31話 目が覚めて
W杯応援しすぎてちょっと遅れました……
本当に最悪というか最恐の夢見……いや、夢じゃないよないよな。ともかく、婦長との対話が終わった俺の目に飛び込んできたのは印象的な青い瞳……フィーユが俺を覗き込んでいる姿だった。
「め、メディク、さん……?」
「おはよう、フィーユ」
俺がこのタイミングで目をあけると思っていなかったのか目があったことに驚いたのかフィーユは俺の目をキスするような距離で見つめたままかたまって……
「よかった……よかった……目が覚められて……よかった……丸一日、眠りっぱなしで本当に……」
胸に感じるフィーユの重みと体温。それが婦長との対話で薄れていた現実感を一気に取り戻してくれるし……なにより、フィーユがここに無事でいることが感じられて安心する。
「ごめん、随分と心配かけたみたいだな」
でも、俺が安心してばかりいちゃだめだよな。フィーユも安心してもらわないと。
「はい……しました。すごく、心配しました……もし、このまま目を覚まさなかったらって……そう思うと、こわくて……」
「うん……もう大丈夫だから。だから、ほら、もう泣かないで、な?」
思わず手を伸ばし、胸で震えるフィーユの髪をかき分け頭をなでてしまう。手に感じる艶やかな感触と体温……それがなによりも心地いいし、フィーユも抵抗せず撫でられるままになっている。
「す、すいません……でもその……もう少し、もう少しだけ……」
「ああ……うん、いいさ。俺の胸くらいならいくらでも貸すか……」
言いかけて、ふと俺は一つの大変まずいことに気づいてしまう。いや何がまずいってその今、胸にフィーユがしがみついているわけで……それはつまり思いっきりフィーユの胸が押し当てられることで。フィーユの露出が少ない服に隠れた豊かな柔らかさがもろに伝わってくるわけで。
さすがにこの状況でそれを指摘するのも反応するのも失礼極まりないし、かと言って……という天国なような地獄のような時間が過ぎて、ようやく、落ち着いたフィーユがその目を赤く腫らしたまま、顔を上げる。
「す、すいません……お、お恥ずかしいところを……」
「い、いやいや。ど、どういたしまして……」
耐えた、俺耐えたよ! うん、本気でいろいろと危なかった。ある意味毒ナイフよりもやばい攻撃だったな。
「その、ありがとうな。心配してくれて」
「い、いえこちらこそ、そ、その……助けてくださりありがとうございました」
「ちょっと物語の主人公みたいだったろ? ……なんて、それはいいすぎか」
女の子を体を張って守って力尽きて倒れる。うん、切り取るとまんま物語の主人公だな。とはいえ俺じゃ主役には役者不足だけど。
「そ、そんなことないですよ……も、物語の主人公よりもその……ずっと、かっこよかったです」
「いやいや、さすがにそれは褒めすぎだって」
「ほ、本当のことですから……でも、その……もう、ああいうのは……かっこいい物語の主人公よりもその……情けなくてもそばにいてくれる方が……私は……」
……生きてそばに、か。ああ、本当にフィーユは俺のことを大事に、思ってくれているんだな。
「……わかった。次から、気をつける。危ないことはできる限りしない」
「……本当ですか?」
「自分の命を守れなきゃ他の人も守れないしな」
まずは自分の命を、災害救助の大原則。これを忘れたらだめだし……なにより……
「それに、フィーユを泣かせたくない。フィーユには、笑っていてほしいし」
「――っ!」
俺の言葉にフィーユが今まで見たことがないくらいに顔を赤く染める。いやもう、人の顔ってこんなに赤くなるんだな。
「も、もう……こ、こんな時に何言ってるんですか」
「ごめんごめん、でも本音だから」
「~~っ‼」
おお、耳まで真っ赤に。我ながらちょっと気障すぎる気もするけど、でも本当にそう思ったからなぁ……あー、うん。こういう時どう声をかけたら……
「騒がしいから何かと思えば、まったく。目を覚まして早々これとはやはりメディク殿はたらしだな」
なんて考えていたらちょうどいいタイミングで隊長が入ってきてくれた。
「おはよう、メディク殿。元気なようでなによりだ」
「隊長、おはようございます。この度はご心配をおかけしました」
「なに、自分の場合はすべて職務のうち。その元気な姿を見せてくれたらもうそれで何もかも十分だな」
相変わらずヘルムのせいで表情こそわからないが、声色だけでも心配してくれていたの伝わってくる。
「さて、メディク殿。目が覚められたばかりで悪いが、状況を説明してもかまわないか?」
「あ、はい。かまいません。フィーユは……」
無言でぎゅって袖を握られた。うん、ここにいたいんだな……なんだろう、ちょっとうれしいなこの感じ。
