14話 医大生にヲタが少なくなかった結果がこれだよ
本日2本立ての2本目!実際ヲタは少なくないです
「えーと、一番のレティシア=ノワルです。今回あたしが皆さんにお見せするのは……うん、口で言うのは苦手だし、もう見てもらったが早いね」
壇上にあがったレティシアが笑顔でその両手を天高く掲げる。あいつ一体何を……い、いやまて。あの構えは確か俺が小さい時にあいつに……ま、まさか……
「"輝く左沈みし右"」
や、やっぱりだ! れ、レティシアのやつやりやがった! あ、あいつ同時に……複数の魔法を同時に使いやがった。
その証拠にあいつの右手から炎がめらめらと、そして左手からは透明な氷が浮かび上がっているし、何より今つぶやいた"輝く左沈みし右"は俺があいつに小さい頃教えた漫画の技名だ。
「一つずつ魔法を使うとめんどくさいし対応が簡単にできちゃうでしょ? だから左手と右手で別々の魔法を同時に使ったら便利だしいいかなって練習してみたの」
軽く言ってるがありえない。うん、漫画やアニメじゃ定番でありふれた技術だけどこの世界じゃそうじゃない。魔法を使うにはその魔法を使うために意識を集中して動かなければいけない。俺も一度、簡単な魔法しか使えないなら工夫でと試してみたことがあるが論外も論外。二つの魔法を同時に使うのはなんて、例えるならトランペット吹きながら素潜りするようなもんだ。色々とパンクしてしまう。
その難易度は一流の魔法師達が揃っている客席からうめき声しか聞こえてこないことから察せるだろう。彼らは一流であり、日がな一日魔法にふれているが故魔法は一度に一つであるのはその身に染み付いた大原則にして常識。なのに同時に、それも炎と氷という真逆の魔法を両立させるだなんて一流の、特に攻撃魔法使いにはもはや悪夢じみた光景だろう。
「そんなに難しくないよ。えーと、歌いながら踊ったり左手で絵を描きながら右手で字を書く感じでやれば普通にできるし、それになれたら……」
レティシアが両手をばさばさして炎と氷をかき消し、そして再びそれぞれの手から魔法を生み出しそして、その手を重ね合わせる。これはもしかしなくても……
「”混沌の手”」
あの技名……ああ、やっぱり合体させたか。あれも俺が昔好きだった漫画で小さい頃存在を教えた技。ただの子どものごっこ遊びだったのに……それを、実現させるなんてどれだけ規格外なんだレティシアは。水と油なんてレベルじゃなく反発し合うし、マヨネーズ作ってるのとはわけが違うんだぞ本当に。あの頃と同じ、遊びみたいに軽くやっているがどれだけ緻密に魔法を制御したら可能になるか、俺にも、そして観客にももはや想像すらできない。
そしてそんな俺と観客に追い打ちをかけるようにレティシアがひょいっと合わせた手を正面にかざすとそこから風が走り、いつの間にか壇上に置いてあった鎧が切り裂かれた上に氷柱がズブズブささってズタズタだ。ただ、手をかざしたそれだけでだ。
「氷と風の初級魔法を混ぜた結果がご覧の通り。簡単な初級魔法同士を合わせただけでこれだから、多分もっと上級の魔法を混ぜたら威力はもっと上がるかな。実験する場所がなくて危ないからまだ威力は試せてないけど」
威力は試せてないということは上級魔法の混ぜ合わせもできなくはないってことか……もはや考えるのも馬鹿らしいな。うん、どう逆立ちしてもレティシアには魔法では勝てない。昼寝をしないで努力をする兎に、亀はかけっこじゃ勝てないのと同じだ。競うとかそういう次元じゃない。
「だから今後はもっと色々な魔法の組み合わせを試してみたいし練習したいと思ってます。あたしからは以上です」
俺と同じく押し黙った観客に対して優雅に一礼をするレティシア。そしてその一礼から少し間を置いて起こる割れんばかりの拍手。ああ、スタンディングも……てっ、よく見たら前列の中心、壇上からよく見える位置にざっそ……クレソンがいやがる。あいつ、あんなところに……うわ、俺からみても引くくらい派手に拍手して大歓声あげてやがる。どんだけレティシアに取り入りたいんだお前は。
