20話 診察治療に必須なもの
立場が上の人相手に我を通すのってきーもちー!
「ふん、寝坊せずに来たことは褒めてやろう」
実習二日目。朝鍛錬開始より少し早めに訓練場にいった俺たちは見覚えのあるフルメイル……小隊長に捕まっていた。というか、朝一からフルメイル着込んでいるとは恐れ入るなこの小隊長。
「毎朝この時間には起きて走るのが日課ですから」
お年寄りの朝は早いというが爺やもまた例外じゃなくて……毎朝鶏が鳴く頃には起こされて一緒に走るのが習慣になってるからな。
そうでなくても寝て起きるスキルは必須、救急車実習で消防署に泊まった時とか何回叩き起こされたことか……
「治療もそれくらい迅速にやってくれればいいのだがな。治療が遅い、待たされた。無駄な治療をされたと随分と不満がでていたぞ」
おっと、いきなり来たか。でもまぁこの程度雑草に比べたらかわいいもの。あいつ取り巻きをつかって陰口ながすしなぁ。
「なるほど、文句言う元気があるのでしたら待たせても問題ないですね……実際戦地でも後回しにするでしょうし」
「ぬっ」
自分で歩ける人、元気な人は後回しにしましょうなんてトリアージの大原則だ。治療が遅いだなんだ言えるなら間違いなくグリーンタッグでまずは自分でなんとかしてコースなので現場にこだわるっぽい小隊長には耳が痛いはずだ。
「……一応上司として警告と報告はしたぞ」
「わかってます。その上での選択ですから何かあってもこちらの責任です」
ホウレンソウを受けたわけだからそこはね、ちゃんと筋を通さないとな。感情的に喚かずちゃんとしてくれているわけだし。
「ふん、それくらい弁えているなら治療もそうあって欲しいものだが」
「それとこれとは別問題ですから」
うん、礼儀やらなんやらと手技のあれこれは全くの別。そこをごっちゃにするのはよくない。
「……まぁいい。それよりなんで書類屋がここにいる。ここには書類も本もないぞ」
「えっとその……書類の整理はもう終わりましたので……」
「書類整理が終わった?」
「はい……昨日のうちに残っていた書類は全部、読み取らせていただいたのでいつでも呼び出せますが」
フィーユによると魔力を流しながら目を通した書類はだいたいいつでも呼び出せる、ようは自炊が可能っていうんだから恐れ入る。裁断要らずとか羨ましすぎる。どれだけ重たい教科書に泣かされたことか。
「随分と優秀だな。学生のレベルではない」
小隊長がこれだけ褒めるってことは書字魔法がすごいというよりはフィーユがすごいのか。学院長が引きこもり許可付きで入学させたのも伊達じゃないっと。
「しかし、それなら別にここにいなくとも別の部隊に紹介くらい」
「メディクさんに……手伝いを頼まれましたので……その、ほかにすることもないのでちょうどいいかと」
「なるほど、人手を増やして治療速度をあげるつもりか。たしかに助手がいるのといないのでは大違いだな」
うんうんとうなずいているところわるいが俺の狙いはその逆。むしろ時間はかかるようになるんだが……まぁすぐにわかるから言わないでもいいか。
「いただだだ! 腕、腕がぁ!」
「わかりました。腕をみせてください」
朝練開始後最初に担ぎ込まれてきたのはまだ若い男の隊員。左腕を押さえて悶絶しているのでどこを負傷したのかなど一目瞭然。普通なら腕に回復魔法でおしまい、昨日までの俺でも念のため洗浄やらをしたうえで治療するだけだったが……
「えっと、まずは治療の前にお尋ねします。名前と所属分隊名は?」
「そ、それになんの意味が……いいから魔法を……」
「必要なことですので答えてください。治療はそれからです」
「だ、第三分隊のギャレット=ボーだ!」
「第三分隊のギャレット……よっし、それじゃいいかフィーユ」
「はい……大丈夫です」
フィーユが俺の言葉にあわせて書字魔法を展開。すると虚空に一枚の紙が、表題のところに第三分隊ギャレット=ボーと書かれたものが浮かび上がってくる。
そう、これこそが俺がフィーユに手伝いを頼んだ目的。フィーユは初対面の時に書字魔法は記録を魔法で残すことができると言っていた。なら書字魔法で電子カルテのようなものを、あえて言うなら“魔法カルテ”を作れないかと考えたのだ。
