41話 素晴らしき場所の影
今日は時間通りです!
「くっそ、またダメか」
マーサさんから指摘を受けたその日、俺は屋敷に戻ってからもひたすら人参に回復魔法をかけ続けたが人参はいまだに張り付く気配をかけらもみせてくれない。
魔法で当たり前に治るのだとイメージして雑念を追い払おうとはしているが、追い払おうとする時点で雑念を意識してしまっているわけでまさに堂々巡り。
信じる力が何より強い、なんて漫画やゲームでは定番だったが、まさかそのお約束が今になって俺に襲いかかってくるとは思わなかった。
まったく、どうしたらいいか……
「メディ兄、ちょっといい?」
おっと、やばい。意識が飛びんでた。体力には自信があるが練習のしすぎで疲れているのか? うん、ちょっと今日はこのまま寝たほうがよさそうだな。レティシアには悪いけど明日にしてもら
「練習でちょっと失敗して怪我しちゃっ」
「今すぐみせろ。治療するから」
疲れ? 眠気? それとレティシアの治療どっちが大事なんて考えるまでもないだろ。
「ごめんねメディ兄、疲れているのに」
「気にするな。レティの治療は俺の仕事だしな」
下手なやつがレティシアの治療をするなんて冗談じゃない。さて、傷は……手首に火傷か。いつもどおり良く冷やしてから皮膚がきれいに再生するまで初級すればいいな。
「レティ、レティは魔法を使うときどんなこと考えている?」
レティシアの火傷を冷やしながら、黙ったままだと気まずいし軽く質問をしてみる。普段なら今日お土産にしたケーキのことや学院のことを聞くが今日は
いやうん、正直行き詰まっているからな。正直レティシアと俺では才能に差がありすぎて参考にならないだろうが、それでもなにかの糸口やきっかけになってくれるかもしれないし。
「どんなことって……別に何も考えてないよ? 魔法を使う時魔力がさ、どうしたいか教えてくれるからその通りにしているだけだよ?」
「魔力が教えてくれる?」
「うん。流れとかでこうね? それにそってやったら結果としてそうなるだけだから……考える必要とかない、かな」
うん、まるで参考にならない。レティシアにとって魔法を使うことはそうなると信じる信じないとかそういう次元になくてそうなるのが息をするように当然、ってことか。
「俺にはわからないというか、ちょっとレベルが高すぎるな……」
「それを言ったらあたしはメディ兄のほうがわからないよぉ? 今もなんでわざわざ水で冷やしてるのかとか全然わからないもの」
「まぁ説明するのは難しいけどちゃんとこうしたら治る理屈が……」
まて、よ? 今俺なんていった?
「どうしたの、メディ兄」
「レティ、ありがとな! うん、これならいけそうだ!」
「さてどうやら自信があるようだけど、見せてもらおうかねぇ」
「僕たちも忙しいから一回だけだよ」
翌日、俺は営業開始前の白亜亭で二人の前で人参に対する回復魔法を見てもらうようにお願いした。セシルの条件は一回というが……十分すぎる。もともと一回に全てをかけるつもりだからな。
マーサさんは信じることが根っこと言った。そしてレティシアは魔力がどうしたいかを聞くことが肝心と。
だが、俺はなまじ知識があるからもし魔法がなければどうやって治療しなければいけないか、どれほど治すのが大変かをわかってしまう。でもそれは逆にどうやって治っているか知っている、人体がどういう構造をしているかわかっているということだ。
それこそ、火傷の治療でなぜ水で冷やさないといけないのか、擦り傷ができたらどうやって体が治そうとするのか、全部理屈として俺の頭の中に入っている。
だからイメージする。俺の手からでた魔力がどのように働いているかを。ただ傷を癒やすという漠然としたものでなく、もっと具体的に。知識のせいで無条件で信じられないのなら、信じられるだけの理屈を作ればいい。
魔力を光のような漠然としたものではなく、治療するための細胞のような姿に変わっていくのだと定義する。
白血球や血小板の如く傷口にあつまりつなぎ合わせるのだと。人参の細胞の俺の魔力が入り、切断された時に破壊された組織と組織の間に接着剤として入り込み再生していく機序を当然のものとして受け入れる。擦り傷にかさぶたができるくらい自然なものだと。
「うん、十分だね」
「あ、ありがとうございます!」
マーサさんの声で魔力を止める。そして人参は……うっすらと切った痕が残っているがそれでもしっかりと繋がっているな。
「これだけできたらまぐれじゃないと思うけど……僕が教えたやり方とはちょっと違う気がするなぁ」
「ご、ごめんな。どうしても、その、それではうまくいかなくてな……その、マーサさんのアドバイスともちょっと違うやり方になりましたし」
「いやいや、いいさ。どんな形でもできることが一番大事。一度でもしっかりと成功したら次は前に成功したから信じられるし、あとは繰り返して当たり前にできるまでなれていけばいいだけ……よくがんばったね」
ああ……なんだろ、久しぶり、本当に久しぶりに純粋に爺や以外に魔法で褒められた気がするな。いや、爺や以外には初めてかもしれない……うん、がんばってよかっ
「はい、それじゃ当たり前になるまでやってみようか。とりあえず今日で百本くらい。廃棄する端切れならたっぷりあるからどんどんやるといいよ」
あの、セシル? とりあえずでの量じゃないと思うんだけど。これ一本だけでも息が上がるくらい集中力を使うんだけど、それを一日で百回?