「ではまず、メディク殿がジャン大た……元大隊長からフィーユ殿を庇い意識を失った、そこまでは大丈夫か?」
「ええ、そこまでは」
「結構。ではそこからだが……端的に言うとその場でジャン元大隊長は拘束されて現在取り調べ中、メディク殿はシャルロット、殿が手配されたこの病室に運ばれて治療を受けていた……以上になるな」
うん、端的にもほどがあるな。ちょっとこっちから聞いていったほうがいいなこれ。
「そうですか、あの大隊長拘束されましたか……失神前に一発ぶん殴っておきたかったところだけど」
「ああ、それには及ばない。きっちりと貴殿の分まで自分が殴っておいたからな」
「隊長が……あの、ちゃんと生きてますか、相手」
訓練の時の隊長の動きを考えるとなぁ……フルメイルで飛んだり跳ねたり平気でするし、本気で殴られたら交通事故が比喩でないレベルだぞ。
「大丈夫。手加減に失敗して殺すのは素人のやることだ」
「……すごかったですよ。その……メディクさんが倒れたと思ったら次の瞬間、あの人が壁に叩きつけられていて、そこからその……なんで生きているのかわからなくなるまで続きましたから」
顔をあげたフィーユが顔をこわばらせているからよっぽどだったんだろうな……いやうん、相手は白兵魔法師だし逃げられないように徹底するのも必要だろうけど、それでも、うん。
「シャルロットがとめなかったか? 背後関係洗わないといけないんだから」
「……むしろあおってました。”顔と死なせること以外はいくらでもやれ”って」
何やってんだよあいつは……いや、顔と死なせることを禁止しているあたりはさすがとほめればいいのか?
「まぁいいか。俺の分の落とし前も隊長とシャルロットが取ってくれたってことで。今度お礼いっとかないと」
俺の治療の手配をしてくれたのもシャルロットみたいだし。肩にもう痛みがないあたり、こりゃよっぽどの凄腕の回復魔法師連れてきてくれたんだな。
「ああ、そうしてあげてくれ……ただ、今あの人は今回の件で忙しいから今度がいつになるかわからないが。メディク殿のことはきに」
「”わたしがいてもできることはもうありませんし、それよりさくっとやるべきことやってきますね~。わたし、宿題は先に片づけるタイプですし” なんて言ってたんだろ」
「……すごいですね、ほとんど全部そのまんまですよ」
「メディク殿あの子のことわかりすぎだな……」
ああ、やっぱりか。ほんとあいつらしいというか、こんな時でも平常運転だなというか。
「まぁシャルロットが調べてくれるなら遠からずわかるだろ。あいつが何者かは知らないが、やるべきことを見失うタイプじゃないと思うしな」
「ああ、そうだな。確かにその通りだ……自分と違って、為すべきことをまず為すからな」
「隊長?」
どうしたんだろう。隊長がヘルム越しでもわかるくらい落ち込んでる。
「その……すまない、メディク殿にフィーユ殿。自分はあの時、為すべきことを為せなかった」
あの時ってひょっとしないでも俺がケガした時のことだよな。でも為すべきことを為せなかったってどういう……
「自分はジャン大隊長のナイフが放たれた時、前にでてそのナイフをはじくかフィーユ殿を守るかするべきだった。だが自分は防げなかった……ナイフが飛んでこないとわかっていながらシャルロット殿を守ることを優先させた」
ああ、そういうことか……
「侮蔑してくれてもかまわない。怒ってくれてもいい。貴殿たちは小隊にとってもそして自分にとっても恩人であるというのに……」
「いや、隊長は為すべきことなしているじゃないですか」
「……は?」
隊長がヘルムごしでもわかるくらいに困惑した声をあげている。いやほんと真面目というか責任感が強すぎるんだなこの人は。
「シャルロットが何者か俺は知りませんけど、あいつすごいお偉いさんだよな。それこそ何かあったら洒落にならないほどの。なら、何をおいてもそっちを優先して当然ですよ」
「いやだが、自分はあの時ナイフは」
「それでも別の仲間がいたり万が一があるかもしれない。だから隊長の判断は間違ってない」
うん、断言できる。なんであいつがあそこまでの暴挙にでたかわからないが、それこそシャルロットの前であんなことしたんだし、それくらいのリスクは考えて当然だ。
「……そう、か。まったく、メディク殿は優しいな」
「別に俺は誰にでも優しくはないですよ。ただ、隊長がどれだけ真面目で為すべきことをなしているか、どれほど好ましい人かわかっているか――っ!?」
ちょ、フィーユ! なんでそこで無言でつねる! 痛い、それ痛い! ジト目で見ないで! いやほんとなんでなんだ!?
明日でたぶん2章完結。応援ありがとうございます!本当に読んでいただき感謝しかありません!