この世界で紙はまだまだ貴重品でそれなりの値段がする。そんな状態で一々紙カルテを作っていたらそれこそ下手しないでもカルテ代のほうが治療費より高くついてしまう。
廊下が軋む宿舎を使っているこの部隊にそんな費用は出せないし、出せたとしても小隊長が許してくれるとは思えなかったから……いや本当にフィーユがいてくれてよかった。
「それじゃえーと……第三分隊ギャレット、実習二日目朝訓練第三打ち込み中に負傷。負傷箇所は左前腕伸側の……打撲、ならびにその後の転倒による擦過傷……」
俺が視診と傷口の洗浄を行いながら確認したことを一々口にしていくとその内容がほぼそのまま虚空にフィーユが浮かせた紙に記されていくのがわかる。
テンプレートは昨晩、助力を頼んだ時に伝えて作ってもらっていたとはいえほぼ口頭筆記そのままの速度で書き記されていくのはさすがとしかいえない。これならどんどん飛ばしても大丈夫そうだな。
「この打撲は相手が止められなかったんですか? それとも防ぎ損ないですか」
「そ、それになんの意味が……そ、そんなこと聞く暇あったら早く回復魔法を」
「……どうして怪我をしたんですか」
「う、打ち込まれたんだよ! ダマのやろうが寸止めしくりやがった」
「同隊ダマ氏の攻撃により負傷……と。フィーユ、できたか?」
フィーユのほうをちらっとみると無言でこくりとうなずき俺の質問を肯定してくれる。うん、ならこれで記念すべき”魔法カルテ“の一枚目のできあがりだ。
「よしそれじゃ洗浄も終わったしすぐ治療しますね」
最初の一人の治療が終わってからも朝鍛錬が終わるまで負傷者が運ばれてくるのがほぼ途切れることはなかった。
そして朝鍛錬の終了が宣言されて解散されるや……
「ちゃんと言ったはずだが? 治療が遅いと苦情がでたと」
はい、小隊長が突撃してきました。うん、正直予想はできてた。
「ええ、わかってます。ですが必要なことですので」
「必要? 目の前の負傷者を治療もせず一々どうでもいいことを根掘り葉掘りきくことがか? 口よりも先に手を動かしすこしでも早く治療をするべきではないのか」
口より手、か。フィーユのことを書類屋といったりするあたり徹底した現場実践主義とでもいえばいいのか? たしかにそれも正しくはあるんだろうが……
「どうでもよくないですよ、とても大事で有意義なことを質問してます」
「けが人の名前やけがをした理由になんの意味がある。戦地で毒でもうけたならまだわからないでもないが訓練の現場であるここではケガした箇所に治癒魔法を使う、それで事足りる。繋ぎの人材にそれ以上は求めん」
要約すると学生はいいから黙って余計なことせず回復魔法だけ使ってろ、か。
「一々どうしてケガした、誰との訓練かなどと隊員訴えを無視するだけでなく訓練の委縮につながるようなことを根掘り葉掘……隊員たちから不満がでている。無駄なことばかりされたとな」
「質問するとき何もしてないわけじゃないんですがね」
ちゃんと視診に傷口の洗浄や消毒魔法を使いながら聞いているからむしろ時間を有効活用している。
「話を逸らすな。なんのつもりでそのようなことをした。そこの書類屋に何かをさせていたようだが一体どう言うつもりなのだ」
じろりっとフルヘルム越しでも睨まれているのがわかるあたり本気で怒っているし口先で納得するとは思えないな、これ。
「カルテを、負傷者の記録を作るためですよ。誰がいつどこでどんな負傷をどうしてしたのかという」
「負傷者の記録? そんなもの、一体なんになる。我々にケガなんて日常茶飯事、して当たり前。そんなことを記録するなんて時間の無駄でしかないな」
「早ければ明日、遅くても来週には成果をお見せできるかと」
こればっかりは口先で言っても伝わらないし今すぐわかるものではない。誠意とは数字を見せることとある野球選手もいってたしな。さて……納得してもらえるといいのだけど。
明日も08;10からを予定しております