いやまぁクレソンはやりすぎだが、それでもレティシアの内容はそれだけのもの……絶望するかやけになって褒めるかしかないそんな規格外なものだ。
「言葉もないですしね……もはやデタラメといいますか空想の物語の主人公じみているといいますか」
その拍手を聞きながら、隣に座っていたフィーユがぽつりっと彼女らしい感想を漏らす。うん、まぁ主人公補正でもあるのかって言いたくなる気持ちわかるな。
「……魔法は一度につき一つ、それが常識ですのに一度で二つ、それも混ぜ合わせるだなんて。一体どこからそんな発想が……」
「あ、ごめん。それ俺なんだ」
「……は?」
「こう、冗談で両手から別々の魔法使えたりそれを合体させたらかっこいいよなって話してたらレティシアがめちゃくちゃ食いついて……まさか実現するなんてなぁ」
この世界では実用化されてない、というかどう考えても使えない前世の漫画の技や工夫のあれこれを冗談でレティシアに教え込んだのは小さいころの俺。それを実現させるなんて……もはやなんていっていいかわからない。
「メディ兄ー!」
なんて考えてたら壇上で最後の挨拶を終えたレティシアが全速力で駆け寄ってきた。
「えへへ、どう、メディ兄。見てくれた? 前メディ兄が教えてくれた二重魔法に合体魔法、かっこよかったでしょ」
そしてもう、しっぽがあればぶんぶん動いてること間違いなしのこの振る舞い。ほんと犬っぽいなぁこいつは。だが、まぁ……
「あ、ああ。あんなのレティにしかできないくらいかっこよかったぞ」
「でしょでしょ? メディ兄に昔見せてもらってからずーっと練習した甲斐があったよ」
そうか、練習してたのか……そうかぁ……しかし、うん、嬉しいのはわかる。わかるがそう飛び跳ねるな。まったく、犬っぽいを通り越して犬そのものか。柴犬っぽさがありすぎるぞ。
「ほんと頑張ったな。でも今は離れていてくれな。俺達の発表がまだだから」
「あ、そうだったね。うん、邪魔しないように離れて応援しておくね」
そういってしょんぼりといわんばかりにがっかりしながら離れていくレティシアの後ろ姿を見ながら俺はやれやれと一息つく。
「勝ち目は……あるのでしょうか? レティシアさんの発表で場の空気は全てレティシアさん一色で……他の人の発表も全て霞でしまうでしょうし、それ以前に発表者も心がおられてます」
同じく一息ついたらしいフィーユがある意味当然といえば当然の心配を漏らす。たしかにそのとおり。だけど……
「なーに、大丈夫だって。レティシアと比較されるのはもう慣れているし、俺には今更だって」
「ですが……」
「それに今回はフィーユと一緒だし簡単には負けない。大丈夫さ」
「……そうですね。二人でがんばりましたものね」
「そういうこと……さ、お茶でも飲んで最後の打ち合わせとしようか。たぶん予定より前倒しで順番回ってくるし」
「……はい!」
こうして俺とフィーユはお茶を飲みながら最後の打ち合わせに入ったが、結論から言うとこの予想はドンピシャだった。
レティシアの後の発表者たちは軒並み無残というかなんというか、心おられて逃げ出した者もいれば、奮い立たせて発表したものの会場の空気に呑まれて自滅したものもおりと阿鼻叫喚とはこのことかという有様。
だから本当に予定よりはるかに早いタイミングで俺は壇上にたつことになったのだ。
「さて、それではメディク=ノワル、本日最後の発表を行わせていただきます」
俺の名前を聞いただけで客席から失笑や引っ込めというヤジが聞こえてくる。なるほど、レティシアでのあれこれを俺が晒すだろう無様で癒やされたいと思っている口……てっ、お前の仕込みかクレソン。立ち上がって野次っているやつらがお前の方をチラチラみてるし、なまじ前の方の席にいるからお前の口元緩んでるの丸見えだぞ。
だがまぁいいさ。最後まで笑っていられるといいな?
次話の投下は明日の08:10となります




