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21話 ああ、お約束

懲りずに新作練り中……日曜とかに同時投下できたらいいなぁ

「成果の見込みはある、か。しかしそれまで隊員たちの不満が爆発しなければいいがな。待たされて不利益を被っている隊員たちはいつまでも学生だからと大目に見てはくれんぞ」


 俺の言葉に対して一定の理解を示し、その上で問題点を指摘してくれる小隊長。

 うん、やっぱこの人クレソンと一緒にしたらだめだ。厳しいけどちゃんとしてる。なら……


「わかってます。できるだけ急ぎます……その上で小隊長。一つ質問させてもらってもよろしいですか?」


「なんだ?」


「部隊の訓練は精神鍛錬のためですか? それとも能力を向上させるためですか?」


「無論両方だが……強いて言うなら後者だな。勇敢なだけでは戦えない。まずは能力があってこそだ」


 俺の不躾とも言える質問に対して小隊長は若干鎧をガシャガシャ言わせながら悩むそぶりをみせて、その上で断言するあたり伊達に名高い部隊のトップではないな。うん、できる人って空気がすごいある。これならいけるか?


「では、訓練の質をあげるためにこちらでできることはしてもかまいませんか?」


「ふん、できることがあるなら試してみろ。もしそれで本当に質が上がるなら採用するのもやぶさかでないし、落ちるなら即やめさせる」


 よし、言質を取った! じゃあ次の訓練から早速始めるとするか。



「第二分隊のザックだ! この傷は同じ分隊のクラドのやろうの打ち込みをとめられなかったからできた!」


 朝食後の訓練で最初に運び込まれた患者が、頭から血を ながしながら俺を見るなり叫んだ。どうやら、俺が名前やらどうして怪我をしたのか一々確認するし、それに噛みついても無駄、というのが知れ渡ったようだな。

 うんうん、いいことだ。一々黙られたり文句を言われるとそれだけで時間を浪費するし気も散るからな。おかげでフィーユのカルテ作成も、そして俺の洗浄やら治療やらも今までと比べてサクサクと進むというものだ。


「はい、治療終了です」


「ふん、やっとかよ。まぁいい、ありがとな。それじゃ俺は」


 おっと、回復魔法が終わった途端でていこうとはこの患者はせっかちだ。そうしてもらってもいいんだけど、ちょっと待ってもらおうか。


「ああ、待ってください。これを持っていってください」


「あん? なんだこれ」


 出ていこうとするザックさんに袋を一つ押し付ける。けげんそうに見つめているけど、まぁちょっと話聞いてくれ。


「訓練で汗をかいて疲れたらそれを食べてください。疲れがだいぶとれますから」


「おいおい、変な薬でも入れてあるのか?」


「いや、さすがにここでそんなことしたら命いくらあっても足りませんよ」


「そりゃちげぇねぇや。んなことして隊長にバレたらそりゃもうぺちゃんこだわな」


「それと、よかったらこれも飲んでいってください」


 近くの水瓶にたっぷりと入れて冷やしておいたそれをカップに移し差し出す。


「こいつぁ……甘い香りがするな。いやだが訓練中勝手に飲み食いは……」


「大丈夫です、両方ともちゃんと小隊長殿に許可をとりましたし味見もしてもらってますから」


「なんだ、それを先に言えよ」


 隊長も味見済みで許可がでていると聞くやザックさんは顔を緩めて飲み物を受け取ってくれる。

 これこそが俺が考えた“文句を言われる前に飴をなめさせる作戦“だ。患者目線で待たせられる不満をそらすだけの利益を……飴玉を舐めさせて我慢してもらう。これだけで感情的にはだいぶ違う。

 しかしやっぱり隊長の許可と味見が受け取る決め手となったか。ちゃんと、言質だけでなくて実物込みで話を通しておいてよかった。ただその時に色々あって……うん、思いだすと複雑な気持ちになるな。

 こう、朝練の後、疲労で動けなくなったフィーユを部屋まで連れていった俺は昨晩のうちに実家に連絡(電話がわりでお約束の水晶がある)して届けてもらったそれをもって隊長に報告したわけだけど……



「ノワル家から馬車が来ていたと聞いていたが、それはなんだ?」


「塩を煮詰めて固めたものと塩とライムの絞り汁をいれた飲み物です」


 俺が持ち込んだのはようするにお手製の塩飴とスポドリ。作り方は難しくないし熱中症対策で夏場はよく自作していたそれら。今回は時間がなかったし量も必要だったのでノワル家の使用人たちに作ってもらったが。


