけでかかる人は減ります」
コレラ菌そのものは、実は弱い。それこそ胃酸でほとんど死ぬし、アルコール消毒でも十分すぎるくらいに効果がある。
アルコール消毒をそれこそこの前実用化にうつせていたら……いや、今はそんなことを後悔している暇はない。
「酒と塩と水か……わかった、あるだけだそう」
「それと、これが一番肝心なんですが……病人はここに集めることだけでなく、裏通りの人を外に出さないことが肝心かと」
「は? なんでや。元気なやつらが病気ならんように今のうちに逃さんと」
常連さんが俺の言葉に怒る。その気持ちはわかる。すぐ近くでやばい病気が発生したら急いで逃げたい。当然だ。正直俺だって今すぐ逃げたい。だけど……
「この病気を引き起こす毒は効き始めるまで時間がかかる。元気なように見えるやつが実は毒をもっていて外に逃げて……その先でばらまいたらどうなると思う」
「そ、それは……いやだがそいでも逃げるなとはいえん。我が身のがかわいいのは当然やろ?」
ああ、そうだよな。すぐに納得してくれないよな。でもな……
「我が身がかわいいならなおさら逃げるなといってくれ。でないと殺されるぞ」
「は?」
「……毒もったやつが一人でも逃げてばらまいて、周囲に病気が流行ってみろ。裏通りのやつらがでてきたら大変なことになった。あいつらが近づくと人が死ぬ。死ぬ前に殺せ、通りごと潰せ、燃やせ……丸ごと全部、消されるぞ」
魔女狩りと一緒だ。コレラは派手に下痢をばらまき、そして周囲もほどなく同じ病気になっていく。最初の一人が裏通りとバレればあとはもうヒステリックに危機感は燃焼していき、理由はわからないが裏通りのやつらがでてきたせいだ、となって恐怖を暴力性でごまかし裏通りを潰すことでごまかそうとする。
「は、はは……さ、さすがにそれは……」
「ないって言い切れるか? そしてその時、衛兵たちがとめると?」
この矛先は税金をまともに納めている民衆に向くことですらある、いわんや裏通りのわけありたちであれば、だ。そして実際に向けられた時上はどう判断する?
下手に鎮圧をはかろうとするよりもガス抜きとして放置したり利用する可能性がないと断言できるか? ……俺はそこまで楽天的になれない。
「もしこれになっても俺は治療法を知っているし、ここにはマーサさんとセシルがいる。外に逃げて病気になっても誰も助けようとしないが、ここなら助けてくれる。そう言って、食い止めてくれ」
「……ええんか、マーサン。セシルちゃん。新入りが勝手なこと言っとるけど」
ああ、本当に勝手なことを言っている。できることはあるかと聞かれたからってここを戦場にするなんていくらなんでもでたらめだ。でも、それでも俺は何をおいても最善をやるにはこれしかないと確信している。だから……
「すいませんマーサさん、セシル。一緒に地獄に落ちてください」
覚悟を決めて、俺は二人を道連れにする宣言をした。
明日はいつもどおり08:10に




