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29話 最後のツメが一番肝心

2万PV達成&ブックマーク100突破です!本当にありがとうございます!!

台風がきてますが、皆さんお気をつけて……

「とまぁこのように忘れっぽい我々も記録に残せば忘れないですみますし……なにより、皆さんで共有することができる」


「共有?」


「今隊長のおかわり事情を皆さんで把握したように、記録を他の部隊の方に見て貰えばまた違った意見をもらえますし……」


 さぁいくぞ、今からいう言葉の意味を何人正しく受け止められるだろうな。


「実際に戦争が起きた場合、どの戦場でどれだけの数の隊員がどのように傷つき死んでいくのかが中央で把握できます」


「なっ⁉︎」


 シャルロットの顔が真先に目に見えて変わる。さすがシャルロット、やっぱ頭がすごく切れるんだな。お、シャルロットにはさすがに遅れたけど追加で何人か顔色が変わりだしたな。


「それがどうしたというんですか。戦傷者や戦死者の報告はもうとっくにしています。何を得意げにむだなこ」


「理解できないならせめて黙りましょうかジャン大隊長」


 シャルロットが容赦なくジャン大隊長の言葉をバッサリと切る。その目線がもうあれだな、わかったやつの目だ。ほんと、ただ頭がいいだけじゃないんだな、シャルは。


「メディク君、つまりあなたはこう言いたいのですね……この記録を取ることで“何人助けられるのに失った命がでた”か分かると……ひとまとめにされている死者が前線での戦死と後方での病死にわけられ検証されると言うことはそういうことですよね?」


 さすが、だな。いやほんと流石だシャルロット。これを聞いただけでそこまで理解するか。シャルロットが言う通り、この記録によって治療すらできなかった戦場での死と治療した結果の死を明確に区別することができる。

 そして治療したのに死んだものの死因をさらに詳しく調べれば、助けられたかどうかも判断ができるということだ。


「ええ。そうです。徹底して記録に残し共有するということはそういうことです」


 このような記録による統計と検証、の概念こそが統計学の母フローレンス・ナイチンゲールのクリミア戦争、いや医学の歴史における最大の功績。

 ナイチンゲールは一般的には白衣の天使として患者を献身的に看護したイメージが強すぎる。だが彼女の実態は徹底してカルテに記録を残して数字を分析してそこから改善していった実践的な統計学者であるのだ。

 ナイチンゲールの叡智の一端を、後進として示そう。為した偉業が証明したその優位性を。数字に誠実であれば見えてくる世界を。


「戦中であればどの戦地ではどういう患者が多くてどういう物資があれば助けられるか、どういう備えがいるか、どんな人材を送ればいいか、どこかの戦線で画期的な治療が行われて成果がでたらそれを確固たる数値で納得した上で共有することも可能です」


 ナイチンゲールは戦中に、徹底した記録と分析によって戦地での死者のほとんどが、それこそ戦死者一人に対して病死六人であることを明確化してのけた。そしてそこから軍の死亡率が民間の倍であること、衛生環境の改善で効果がでることを数字で示し、結果負傷兵の死亡率を四十%オーバーから五%まで減少させた。


「そして記録に残っているということは戦後の平時に徹底して記録を分析することで先程もでた何人助けられたかを知れる、そして今後多く助けるにはどういうことが必要なのか検証できる」


 そして戦後は鶏のとさかと言われる円グラフでクリミア戦争での負傷兵たちの死亡原因を当時一般的でないグラフによってこれ以上ないほど明確化し、どれくらいの数を本来救えたかを、軍部が必死になって隠そうとした事実を明らかにした。


「これらは徹底して記録を残し、共有し嘘偽りなく向き合うことで可能になります」


 これらが白衣の天使でなく数にどこまでも誠実で信奉し忠誠を尽くした、統計学の母ナイチンゲールが示した叡智。まったくもって頭が下がるし、だからこそ俺もまた後進としてその足跡をたどる勇気をもらえた。

