16話 戦いし者に平穏を
第1章完結となります。
「以上の結論をもって魔法長の新薬の有効性の評価、ならびに検査薬の評価法についての発表を終わります」
言うべきことは言った、言い切った。だが、はたしてこの内容が伝わるのか。正直そこだけは俺にも読みきれなかったことで、実際観客席も固まって……
「いやー、いい発表でしたよー」
だが、ここで空気を読まず一人、来賓席に座っていた見覚えのある金髪の女性……シャルロットがニコニコと拍手をしてくれる。そしてその拍手に釣られるように一人、また一人と拍手が広がっていく。
そしていつの間にやらそばによってきたフィーユがぎゅっと、俺の手を握ってくれる。
ああ、よかった……この拍手の音が、そしてフィーユの手のぬくもりが、俺が全力で挑んだ成果なんだろう。この発表のために方方に交渉したり、フィーユと打ち合わせしたり過去の論文を調べたり……色々と頑張ったのも無駄じゃなかった。
拍手を背に、涙ぐみそうになるのをこらえながらゆっくりと控室に戻る。人事を尽くした、あとはもう判断を委ねるしかできることはないし、レティシアも交えて結果を……
「メディク=ノワル……お前、なぜあのようなことを」
そう思っていたら、控室でレティシアではなく怖い顔をした魔法長が待ち構えていた。その顔はもう、いつも以上に鬼瓦というか憤怒に満ちていると言うか。
「なぜ、ですか?」
「とぼけるな。儂が役にたたぬと判断した新薬の有効性を使ってこのようなことをするとは意趣返しのつもりか? 儂の目が節穴であると嘲笑するつもりか?」
ああ、なるほど。それで怒っているのか。いや、でも……
「さすがにそれは邪推が過ぎるというものかと」
うん、そんなつもりは毛頭ないというか、それならそもそも使わないというか。
「ではなぜこのようなことを!」
「決まってますよ。魔法長の薬が有用だったからです」
うん、それ以外ないよね。
「なに?」
「現状に満足せず、安価でありふれた薬草から量産を試みた魔法長の姿勢は実に素晴らしいと思っています。だからきちんとその価値をわかるように示したかった。そしてそれにちょうどいい舞台があった。それだけです」
ちょうど発表会の題材を探していたのもあるけど、実際有効だったからなぁ。もし発表会がなくてもなんらかの形で価値を示すことはしただろうし。
「ではもし、儂の薬がなんの役にも立たん無価値なものであったら?」
「その時は魔法長の判断は実に正しかったと発表しますよ。その上でどの数字が改善されたら利用できるのにと言い足して」
「……ふん、抜かしおる。だが、正しいな」
魔法長の言葉にいつも感じていた棘がない。
「礼を言っておく。儂のかわりに儂の薬の価値を世に示してくれてな。おかげで……多くの患者が助かるやもしれん」
「魔法長の願いの助力ができてよかったですよ」
俺の嘘偽りない本音に魔法長は居を疲れたのかその表情を今までみたことがないくらい緩める。ああ、これがこの人の本当の顔なのか……いい、顔してるなぁ。
かくして発表会は無事終わり、結果発表となったのだがその結果は……
「残念……でしたね」
最優秀賞はぶっちぎりでレティシアで、俺は魔法薬を作ったのはあくまで魔法長だからという理由で選考外となった。
「ほんと変だよね、メディ兄すんごい真面目にがんばってたのにさぁ」
俺の選考外に対して、レティシアもこんな風にプリプリ怒っていた。でもまぁ……
「別にいいさ。こういう結末になる可能性は考えてなかったわけじゃないし」
「ですが……」
「選考外ならそもそも評価するしないの別問題、レティやほかの参加者に負けたわけじゃないさ」
「えー、なにそれ。ずっこくない、メディ兄」
「そ、それでいいんですか」
レティシアもフィーユもずっこけているがこれは何も負け犬の遠吠えじゃないんだぞ。
「いいのさ。少なくとも評価してくれた審査員はいたのは間違いないからな」
「……え?」
「もし俺らの発表を論外と思っているなら選考外なんてせずに普通にダメと評価すればいい。でもそう出来なかったってことは俺らの発表を評価している人間がいてくれたから……なら、発表した意義は十分あったさ」
実際回復魔法長はその価値を認めて俺に礼を言ってきたくらいだしな。地球での医療統計学はナイチンゲールがデータと女王の権威の両方を駆使して導入、一般化させた学問。その有効性は実証済みだ。その上澄みを利用するのはずるい気もするがナイチンゲールなら許してくれるよな? これも患者を救うためだし、うん。ヒポクラテスに患者の健康と生命第一にするって誓ったからそれに従ったまでということで。
もし死んだ時あの世でナイチンゲールに怒られたらヒポクラテスに庇ってもらうか。さすがのナイチンゲールもヒポクラテスが間に入ってくれたら……あ、なんか最近のあの人のイメージだと普通にぶん殴る気がしてきた。医療関係では常識だったかっ飛びっぷりがゲームやら漫画で認知され出してるし。
「どうされましたか?その、顔色があまり……」
「いやうん、ちょっと怖い想像がね、うん……」
考えないようにしよう、うん。大丈夫大丈夫、あの明治の文豪……新千円札先生を追い出そうとして統計学の論文で唐突にボロクソにこき下ろしたりしてたあの人みたいなことはしてないし。大丈夫だよな、うん……
「ともかく、俺は結果に満足しているけどフィーユはごめんな、せっかく手伝ってくれたのにこういうことになって」
ほんと今回はそこだけが気がかりだ。俺だけの発表でなくてフィーユも手伝ってくれた上での発表だからなぁ。
「いえ……そもそも評価がほしくて手伝った訳ではありませんから。それに……」
「それに?」
「楽しかったですから……書と字を相手にしているだけでは伝わらない……祭りに飛び込んでいく生身の高揚を……たっぷり、感じさせていただきました」
フィーユがたどたどしくもしっかりと、楽しかったと言ってくれる。ああ、うん。よかった。本当によかった……
「そっか、フィーユが楽しかったそう感じたならそれが一番の成果かな」
「ちゃ、茶化さないでください」
「ちょっとぉ! 二人とも何やってるの! あたしのこと無視していちゃつくなぁ!」
レティシアが怒ったように毛を逆立てながらどなって俺とフィーユの間に割って入ってくるが……まぁなんというか、それはそれで平和な光景。
ともかくこれで一段落、といったところか。まだ学院生活は始まったばかり。次は何がまっているのやら……楽しみでもあり、不安でもあり、だな。
でもできればしばらくはゆっくりと、フィーユとまだ読んでない本読んだりして過ごしたいなぁ。ついでにちょっとでも今回の発表の影響で普段受ける目線とかそういうのがちょっとでも減ればなおよしなんだが。
別に明治で陸軍で舞ってるあの人に含むところはございませんが
新1000円札さんを全く関係ない統計学の論文でdisったり統計学を駆使して脚気栄養派を駆逐したのは事実でして……
ともかく次話は明日の08:10ごろに!
ちょっと新作ネタを思いついたので日曜日はそちらになるかもです




