40話 前と今の間で
遅れて申し訳ありません……!明日はちゃんと時間どおりやりますので……
「メディク、三番テーブルにエール二本それからこの皿は四番テーブルに!」
「わかった!」
「それが終わったら倉庫から水瓶もってきてくれ。あと野菜も」
「はい!」
セシルから指導を約束してもらったはいいものの白亜亭の営業時間が迫っていたので指導は一旦お預けで俺はそのまま白亜亭の仕事に入っていた。
白亜亭の夜はそれこそ一人飯のドラマででてきそうな居酒屋、とでも言えばいいのだろうか? 酒の種類は一種類だけ、料理の種類も少なめ。ただし味は絶品で何より安いから常連は毎日通っている、といったと感じだ。
いやうん、俺も前世で大学生で近所に白亜亭があったら週三で通っていたな。日替わりメニューだけで十分すぎるくらい楽しめるし。
ただ、今の白亜亭に通ったかというと正直疑問でしかない。例えばさっきセシルが料理をもっていた人は銭湯で入浴拒否されるってレベルじゃない勢いでタトゥーがあちこちにあるし、ちょうど今俺が料理を運んだ相手は見た感じ普通の老人だがよく見たら袖のあたりから何かの紋様がはみ出ている。
この辺りの住人は訳ありばかり、とマーサさんが言ってたのは誇張でもなんでもない……前世の俺ならいくら安くてうまくても君子危うきになんとやらとかいって近寄らなかっただろうな。
「うーっす、マーサンにセシルちゃん。今日も稼がせにきたでぇ」
とか考えてたら団体さんのお客が……どうみてもあれだよな。頭にヤがつく自由業の方だよなぁ。
「お? なんやみたことない若いのがおるのぉ。どうしたんマーサン」
「あー、昔世話になったところの関係者でね。ちょっと手伝ってもらうことになったのさ」
「ほっほー、あれか? セシルちゃんの婿候補ってやつ? いやそれともあれか、セシルちゃんが嫁にいくんかぁ?」
「お、おっちゃん! おっちゃんはちょっと黙ってて! なんで僕が嫁にいくとかなるの? 僕はここの二代目なんだから」
うん、なんというかベッタベッタというか……すごいな。ここまでお約束な会話を見るとか。なんでこういう弄りって好きな人多いんだろうな。
「おっとと、せやったな。そんじゃ未来の二代目にプレゼント、うちの若いのが今日のオシゴトでちーとヘタ打って擦り傷いっぱいつくっとるさかい練習台にしたってや」
「あーもう、うちは治療院じゃないって……メディク、いくよ。ちょうどいいからメディクの腕前見てあげる」
おっと、ここで来たか。白亜亭のもう一つの仕事、回復魔法による治療が。本音を言うとマーサさんの魔法をまずみたい、ってのもあるが擦り傷ならマーサさんの手を煩わせるまでもない。それに厨房に立っている人を軽々にけが人と接してもらうのはまずいものな。俺だけでも擦り傷相手ならなんとでもなるからサクサクやるか。
「うん、メディクったら下手っぴだね。全然なってない」
連れてこられた患者の擦り傷を治した俺に対してのセシルの第一声がこれだった。しかし正直言われるほど酷いことはしていない。擦り傷まみれの患者の傷口を洗浄消毒してからの初級の回復魔法で傷を塞ぐ。
マーサさんがこの前見せてくれた治療のように一瞬で終わっていないし、後も少しのこっているがそれでも過不足なく行なっているはずなのだが……
「いやちゃんと魔法は使えているけど魔力の無駄が多すぎ」
「魔力の無駄?」
「うん。メディクの魔法、全部こうのっぺりしてるの。こうさ、最初から最後までずーっと同じ魔力。僕は母さんに魔力は火加減と一緒て調整しろって教わったよ?」
火加減のように魔力加減をか……たしかにそのあたりは意識したことがなかった。魔法をいかに使うか、ちゃんと発動させて使い続けられるかばかり目が向いてたな。
「だからメディクはまずはこれ。これの傷を癒してね」
「……傷?」
どうみても渡されたのは真っ二つにされた人参なんだが……
「うん、傷。これをね。回復魔法でペタリってくっつけるの。僕が昔母さんにやらされた練習だよ」
「これを、くっつける?」
あれか、漫画でよく見る戻し斬りみたいにってか? 細胞が壊れてなかったらぴったりとかいうアレを再現しろってか?
「そうだよ。まず人参、これができるようになったら次は大根、大根ができるようになったらもっと細かく切った人参、とにかくどんどんハードルあげていくから」
「な、なかなかに大変なことを……というか本当にでき……」
俺が根本的な疑問を口にしようとした瞬間、セシルの手から魔力が迸り人参が完全に元どおりとはいかないまでもみごとにくっついていた。
「ちゃんと魔力こめたらほらこの通り。これくらいもできないのが僕のこーはいじゃせんぱいの僕まで恥ずかしくなっちゃうしね。僕は十歳のときにはできてたことなんだしすぐできるよね!」
「くっ、や、やってやろうじゃないか!」
こうも煽られたら俺としても後に退けない。これでも爺やにがっつりしごかれてるんだ、これくらいならすぐできるようになってやる。
「……ぴくりともしない」
はい、ダメでした。いやうん、我ながら情けないがセシルに人参を渡されてから三日。暇さえあれば練習しているのだが人参は元に戻るどころかくっつく気配すらない。
「ははは、メディ坊はずいぶんとセシルに気に入られてるんだねぇ」
「笑い事、というかどうみたらそうなるんですかマーサさん」
早めについた白亜亭でも練習している俺をみてニマニマとさも愉快な感じでマーサさんは笑うけど……どこがセシルに気に入られてるように見えるんだ。
「いやだって、気の短いあの子がちゃんとまともに練習法を教えるとか。おまけに三日上達の気配なくても投げ出さないとか普通考えられないよ」
「……それはそれで、問題があるような」
三日で成果でないとアウトってどこの魔窟だよ。いや、うん。
「まぁ、あれだね。あたしからみたらメディ坊はいろいろ考えすぎだね。だから魔力に無駄がでる」
「かんがえ、すぎ?」
「そ。あたしゃオツムの出来はさほどでもないからさ、目の前にある傷や料理をどうにかすることだけ考えてる。そうしたら魔力のコントロールなんて勝手にできるものさ。だけどメディ坊は癖かなにかしらないけど次にするべきことはなにか、とか他のあれこれについても考えちまってる。それじゃ魔力は追いついてくれない」
言われてみれば思い当たる節はある。目の前のことに集中しすぎるな、広い視野を持ては医療者の鉄則。だが、逆にそれが回復魔法そのものの質を下げている可能性は……否定できない。
「なにより回復魔法に限らず魔法の極意はシンプル極まりないたった一つのこと。“信じること”さ。今から自分がやろうとしていることで必ずそうなるってね。そこが守れず本当にできるのか? なんて考えちまったらその瞬間魔法は効果を失っちまう……それ以外のことを考えすぎるとそこがぶれちまうよ」
そして追い討ちの言葉もまた耳が痛い。魔法を信じ切れているのか、と聞かれたら俺は否としか言えない。いや、回復魔法が効くのを疑っているわけではない。だが、前世の知識が、医大生としての俺の常識が無条件で回復魔法を信じることを邪魔していないかといったら否定はできない。
まったくもって厄介すぎる課題がでてきたものだ。今まで柱となってきた医大生としての俺の知識がここにきて壁になるなんてな。
続きは明日の08:10ごろに!