「言ったでしょ。僕の指導は厳しいよって。こんなの当たり前すぎて厳しいうちに入らないよ」
「大丈夫、死にはしないよ。あたしとセシルがいるからさ」
ああ、畜生! いい笑顔ですね二人とも! さすが親子、そっくりです! ああもう、やりますよ、やればいいんだろ!
結局あの後、営業時間まで人参だけでなく大根相手にも回復魔法の練習を徹底的にさせられ、そこから白亜亭の通常業務も当然参加。
常連客が、スネに傷をもつ人や明らかに夜の仕事をしている女性などが続々とやってきては笑顔で酒を飲み、料理に舌鼓を打っていく。そしてよく運ばれてくる軽傷者を俺とセシルで治療して、そして俺たちの手に負えない患者さんをマーサさんがそのとんでもない腕前であっという間に癒しそしてまた料理と酒が振る舞われる。
白亜亭で働けば働くほど思う。ここはいい店で素晴らしい場所だ。マーサさんの安くて美味しい料理と酒、それに魅了された客。セシルという看板娘。
客層が少々アレでもここではトラブルを起こすことはお客の中でタブーとなっているようで、みんなわきまえているのか落ち着いている。
だけど……そう、だけどだ。俺の中で一つの考えがどうしても止まらない。白亜亭の良さを知れば知るほどその考えが確信に近づいていく。
セシルの指導のおかげもあって、回復魔法の腕が上達していっている……それこそ最初はぴくりともしなかった人参がしっかりとくっつけられるようになったという成長の実感があっても、ある思いが離れてくれない。
「やぁメディク君、バイトは順調かい?」
そんな時、だった。フィーユと一緒にお茶を楽しんでいるところにアーサー先輩がきたのは。
「ええ、まぁ順調……といっていいと思います。仕事も慣れましたし、マーサさんも、セシルも良くしてくれてますから。セシルが回復魔法の指導も受けられてますし、マーサさんもアドバイスをくれますから」
「うんうん、順調そのものだね……でも、それにしちゃちょっと浮かない顔してないかな?」
「そう、ですか?」
「うん。なにか言いたいことあるけど我慢しているっていうか、本音を隠しているっていうか。周りにさ、そんなのがいっぱいいるからすーぐわかっちゃうんだけど」
「……さすがですね、先輩」
まったくもってこの先輩は底が知れない。口調こそフレンドリーで軽いけど間違いなく人の上に立つ人だと思い知らせてくる。ちょっと、シャルロットに似ているな。
「白亜亭は素晴らしい店です。料理は絶品ばっかりで懐にも優しくて……なにより、マーサさんがすごいです。回復魔法はまさに別格でそれこそ、レティシアの魔法を見て心が折れたやつらの気持ちが少しわかった気がします。そして求められている人がいる場所で働いてこそという志も素晴らしいと思います。ですが……」
心が、痛む。正直この先の言葉は俺に言うべき資格があるとは思えない。でも、同時に俺以外に言えない。
「このままだと沈没する船の甲板で掃除をしているようなものになってしまうといっていいかもしれません」
白亜亭は、素晴らしい場所だしマーサさんもセシルも尊敬できる。だけど……あるいはだからこそ、このままだといけない。
一歩間違えれば白亜亭のせいで裏通りが……下手したら王都が崩壊しかねないのだから。
続きは明日のいつもの時間!
新人賞用拝啓ヒポクラテス大幅書き直し中ですーー




