42話 潜んでいた悪魔
またちょっと遅れてしまった……それに短めです。申し訳ありません
「甲板で掃除……かい? なかなか面白い例えをするけどなんでまたそんなことになるんだい?」
おっと、こっちの世界ではない表現だったか。でも意味は伝わったいるみたいだし別にいいか。
「マーサさんがすごく頼りになる……いえ、なりすぎるから問題なんです」
「どういうことだい?」
「あのあたりの人達にとってマーサさんがいてくれることが大前提。それこそ何かあってもマーサさんに頼ればいい、そう思ってます……裏通りから、今の生活から抜け出そうという発想がなくなっているんですよ」
キツイ言い方だし上から目線がすぎる。自分でもそう思う、けど言うと決めたからにははっきりと言わないといけない。
「えっと、メディクさん。その……それが悪いこと、なのですか? マーサさんがいて頼りになるからその……色々とうまく、まわっているのですよね?」
「そうだよ。マーサがいて白亜亭があるから皆トラブルを起こすことを控えるし何かあっても治療してもらえる、食事だってちゃんとしたものが食べられている。それがどうしてその場しのぎになるっていうんだい?」
フィーユも、そして先輩もまだ伝わらないか。ならわかりやすく伝えるしかないな。
「じゃあ先輩、先輩が仮に大通りに店を構えていたとして……裏通りの人間が客として来ると思いますか? それとも商品盗みに来たなって警戒しますか? 従業員を募集するとしたら同じくらいの能力で人柄にも差がない表通りの人間と裏通りの人間、”同じ給料”出すとしたらどちらを採用しようと思いますか?」
「……表通り、かな。」
「フィーユ、白亜亭の味をフィーユは知っているけど一人で食べに来ようって思う?」
「……思わないです。その、あのあたりは怖いし……汚い、ですから」
二人共なんで急にそんなことを、って顔をしているけど……もう答えは自分でいってるようなものなのに気づけてないんだな。今の二人の判断こそが、問題の根本だというのに。
「そういうことです。同じくらいの能力だと仮定しても表通りの人間と裏通りなら表通りの人間を採用してしまう……裏通りの人間には信用がない」
「……そりゃ、ね。あそこにいるのは基本的に訳ありの人だから」
「あそこにきた人は訳ありの人が多い……でも、あそこで生まれた子どもたちは? 親はたしかに色々抱えているかもですけど、子どもにそれは及ばないですよね?」
「いやそれは理屈ではそうかもだけど、あそこで育ったということ……は……」
どんどんと、先輩の声が尻すぼみになっていく。ああ、先輩は気づいたかな
「ええ。先輩は気づかれたようですけどあそこにいるということは、生活に余裕がないということです。そして、余裕がないから……子どもは学ぶ余裕がない。いえ、そもそも学べる場所がない」
考えてみれば当たり前のこと。訳ありの裏通りに住む人が経済的に裕福か? 仕事を選べるか? 子どもに勉強させる余裕があるか? ……全部、否だ。
「だからあそこの子供たちは字を読めないしかけない、数を数えられない。魔法もちゃんと学べない……成長しても安い労働力でこき使われるしかないし、信用もない」
産業革命の時の英国と似ている。教育はお金がある人のものでそれがなければ安く搾取されるしかない。裏通りの人はそこから這い出すきっかけを得られないし、得ようともしない。
「そして余裕がないから自分のことで精一杯で通りが汚れていようなんだろうが気にしない。誰かが他人に迷惑をかけても自分に迷惑が及ばない限り気にしない。憲兵たちも裏通りはそういう場所と思って放置する」
そしてこれは地球でも過去の話じゃない。日本でもあそこは危ない場所だから何かされても近づくほうが危機意識がたりないとされてしまう場所はあるし、そもそも行くことが間違いだとかいう国さえあったしな。
「そういう側面があるのは否定しないよ。でも、白亜亭のおかげで最悪の事態にはなってないだろ? お金に余裕がなくてもケガしても大丈夫だし、表通りの仕事を得られなくても食べていけてる……うまく、裏通りの中で物事は回っている」
「だから最初にいったじゃないですか。マーサさんが頼りになりすぎるのが問題だって……もし、マーサさんがいなければどうなりますか?」
「そ、それは……セシルが後を継げばなんとかなるかな?」
「じゃあ、セシルが後を継ぐ前にマーサさんがケガや病気をしたら? いくらマーサさんが回復魔法の達人でもその可能性はありますよね?」
俺の言葉に先輩がとうとう黙ってしまう。ああ、先輩も認めざるを得なくなったか……
「誰か一人の特別な人の献身前提で成り立っている状態は健全とはいいづらいです」
マーサさんがいるから、皆がまだ健康に暮らしているように見えるがマーサさんがいなくなれば、頼れる人がぬければどうなってしまうのか? 考えるまでもない、堰を切ったように全ては悪い方向に流れ出すだろう。
そして、マーサさんがいて、今どれだけ頑張っているとしても根本にある問題は解決にむかっていない。だから、タイタニックの看板掃除になってしまっている。
「……手厳しいね。回復魔法師の多くはマーサのことを崇拝するかのごとく慕うか偽善者として見下すかのどちらかだったんだけど」
「俺だって、マーサさんのことは個人としては尊敬してますよ。ですが……」
ああ、まったく。こんなこと俺に言う資格はない。自ら動いている人の行動をこのように貶める事を言うのは、我ながら反吐がでる。
でも、だけど目をそらしちゃ駄目なんだ。ここでマーサさんは凄い、白亜亭は素晴らしいで終わっていたら……婦長との約束に背くことになってしまう。
なにより、マーサさんの献身で隠れてしまっているかもしれない最悪の事態がある。今はまだ確信もないし、先輩たちにも言えないけど……もし、俺がこの国を侵略する立場でなりふり構わないなら、人道を無視することができるなら行うであろう作戦。その作戦を可能にするアレがもしかしたら……
「……マーサさんの頑張りを無駄にしないためにも、根本からなんとかできる道を考えようと思います」
これは決意表明。婦長たち先人が残してくれた数多の戦いの記録、それらを受け継いだ俺たち後輩はそれを使って戦わないといけない。少なくとも俺は婦長にそう言われている。だから最悪の事態を避けるためにも、よりよい未来のためにも目をそらすわけにはいかない。
「はは、なかなか大きくでたね。うん、楽しみにしているよ。君がどんな考えを出してくれるのか」
俺の傲慢とも言えるそれを先輩は笑って聞いてくれた。マーサさんと縁が深く、俺の言葉に激昂してもいいのに受け入れてくれた。
だからこそ、俺は先輩に言えなかった最悪を避けるためにできることを探すはずだった。だけど……ああ、だけど……
「マーサン! 大変なんや、うちの若いのがと、とにかくみてくれ」
「――っ!」
俺は遅すぎた。もっと、もっと早く動くんだった。もっと早く気づくんだった。もっと早く、徹底するんだった。
先輩と話したその夜、常連さんが運んできたその患者は若いのに老婆のごとく萎びていて……白い粥状の下痢を垂れ流していた。
ああ、もはや診断するまでもない。幾度となく世界中で大流行し、数多の人間の命を奪ってきた黒死病と並ぶ人類の敵。高い死亡率と強い感染力を誇り、患者を”コロリ”と死なせる悪魔。
コレラ……この世界にも、やっぱりお前は存在していたか。
続きはいつもどおりに!




