30話 ブラック?知らない言葉ですね
週間ランキングに入っていました! 本当に多数の応援ありがとうございます!
はじめに感じるのはツンっと鼻を刺すかつて日常的に嗅いでいた独特の……消毒液の香り。それに引きずられるように目をあけると清潔そのものであるかのような白いカーテンに囲まれている。ああ、ここはあれだ、間違いない。
「病院か……」
俺が日常を過ごし、これからも職場とするべき場所。ああ、あれかひょっとしないでも転生だのなんだのは夢……
「――っ!」
状況を確認しようと体を起こそうとするも、右肩にズキズキと焼けるような痛みが走る。なんだこれ、一体何が……
「目が覚めましたか。まったく、随分と寝坊がすぎるものですね。それでも医師ですか」
悶える俺に気づいたのか、カーテンを開けながら看護師さんが声をかけてくる。ああ、やっぱり病院か。ちょうどいいし色々確認を、あとその前に……
「いや、俺まだ医者じゃ……」
訂正をしようと声をあげようとして俺は言葉を飲む。聞いたことがない声だったので、俺は入ってきた看護師さんを面識がない相手と思っていた。
いや、確かに面識はない。声も聞いたことはない。だが、だが今入ってきたこの人を俺は知っている。いや、知らないはずがない。もう何度、その顔を写真でみたかわからない。それこそ下手なアイドルよりも日常的にその顔を見てきた。
「み、ミズ・フローレンス⁉」
間違いない、俺がその手法を真似した世界で最も有名な看護師、フローレンス=ナイチンゲールがそこにいた。
「ふむ、私のことがわかると。見当識に障害はないようですね」
「は、はい。ちゃ、ちゃんと自分が誰かはわかります」
状況はわからないけどな。いやほんとなにこれどうなってるんだ? 故人であるはずのナイチンゲールがここにいるってことは、俺も死んだということか? いやそもそもなんでナイチンゲールが日本語を喋っているんだ⁉
「結構。ならば状況を説明しますがよろしいですか?」
「は、はいよろしくお願いします、ミズ・フローレンス」
「いちいちミズだのなんだのつけないでいいですよ。日本人のあなたにあわせて日本語での意思疎通を行っているのですから呼びやすい呼び方、それこそ婦長でもかまいませんよ。それが流行っているようですし」
ああ、現世で自分モデルのゲームとかアニメも把握しているんですね……でもありがたい。正直大学入学時が英語力のピークだった俺がミズとか使うのはなかなか大変だしな。
「まず、ここは死後の世界の入り口のようなもの。転生したとはいえ本来生者であるあなたが来るはずのない場所です」
転生だの死後の世界の入り口だのは全部夢と思うところだけど、婦長の存在感が問答無用で事実だと確信させてくれる。
「俺、まだ生きているんですね」
「ええ、あなたはミス・ジッドをかばいナイフにより負傷し、ナイフに塗られていた毒で意識を失った。ですが、幸いにも命に別状はありません」
よかった、あのまま死んでたらフィーユが本気で泣きかねなかったし。でも毒ナイフとか投げてきやがってあの大隊長後で絶対……まてよ?
「婦長、二つほどいいですか?」
「構いませんよ、なんでしょうか」
「えっとまず、死んでないならなんで俺はここにいるのですか?」
死後の世界の入り口で転生者であることも関係ないとのことだしな。生きているならなんでいるんだ?
「ああ、簡単です。あなたは死ななかったものの死にかけたのです。なかなかに凶悪な毒が塗られていましたから頑丈に産んでくれたあちらのご両親に感謝しておきなさい」
白兵魔法で強化された投げ致死毒ナイフとかどれだけ殺意高いんだあの大隊長。元十九小隊出身なのは伊達じゃないってことか。ほんと、とっさとはいえよくかばえたな俺。
「ええ、あちらに戻れたら存分にお礼を言っておきます」
「よろしい。それでもう一つは?」
「あ、はい。その、なんで俺の状況をここまで知っているのですか」
いくら婦長といっても俺の状況に、それこそ転生したことを含めて把握しているのは一体どうして……
「そんなことですか。簡単ですよ、あなたを見守っていたからです」
「俺を?」
俺を、婦長が? なんで?
「私は後輩全てを見守っていますから。その中でもあなたはなかなかやりがいのある場所にいますし、特に最近は熱心に敬意をはらってくれているようですしね」
今回発表前に自分を鼓舞するためにしたあれが実質神への祈りみたいなもの扱いだったのか。しかし婦長本人に後輩扱いされて見守られているのはありがたいやらこそばゆいやらだな。
「では状況が確認できましたし少しお話をしておきましょう。ここを退院して現実のあなたが目を覚ますまでまだ時間がありますしね」
少しお話……なんだろう、すごく嫌な予感が……
「まったくもってツメが甘い! 甘すぎます! それでも私の後輩ですか情けない!」
ああ、やっぱりこうきたかぁ! そうだよな、婦長ですものね! 自分にも他人にも厳しい人ですものね!
「いいですか、まずそもそも学園に取次を頼んだのならその時点でさらに上の存在にアプローチをするべきでした。そして上を先に口説き落として軍を黙らせたらそれでよかったのです。下から順番になんてせずアプローチできる一番上を落とせ! 私ならそうしました!」
さ、さすがフローレンス=ナイチンゲール。家のツテで大臣に経由で女王陛下を説き伏せたり、政府を動かすために新聞社で民衆煽ることまでしただけはある。人の動かし方のスケールが俺と違いすぎる。
「す、すいません。まずは目の前のことからと思いまして」
「まったく……まぁいいでしょう。結果論ですがあなたはミズ・シャルロットを動かし説き伏せたので及第点としましょう」
よかった、及第点か。しかし女王陛下や新聞社の力で国や世界動かしたこの人に及第点扱いされるってシャルロット、お前何者なんだ?