 ただもちろん、この主張もまた完全ではなく穴だってある。


「とはいえ、先ほどお見せしたカルテがあればすぐにでもそのまま導入できるわけではありません。たとえば足と手と頭を負傷した死体を見つけて、どの傷が致命傷でどうしてついたか、なんて意見がバラバラに割れるでしょう。判断する人にある程度知識と判断の基準を共有しないといけません」


 ナイチンゲールもこれで苦労した。クリミア戦争では戦死の原因を判定する係が三種類あったのだけど、同じ遺体についても死因の記録は三者三葉、おまけに医療教育が一般化されていなかったから医師たちがとる記録もてんでバラバラ。記録の標準化は不可能だったのだ。


「ふむ、基準が必要と。メディク君はそこをどう考えていますか」


「さすがにそこまでは……ただ、学院と協力して軍所属の回復魔法師で使う基準を作ることからはじめるしかないかと。理想としては軍直轄の専門教育機関を作ることですが」


「いやー、さすがにそれはやりすぎですよ。確かに効果はありそうですが現実的じゃなさすぎます」


 すいません、寄付金集めて知り合いの大臣ぶん殴って女王陛下まで動かして陸軍医学大学を作らせたんです、ナイチンゲール先輩。規格がないなら箱から作ればいいって……規格外の人が規格を作ってるんだよなぁ……と、いけないいけない。ほうけている場合じゃない。

 さぁ最後の〆だ。ここまで積み上げたもので訴えるとしよう。


「理想的な形にするにはまだまだ多くの議論と人員、時間が必要となります。ですが塩飴に飲料、傷口の洗浄や毒消し、なにより患者の記録を残すことは今後の国と軍にとって有意義であるのは確かであり、そのことを示す場を与えてくださった十九小隊の皆さんと、なにより”隊長”に感謝をもって結びとさせていただきます」


 最初はただの意地だった。でも、俺の意地を汲んでくれ己の立場を失ってまでも約束を守ってくれようとした隊長への感謝を込めて締めとする。本当に隊長のおかげでここまでこれた。あとは……


「いやー! 良い発表でしたよ! うんうん、前回の発表会もわかりやすくてよかったですが今回は特濃! って感じでビッチリで!」


 すぐ近くで聞いていたシャルロットがニコニコと笑顔で俺を突っつきながら拍手をしてくれる。そしてその拍手を皮切りに円卓に座った幹部の多くが、それこそ聞く耳をもってくれなかった面々が一人、また一人とその手を打ち鳴らしてくれる。


「まだ無理な部分が多くとも記録を残しておけば例えば先ほどの洗浄・毒消も何人の患者を副作用から救えたかなどの検証できますし……治療の手間と記録を残す人員が必要ですが価値は絶対あるかと」


「記録要員は部隊の兵糧や物資管理をしている書字魔法師にさせればなんとでもなりそうだな」


「物資を記録するくらいしか仕事がなかったやつらの仕事が増えるが、価値もあるしあいつらの立場も向上するな。悪くない」


 拍手をしながら真剣な顔で相談し出す幹部達。どうみても彼らはもはや拍手もせず不快げに顔を歪ませているジャン大隊長の方を見ていない。これなら隊長を処罰するという考えはまるでない……よかった、隊長を守ることはできそうだな。


「ふ、ふん! 不愉快ですね! ともかく話は終わったのであなたたちはさっさと帰ったらどうですか!」


 おっと、さすがに居心地が悪いのか露骨に俺たちを追い出しにかかったな。まぁいいか。言うべきことはいったし、どう考えても隊長が悪いようにはされないだろうから帰ると……