「ふむ……塩に、ライムか。それでなんで訓練の質があがる」


 俺がもってきた塩飴とスポドリを前に相変わらず表情はわからないが怪訝な声をあげる隊長。うん、この世界ではまだ常識として根付いていないから無理もないな。


「小隊長、汗の味は甘いですか? しょっぱいですか」


「バカにするな。しょっぱいにきまっているだろう」


「それです」


「は?」


「人は汗をかくとき水だけでなくて塩も出してしまうんですよ。だから汗はしょっぱいんです。なので汗で失った塩を補充すれば体は元気になって訓練もさらに頑張れます」


 運動による塩分の欠如、日本は昔労働時に塩を舐める習慣があったというけどいつのまにか失伝して今でもそのあたりの意識が抜け落ちている人が多い。野球で練習中の水分補充禁止をあれこれいう往年の名選手なんて数えきれないくらいだし。

 だからもう、こればっかりは理屈だけで言っても通じない。わかるように丁寧に説明して体感してもらうしかない。


「小隊長、訓練で汗をひたすらかくのはずっと徹夜で眠ることを許されないでいる状態と思ってください。そんな状態で仕事が捗りますか」


「それは……いやだが終わるまで寝るのは……気合でごまかせるうちは……」


「あるいは空腹の体でひたすら訓練を休みなくやらされるようなものです」


「よし、許可する」


 うお、すごい食いつきだ。寝不足での食い付きっぷりからこれは厳しいかと思ったけどこれはちょっと予想外だ。


「我が部隊は勇猛だ。どんな敵でも怖れはしない。だが空腹はダメだ。気合で腹は満たされない。ごまかしても力が抜ける。戦場で生き残るのはなんでも食べてどこでも眠れるものだ」


 ものすごく真面目な声で力強く断言する隊長。しかしここまで食べ物にこだわるならこれも喜ばれるか?


「隊長、訓練のあとは体が塩を欲してますから食事の塩も普通より多めにしたら美味しく感じますよ」


「なにそれはやくしり……うむ、兵站の質をあげるのは軍事の基本。参考とさせてもらおうか」


 兜をガチャガチャならすほど頷くなんて……なんだろう、ちょっと可愛く思えてくる。


「えーっと、隊長。宜しかったら味見しますか、この飲み物と塩飴」


「いや、許可はだしたが自分は……」


「まぁそう言わずに。隊長が味見したもののほうが隊員の方も安心しますし、隊長も訓練参加されていて喉が乾いているでしょうし」


「……わかった」


 そういうと隊長はフルヘルムの下側、口元だけを外して俺が渡したスポーツ飲料を受け取り口に含んだのだけど……あれ、この口元の感じ……


「ふぅ……美味しいな」


 そして思わず漏れただろう隊長の声、それは俺が感じた違和感を肯定するくらい高く……


「しまっ⁉︎」


 声が出てしまったことに気づいて動揺した隊長があげてしまった声、そして慌てた隊長のカブトから溢れた長く艶やかな銀髪が俺の想像が正しいと雄弁に物語っていた。


「……誰にもいうなよ」


「言いませんし、言えませんよ」


 いつ見てもフルメイルな理由はこれか。いや、確かに声がくぐもって判断つかなかったがこれは予想外……うん、まさか隊長が女性だったなんて。

 そして念押しされるまでもなくこれは言えない。ここまで徹底的に立場ある人が隠していることを軽々しく口にだすなんて絶対よくない、というか危険すぎる。


「ならいい。もしここで漏らすと言ったらそのつもりと記憶がなくなるまで衝撃を与えないといけないところだった」


 普通に鈍器でフルスイングされていたり刃物で切られたりするような訓練してる部隊の隊長のそれは冗談に聞こえない、というか本当にするんですね、わかります。

 いやうん、さすがに俺もこんなことで死にたくはないし、いくら回復魔法が使えるといっても痛いものは痛いしな。


「ともかく、この味で訓練の質があがるというならこちらからはなにもいわん。好きにしろ」


「わかりました、ありがとうございます」


 よかった許可をもらえたし、命も助かった。見てはいけないものをみて……あ、そういえば。


「隊長、そういえば隊長のお名前はなんと? その、以前はお伺いできませんでしたし」


 ちゃんと名前を尋ねておこう。毒をくらわばなんとやらじゃないが、ここまで知ってしまったのだからどうせなら名前まで知っておきたいしな。


「前にも言っただろう、隊長と呼べとな。本当の名前は、もう置いてきたのさ」


 そんな俺の質問を兜を完全にかぶり直してバッサリと一刀両断する隊長。表情は兜に隠れ声は相変わらずくぐもっていたが、なぜか少しだけ寂しそうに感じた。


気づいていた人は多かったかな?明日もいつも通り08:10ごろで!

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