39話 プライドの置き場所
37.38の描写に大きめの訂正を昨日加えました
「えっと、そもそも雇う雇わないは先輩が決めることじゃなくてマーサさんが」
「ん? あたしかい? あたしは別に構わないよ」
「……あの、マーサさん。そんな簡単に決めてもいいんですか? 俺の魔法みてもないじゃないですか」
「あたしの治療をみても手伝うって言えるなら少なくとも心構えは合格。魔法の腕だのなんだのは正直あれさ、誰でも大差ないからね」
からからと笑いながらとんでもないこといってるけど多分悪気もなにもなくて事実、なんだろうな。この人にとっちゃ中級使えるかどうかの俺だろうと学院を卒業して中級を使いこなせる人だろうと誤差の範疇でしかないんだろうな。
「それに男手欲しいのは本当だからね。いやー、最近歳のせいか重いもの担ぐのがつらくてねぇ~」
腰をとんとんやってますけど、あなたその腰いくらでも……いや、でもやだよな。ぎっくり腰してセルフヒール労働続行は。どう考えても拷問だし、いくら治っても痛いものは痛いしな。
「はは、マーサは歓迎するみたいだし、セシルはどうだい?」
「え、あ、あ。ぼ、僕? ぼ、僕はその……い、いいんじゃないかなぁ? 母さんも言ってたけど母さんと比べたら魔法の腕なんて大差ないし、なによりアーサー様の紹介だしね」
セシルまでよしとしてくれるのか。あのマーサさんへのなつきっぷりならてっきりお母さんと二人で十分って言ってくるかと思ったのに。
「セシルが反対しないならうちからはなおさら文句はないね。学院の授業が終わってからなら給料は日給大銅貨三枚に賄いくらいしかだせないけど、どうだい?」
「……よろしくおねがいします」
「ちょ、ちょっとメディ兄。本当にいいの?」
レティシアが俺のことを心配して言葉を挟んでくるが、正直この話を断るという選択肢はない。給料? 労働条件? そんなものがマーサさんのそばで働けるのに問題になるものか。
いやうん、なんというか研修先で労働条件劣悪でも勉強になるところを選んでた人たちもこんな気持だったのかな? 研修先次第で給料が倍、三倍は当たり前それこそ東北とかなら車と住居付きなんてのもザラだったけどそれでも地獄のようにきついと評判の病院での研修に人が殺到していたからなぁ。
白亜亭で働けば超一流の仕事をそばで勉強させてもらえる、これ以上の報酬は……いや、あるな。
「マーサさんのそばだと勉強になるし、ここで働けばマーサさんのお菓子を毎日レティシアへのお土産とフィーユとのお茶菓子にできるからな」
二人ともすごくここのお菓子気に入ってるけど毎日ここに来るのは無理があるし、危ない。となると俺が買って帰るのが一番だな。
「今の状態じゃカフェにもレティとの結婚希望者が押しかけそうで行きづらいけど、ここのお菓子とお茶を図書館の飲食スペースで、ならいい時間が過ごせるしその時間を買うと思えばこれ以上ないほどの報酬だろ?」
「それは確かに……素敵、ですけど……無理だけは、しないでくださいね……メディクさんが無茶されて体調を崩されるほうがいや、ですから」
「……ありがとうな、フィーユ」
フィーユに心配してもらえる、喜んじゃいけないんだろうけどそれだけでなんか嬉しい。さーて、それじゃ折角のチャンス、学び尽くさせてもらうとするか。
とまぁこうして、俺はアーサー先輩に案内された翌日から白亜亭で働くことになりその初日。
「母さんから仕事を教えろって言われたから、しょうがないけど僕が面倒みてあげるよ」
「わかりました、よろしくお願いします、セシル先輩!」
「〜〜っ! せ、先輩とか敬語とかい、一々いいから! こ、こそばゆいし恥ずかしいからセシルって呼んで! 僕もそのかわり君をメディクって呼び捨てするから」
