18話 飛び込み教育にも限度がある
プラチナスカチケは渚の花嫁にしました
※分隊では人数が足りなかったので小隊に変更しました。
「その、ここは一体どういう場所なのですか」
「なんだ、お前らはそんなことも知らずに来たのか」
宿舎らしき場所へと案内されながらぶつけた俺の質問にフルメイルの責任者……というか、はずしたらいけない決まるでもあるのか? 声がくぐもって聞き取りにくくて性別すら判断できないんだが……まぁ、いい。ともかくその責任者が心底呆れられるが実際知らないのだからどうしようもない。
「学園長に聞いたのですが行けばわかるの一点張りでして……」
「ふん、なるほど。土壇場で逃げないように気を遣ったわけか。余計な気を回さずともそれで逃げるようなやつならこちらからお断りだというのに」
吐き捨てるように言うがちょっとまて。それは名前を聞いただけで逃げ出すような場所と言うことか? 学院長は一体俺たちをどこに放り込んだっていうんだ。
「まぁいい。知らないなら教えてやる。我々は第十九白兵魔法分隊、ここはその訓練所だ」
「じゅ、十九白兵魔法小隊ってあの⁉︎」
「さすがに名前は知っていたか」
「ええまぁ……」
白兵魔法部隊とはその名の通り白兵魔法、すなわち身体能力を向上させる魔法を専門とする部隊でようは近接戦闘のエキスパート。攻撃魔法が基本的に広範囲を得意としているのでまさに真逆で、戦争の時などは先陣を切って敵に突撃する勇敢さが求められる部隊だ。
そしてそんな猛者揃いの中で“最も危険で恐ろしい”とされる部隊こそが第十九小隊であり、その勇名はよくも悪くも国内に響き渡っている。それこそ、ほぼ引きこもりのフィーユですら知っているレベルで。
学院長が黙っていたのは余計な心配をさせまいとしたのか名前を聞いてお断りして口利きした人の顔をつぶすのが嫌だったのか……
いずれにせよ、タフな実習で済む範疇を明らかに超えるなこれ。
「ふん、怖気付いたのなら帰っても構わんぞ。無能な味方は敵よりも足を引っ張るからな。いざという時に頼る回復魔法師がそれでは恐ろしくてしょうがない」
一々言葉に棘があるが、言わんとすることはわかるしある種の優しさでもあるよな。適性がないのに無理をしたらお互いにろくなことにならない、ましてやそこが切っ張ったの現場ならなおさらだ。ただまぁ……
「あいにく馬車はもう返しましたし、敵前逃亡する趣味もありませんから」
前世の時はきつい実習は正直お断り! さっさと帰ってネットや本を〜って思っていたが、前世と違って今回は逃げ場も選択の余地もない。ここで敵前逃亡したらノワルの名にも口利きした人の顔にも泥をぬることになって今まで以上に俺の居場所は無くなるしな。
なにより厳しい場所ならバンバン回復魔法を使って練習になるはずだ。数をこなすのは上達のチャンスだし、勉強と違って目に見えて成果がでる。それが本来の目的だしな。
「ふん、名前を聞いて逃げなかったのは褒めてやる。なら部屋についたら荷物を置いて外に出てこい。さっそく仕事が……」
「えっとあの、わ、私はその……書字魔法使いなのでその……書庫はどこに……」
おっと、俺は訓練になるからですむがフィーユはそうはいかないよな。フィーユの能力を考えると書類や本がある場所でないと実習に……
「ああ、貴様がおまけの書類屋だな。あいにく我が部隊に書庫のような気の利いたものはないから邪魔にならないように適当にどっかにひっこんでおけ」
「書庫が……ない?」
「見ての通り我が部隊の予算は潤沢ではない。本を買う暇があれば別のことに使うし、置き場所があれば鍛錬場に使うからな」
たしかに案内されておきながらあれだがこの宿舎は十九隊の勇名の割にはボロいというかなんというか……床板も軋んでいるしノワルの邸宅や学院とは大違いだ。
そして書庫は地球でもそれなりの資金が必要だったが本が地球よりも貴重なこの世界ではさらに必要な経費は高いから……なくてもおかしくはないな。
「……なら書類の整理でもしておきます。ええ。公的な部隊なんですからそれくらいはあるはずですし……ありますよね?」
すごいな。書庫がないとか図書館に篭りっぱなしがデフォな本中毒者であるフィーユにしたら残る意味皆無の状態なのに。
ショック療法というか、刺激を与えるつもりにしてもフィーユにはもうちょっと別の場所があるのにこんな極端な環境に放り込んだのは学院長はこういう成長を促すことを狙っていたのか?