「ですが、他にも雑な仕事がまだまだあります! 傷口の洗浄について言及するならば一緒に消毒についても行うべきでした! 毒消しの魔法で代用こそしていましたが、やはり誰でもできるアルコール消毒こそ第一です!」
「は、はい! アルコール消毒についてもゆくゆくは! ま、まず最初の一歩として身近な魔法からということで」
「それならば結構。あなたには言うまでもないことですがまずは何をおいても殺菌清潔換気。看護の大原則として絶対にするべきことですからね」
いやその通りですけど、あなたその大原則にこだわりすぎてインドでも換気徹底させた結果病室に熱気やらマラリアの媒介である蚊をいれちゃったりしましたよね? とは流石に言えない。うん、迫力が違いすぎるしちょっと無粋だしな。
「あとは……まぁいいでしょう。まだ始めたばかりですし今後に期待します」
え、あ、あれ? これで終わり? まって、まだ一番肝心のこと、絶対言われると思っていたことを言われてないんだけど……
「え、えっとあの……俺があなたの真似を、あなたの功績を模倣して奪うようなことをしていることについては」
今回もそして前回もやったことは婦長が見せてくれた成果の上澄みをくすねた、はっきり言うとパクりだ。それについても当然いわれるとばかり……
「あなたはバカですか? なんでそんなどうでもいいことを気にするのですか?」
「ど、どうでも?」
「あなたが私や他の先人に感じている後ろめたさや罪悪感というのは目の前の患者の命や今後あなたが救えるであろう患者の命よりも大事なのですか?」
「い、いやそれは……」
きっぱりとこれ以上ないほど断言するあたり実に婦長らしいけど、そ、それでいいのか?
「学問や知識というのは所詮は道具です。それを使って何をなしたかのほうが肝心なのです。あなたはムサシ=ミヤモトはコジロー=ササキよりも良い刀をもったから勝ったといいますか?」
「い、いえ。道具もまた大事ですけど大事なのは使い手かと」
「ほら、答えが出ているではありませんか。あなたは私という存在から学んだことを武器にして行動し、そしてあちらの世界の常識に勝利した。それが全てです。その勝利に何も恥ずべきことはありません。ツメの甘さと仕事の雑さは反省するべきところですが」
恥ずべきことがない勝利、か。局所的なものに過ぎないけど、それでも婦長にそこまで言ってもらえるなら、俺がやったことは間違ってなかったんだな。
正直、前世の知識や経験を使ってのあれこれはズルをしている気分だったけど……
「ありがとうございます。おかげで、少し気持ちが楽になりました」
「ならば結構。羞恥心を持つのはいいことですが気を使いすぎるのも問題ですよ。そちらの世界に私達はいないのですから功績の剽盗などにもならないというのに」
はは……本当にバッサリいうな、この人は。なんというか、気持ちいいくらいで苛烈な人だけどそれ以上に慕われたのもわかるな。
「今後あなたが恥ずべきとしたら、知識があるのに、それこそ私や私以外が為したことからなんとかできる武器を持っているのにそれをしなかった時。そしてやるべきことが残っているのに無責任に死んだ時でしょう」
「為すべきこと、ですか」
「ええ。私にはあなたがなぜ転生したのかなどわかりませんがそれでもそこに意味があると信じています。だから、あなたはできること、なせることを為しなさい」
「……はい」
できること為せることを、か。はは、婦長に言われると身が引き締ま……
「今回はまだ死んでいないのと初回ですから警告にとどめますが、もし次まだ仕事が残っているのにここに来るようなことがあればその時は殴ってでも送り返しますからそのつもりで」
うん、ちょっとまとうか。
「な、殴ってでもって……」
普通なら比喩表現だけど、薬箱に鍵がかかっていて手続きしないと開けられないよって言われて拳で箱を叩き割ってもっていった人だからな……
しかも諸説あって信憑性が疑われると言われても壊したのが斧か素手で割れる人だからやると言ったら本気でやりかねない、というかやらない理由が……まて、この人たしか……
「あ、あのミズ・フローレンス」
「なんでしょうか、あらたまって」
「あの、仕事が残っているのに死んだら殴ってでも送り返すんですよね?」
「そうですね」
「……その死因が老衰でもですか」
「もちろんそのつもりですが、それがなにか?」
やっぱりか⁉ やっぱりなのか⁉ この人三十代で実質寝たきりになってからも九十歳まで仕事してた超人だし、そもそも本気できついって泣きついてきた友人の大臣にあまえんなボケぇ! という返事だしてその大臣が過労死するまで追い込んだワ○ミ真っ青な人って記録されてるけど、死んでもそこは変わってないのか⁉
「さて、そろそろ現実のあなたも目を覚ますでしょうし、次からはもっと気をつけることです。そして私に殴られることがないようしっかりと励むことです」
「は、はい……し、死ぬ気でが、がんばります」
しなせてもらえないきがするけど、うん、うわーいがんばろー
これでもマイルド表現なのが婦長クオリティー
Q:なんで詳しいの?A:婦長だからでも良い気がしましたが……うん。
続きは明日の08:10ごろに