「えっと……いいのか? 俺のほうが後輩なんだが」
「いいの! 僕も母さんも、それからうちの客も敬語とか好きじゃないし、そもそもそれいいだしたら僕のほうが年下だし」
ふむ、ここまで言われて敬語は無礼だしそれがお望みならそれにあわせるか。しかし、やっぱり年下なのか。最近はシャルロットやベアト、あと婚姻希望のおじさまがたの相手がほとんどだったからなんか久しぶりで新鮮だな……
「わかった。それじゃ改めてよろしくお願いするよ、セリス」
「う、うん。こちらこそね。正直君には期待してないけどアーサー様の後輩だし母さんに頼まれたから特別に、面倒みてあげるから」
「助かるよ。それで、俺の仕事は?」
「基本は料理やお酒を運んだり、かな。特に酒樽とか野菜とかを倉庫から持ってきてほしいかな」
男手が足りないって言ってたし、やっぱりそこがメインになるか。このあたりはまぁ居酒屋バイトと変わらない感じだな。
「あとケガ人とかが来た時は暴れないように押さえたり治療が終わったのを運んでくれればいいよ。治療は僕と母さんでするし君には期待してないから」
「セシルも回復魔法使えるのか」
「ふふん! 僕はここの二代目だよ? 母さんみたいに上級の回復魔法は無理でも中級くらいなら余裕だね!」
うわ……マジか。その言葉通りだとしたらあきらかに俺よりも上ということだな。俺が中級を使ったことはレティシアへの一度だけ、余裕だなんて口が裂けても言えないからな。
二代目を継ぐつもりなのも口先だけじゃない、ってことか。
「すごいな、俺中級は一回しか使えたことがないぞ」
「ふふん、伊達に母さんの娘じゃないからね! まぁもしメディクがどうしても! っていうなら教えてあげても」
「教えてくださいお願いします」
「ふふんそうだよね、学院生の君が頭をさげ……るのかよ⁉︎」
言われた通り頭をさげたのになんで驚いているんだ、セシルは。
「いやあの、ちょっと待とうかメディク。君、一応僕より年上だよね? しかもエリート様な学院生だよね? なんでそんな簡単に年下の僕に頭さげるんだよ。母さんに頭下げるならまだしもさ」
ああ、なるほどなぁ。昨日もセシルは学院に対して使えないだのなんだの言ってたし色々と思うところがあるんだろうな。でもまぁ……
「そんなのセシルのほうが俺より中級魔法に熟達しているからに決まっているだろ。立場だとか年齢とか持ち出してもごまかせない事実だろ?」
正直これに尽きるんだよな。才能だとか環境だとか色々と要因があったとしても今現時点でどうなっているかは純然たる事実。そこから目をそらして言い訳してたら進歩はない……いやまぁ、攻撃魔法のあれこれからは全力で逃げたけどな。
「だからセシルに頭を下げて教えを請うのは別に恥ずかしくもなんともないな、当たり前のことを当たり前にしているだけだから」
「ま、真顔でそんなこと言わないでよ。なんだかこっちが申し訳なくなってくる」
「おっと、それはすまない」
礼も過ぎればなんとやら、だな。このあたりの塩梅間違えたらダメだよな、うん。
「まったく調子狂うなぁ……あのさ、一応聞くけど、僕は母さんの見様見真似だしお金を貰ってるでもないからめちゃくちゃ厳しいしボロクソいうよ?」
「それを気にするなら最初から頼まないな」
「……わかった。じゃ、教えてあげるよ。なんせ僕はメディクの“先輩”だからね! 後輩のめんどーをみるのは仕事のうちってね!」
よし! これだけでもこのアルバイト、やってよかった! 学院でもまだ座学が中心で爺や以外から本格的に回復魔法を習うのはこれが初めて、精一杯糧にさせてもらうとするか!
短めで申し訳ない。続きは明日の08:10に