「書類ならどこかにまとめて置いてあるはずだから勝手にするといい。書類整理だなんだは得意でないからな」
「はい……勝手にします」
そんなフィーユの頑張りにたいしてあちらはこの投げっぷり。なんだろう……本当に不安でしかない。この存外な扱われかたは、本気で俺たち歓迎されていないってことか。いや、お客様扱いされてないだけかもしれないが、それにしたってなぁ……
などと不安を感じながらも荷物をそれぞれの部屋、幸いというか当たり前にも別部屋だったんだが、ともかく部屋に置いてから俺は急ぎ回復魔法師用の術着に着替えて別れ際に指示された訓練場にきたんだが……
「遅い! 何をぐずぐずしている!」
俺の姿を見るなり、小学校の校庭ぐらいの広さの訓練場を見渡せる位置に陣取ったフルメイルの責任者の怒号が飛んでくる。いやうん、ほんと歓迎されてないというか飛び込み教育というか……
「す、すいません! 手間取りました!」
「ふん、まぁいい。時間が勿体無い。学生、急いでこっちにきて負傷者の治療をしろ」
「は、はい!」
そういやまだ名乗ってなかったから学生呼ばわりか。まぁいいや、とにかく負傷者の確認をだな。信頼してもらうためにもまずは仕事っぷり。さてさて患者はっと……
「う……」
患者は一名で頭部や四肢に複数の外傷と出血あり、と。屋外での訓練だから派手にぶつかり合って頭から転倒したんだろうな。
ともかく傷そのものは大したことないようにみえるが傷口に土がだいぶくっついて 汚いし洗浄しないと。
こういう時才能なさすぎて殺傷力ゼロな俺の攻撃魔法便利だな。手から水や火をちょろちょろ出すしかできないけど傷口を洗ったり明かりをつけるには十分すぎ……
「おい、お前なにをしている」
「なにをって……見ての通り傷口を洗っているのですけど」
治療をみてた責任者に怖い声をかけられるけど悪いことはしてないよな? いや、たしかに攻撃魔法を使っているけど威力ゼロだから許して……
「そんなことは見ればわかる。こちらが聞いているのはなんでそんな無駄なことに魔法を使っているのかと聞いているのだ」
は? 無駄? なにを言っているんだこの人は。
「いや傷口をまず洗わないと治療できませんよ」
感染症も怖いし、ここで回復魔法使ったら砂を巻き込んで傷が塞がって盛り上がったり痕が残るしな。
「これだから頭でっかちは……いいか、戦場で魔力は貴重だ。回復魔法を一度使えるかどうかで生死を分けることもありえるくらい貴重だ。その貴重な魔力をなんでそんな無駄なことに使っているんだ」
なるほど、魔力は有限だから傷を治す魔法だけ使えと言いたいのか。そういや父さんもレティシアが火傷したとき現場のやつらはすぐに治療をとかいってたな。だけど……
「無駄? これは必要な治療ですよ。こうしないと綺麗に治りませんし治りもおくれますから」
訓練の時は基本に忠実に。普段していることをしないのはまだできるが普段しないことをするのは難しいってのは前世の実習で縫合を教えてくれたドクターからの受け売り。でも、実際正しいんだよなぁ……料理もアレンジする前にまずはレシピ通りだ。
まぁ そういうわけで理由があるから文句はないよ……
「綺麗に治す必要がどこにある? そんなお前の自己満足を持ち込むな」
「なぁ⁉︎」
コイツハナニヲイッテイルンダ? 自己満足? 自己満足っていったか?
「自己満足? どこが?」
「自己満足以外のなんだと? 戦いと訓練の証たる傷は勲章。誇りこそすれ隠す必要もない。残らないように治療したところでそれは治療者の腕自慢の独りよがりにすぎない」
なるほど……なるほど。そういう理屈か。たしかにレティシアの時も傷痕は恥じゃないとは聞いてたさ。でもそれはあくまでできてしまったものに対する姿勢だと思ったら……こんなこというのか。
そうかそうか、よーくわかった。ここの責任者がここまでいうなら……
「素人は口を挟まない。治療の邪魔なので見てるだけなら訓練に参加されたらどうです」
“回復魔法師”として戦うしかないじゃないか。
明日も08:10予定。変更がある場合はお知らせします。