「あの……少しいいですか?」


「ん? どうしたんだフィーユ」


 フィーユが前にでるってどうしたんだ? 普段のフィーユなら何も言わず喜んで帰るところなのに。


「いえあの……さっきから気になっていたのですが……その……先ほどの会議で資料にあった十九小隊の予算と実際の予算が……つりあって、いないのですが」


「なに?」


 予算が、釣り合ってない? 部隊の? え、それって……


「えーと、メディク君のお連れのフィーユちゃん。それどこ情報です? っていうか計算ミスとか勘違いじゃなくて?」


「はいあの……あきらかに足りません。支給されている金額がその……半分もないです」


 計算があわない、なら計算間違いかもですむが半分ないってそれはどう考えてもそういうことだよな? うん、シャルロットの顔もこわばったままジャン大隊長をみているし。


「な、何を言っているのですかバカバカしい! だいたいなんであなたが十九小隊の予算を知って」


「実習初日に隊長の許可を頂いたうえで十九小隊の書類を全て整理し読み込みました」


「せ、整理させた? よ、読み込ませた? しょ、小隊長! あ、あなたなんということを! が、学生にそんな重要書類を見せるとは何を考えて」


「そう言われましても書字魔法を使う実習生のための教材などそれくらいしかないですから。おかげで随分と助かった。時間がなくていつも大隊長が派遣してくださる専門家が整理してくれるまで放置しっぱなしだからな」


 さらっと小隊長が爆弾放り込んでる……おい、もうこれ状況証拠的に真っ黒黒じゃないか。シャルロットが怒るを通り越して呆れ顔になってるぞ。


「えーとあの……小隊長。一応これまでもギリギリでやりくりして無借金だったようですが、予算についておかしいなと思わなかったので?」


「予算会議など呼ばれたこともなければ参加したこともないな。ただ与えられた金額をきっちり使えというのが第十九小隊代々の伝統だ」


 なるほどー、小隊代々の伝統か。それでジャン大隊長は小隊のOB……アウト! うん、これもうアウト! 裁判不要でもいけるレベルだこれ!


「そ、そこの学生がまちがえて、いや虚偽の報告を」


 ジャン大隊長に全てを言わせず俺たちの前に細かい数字がびっしりとかかれた表が浮かぶ。ああ、この表……発表の準備のときに何度もお世話になったフィーユの書字魔法の一つ、エク○ルなことができるやつだな。


「……こちらとしてはいつでも提出する準備はできています。先程の資料と比較しても明らかに違いますし、監査なりなんなりしていただいてもいいですよ?」


 あ、これフィーユ絶対怒っている。普段ならここまで言わないし前にでない。しかしなんで……


「え、えっとその……書字魔法は……メディクさんが認めてくれたこれは私の誇りでもありますから……それを虚偽呼ばわりされるのは……ましてや、書に偽りを載せていた人に言われるのは、我慢ができません……書に誠実たれは書字魔法使いの大原則、ですし」


 俺の疑問が伝わったのかフィーユがよくカフェでしていたように顔を赤らめてあわあわと慌ててさっきまで気を張っていたのがちょっと和む。

 実習がちょっと時間的にも体力的にもキツくてあんまりゆっくりとした時間取れなかったし終わったらまたカフェでゆっくりお茶するかな……


「こちらは構わないな。自分にやましいことはなに一つ……あ、いや、塩飴とかをメディク殿にお願いしたことと宿舎のボロさ以外はないからな」


「学生にたかるってどんだけ予算カツカツなんですか……まぁいいです。あなたらしくて」


 おっと、意識が飛んでた。まぁ隊長は断らないよな、断るくらいならそもそもフィーユという書字魔法の使い手にフリーハンド与えて書類整理させたりしない。となると……


「さて、ジャン大隊長。あちらは快く監査を引き受けてくれましたし当然あなたも受けてくれますよね」


 うん、残るは大隊長だけだ。とはいえさすがにこの状況はチェックメイト。十九小隊の書類は全部フィーユが抑えているし、ここには全員を黙らせられるシャルロットが……いやまて、このパターン。ジャン大隊長が潔く監査受けるか? 漫画なんかだとそれこそジャン大隊長が今しているみたいに懐から……


「――っ! フィーユ!」


 体が、勝手に動いた。理屈じゃなく、ジャン大隊長が手を懐のほうに動かしたのが見えた時の直感が俺を突き動かした……そしてその直感は正しかった。


「がっ!」


 フィーユを抱きかかえるようにかばった俺の体に鈍い衝撃と熱が走る。そしてそれに遅れ……てじわじわと何か……あたたかいのが……


「メディクさん! めでぃくさ……」


 よか……フィーユは守れ……とっさに動けるもんだ……


続きは明日の08:10となります

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