19話 上司に歯向かう快感、あると思います
分隊から小隊に変更しました。
「なんだと? 貴様、誰に向かって口を」
ああ、明らかに怒っているなこれ。声が震えているし今にも殴りかからんばかりだ。でも、だからってここで退けるか。それなら最初っから戦わないってんだ。
「あなた以外いませんよね?」
「あなたとはなんだ、あなたとは。呼ぶなら小隊長とよべ」
「わかりました、では小隊長。邪魔ですから離れてください」
傷を洗い終わったら回復魔法をだし、包帯もあるなら巻きたい。いくら回復魔法で傷を塞いでも塞いだ直後は弱いしな。うん、やることはいくらでもある。
「貴様、いい度胸をしているな? 貴様は学生だがこの部隊の補充要員でもある。つまり隊長である自分の指揮下にある。上官の命令に歯向かうというならこの場から……」
「追い出してもいいですけど、その時は正しく仕事をしていたのに邪魔されたうえ追い出された、ときっちり報告させていただきますが」
「ぐっ……」
俺が正統な理由なく逃げられないように、あちらも正統な理由なく俺を追い出すことはできない。そんなことをしたら学院もだが、ここに口利きしてくれたお偉いさんの顔に泥を塗ることになるのはお互い様なのだから。
「たしかに自分は学生ですけど、小隊長が言った通り補充要員でもあります。なら、責任もってその仕事をしますのでどうか邪魔だけはしないでください」
回復魔法を何も考えず使って傷を治すだけ、そっちのほうがはるかに楽だし、学生でもできると判断されたのも納得だ。だが、それしかできないならともかく、悪影響がでるのがわかっているのにしないのはただの手抜き。
それにここで変な癖つけて戻ってからレティシアの治療でもそれがでたら嫌だしな、うん。
「こちらは善意で言っているのだがな。我が部隊の訓練は苛烈でけが人はいくらでもでる。一々このようなことをしていたら魔力も体力ももたんぞ」
「魔力や体力を節約する必要があると判断した場合はご意見通りにしますし、こういうのは慣れてますから」
「……いうではないか。ではせいぜい無様を晒さぬよう励むのだな。前任の回復魔法師はただ回復魔法を使うだけでも半日でバテて使い物にならなくなっていたがな」
半日って一体どれだけ酷使したというんだ……いや、どんだけ過酷な訓練しているんだこの部隊。
「ほら、次の患者がくるぞ。さっさと治療に取り掛かれ」
一人目の患者の洗浄と治療が終わるとすぐにまた次の患者が運ばれてくる。救急が盛んで忙しい研修病院のことを野戦病院って言ってたけど比喩抜きでそれということか……でもそういうところほど腕があがるって人気だったし実績もあった。ここもそうだと思って頑張るとするか。
「とまぁこんな感じでしょっぱなから小隊長とやりあってしまってな」
「いきなりそれとは……メディクさんらしいというか、恐れ知らずにもほどがあると驚くべきでしょうか……」
その日の夜、俺とフィーユはフィーユに支給された部屋でそれぞれの一日について話し合っていた。
女の子の部屋に入るなんてドキドキする……というには支給された部屋は物がベットとクローゼットくらいしかなくて殺風景にもほどがあるし、そもそも俺に支給された部屋と代わり映えしないからそんな甘酸っぱい感情はまるで起きないんだけど。
「あの、大丈夫なんですか……小隊長さんがおっしゃられるとおり疲れると、思うのですが」
「ん? なーに、これくらい爺やの訓練に比べたら軽いものさ」
爺や本気で訓練の時は鬼だからなぁ……戦場では体力と魔力がモノを言うのですってレティシアがどんどん高度な魔法を覚えるのを横目にひたすら走るのと魔力量、RPGでいうならHPとMPを増やす基礎トレをさせられた感じだ。
おかげでマラソンは前世では一番嫌いなスポーツ、ただ走るのなんて何が楽しいんだって思っていたのが今じゃ毎朝走らないと落ち着かない体に調教されてしまったというね……でもジョギングの後の牛乳最高だわ。
「……メディクさん、ノワル家の落ちこぼれというお話でしたけど落ちこぼれってどういう意味だったかわからなくなります」
「ノワル家は攻撃魔法ありきだから攻撃魔法がだめな時点でどうしてもな」
大学の同級生に一族はみんな芸術家か医者、芸術家になれなかった落ちこぼれが医者になるなんて言ってたやつもいたしな。評価基準はほんとそこそれぞれというやつだ。
「それに魔力の量でもやっぱりうちの人間、特にレティシアや父さんたちと比較したら劣るからな。魔法関係では問答無用の落ちこぼれさ」
「……さすがノワルというべきかレティシアさんやお父上が規格外すぎるのか悩むところですね」
多分両方だな。父さんは英雄と呼ばれるほどの使い手だしレティシアはノワル始まって以来の天才だし。
「しかし……こなせてしまったとしたらそれはそれで、大変かもしれませんね。明日から……その……小隊長があまりいい顔をしないかもしれませんよ」
「あー、まぁそれはなぁ……」
実戦派と理論派の戦いはどんな世界でもあるが医学ではまたそれが顕著。それこそ脚気論争なんて……いや、あれはドイツ医学の帝大陸軍と英国医学の薩摩海軍の争いが主だけど……ともかく、実際に今行われている傷が治ればいいという治療を拒否して“頭でっかち”な治療を強行する俺は小隊長には面白いモノではないだろう。まぁだが……
「俺にも譲れない一線はあるさ」
患者のために、コストが許す限り最善の努力を……ってね。だいたい消毒も洗浄も一分一秒を争う現場でもないのにしないってそれ医療者としては流石にどうよ、だし。
「そういうフィーユはどうだ? 書類関係をとのことだったけど」
うん、これ以上話しても重苦しくなるだけだろうし話題かえないとな。それにフィーユのことも気になるし。
「そうですね……資料や書類はとりあえず全部集めてまとめておいたのだで……」
「もう全部集めたのか」
「はい……学院の図書館に比べたらここにある字はあまりにも少なくて……簡単、でした」
うん、聞いといてなんだけどフィーユも大概規格外だよな。学院長が授業を受けなくてもいいなんて条件を出して入学させたのも納得だ。
「しかしどうしましょうか……これでは明日から、暇になりそうです」
たしかにもうやることはだいたいやってしまっているわけだしな。しかし、これじゃあまりフィーユが実習できた意味が薄いし、学院長の望んでいた方向性とは違うというか。でも、ここで書類やらの出番なんて……まてよ?
「フィーユ、もし明日から暇になるんだったらちょっとお願いしても、いいか? フィーユにしかできないし頼めないことがあるんだけど……」
「やります」
俺が最後まで話すまでもなく、それこそ具体的な内容の前にフィーユが俺の提案に食いついてきた。
「え、えっと、いいのか? 結構ハードなことになるし、普段とはだいぶ違うことをすることになるけど」
「かまいません……ここには書もないですし、時間を持て余すよりは……」
ああ、暇つぶしの本もないしなぁ。ここが地球ならスマホやらなんやらで時間も潰せただろうけどそういうのもないし。
「それに、せっかく一緒に実習するのですから……メディクさんのお手伝いをしたほうが……お役に立てるほうがうれしいですから」
「……ありがとな、フィーユ」
フィーユがこういってくれるなら百人、いや 千人力だな。さーてみてろよ小隊長殿。俺は絶対に折れないし、徹底して戦うからな?
明日も08:10ごろに!




