10話 掴みし糸口、絡む雑草
いよいよ10話、節目となります。連続投下はひとまずここまで。
「ふん、ギリギリにでてくるとはいいご身分だな」
「も、申し訳ありませんでした!」
夢中で読んだ結果がご覧の有様だよ。いやうん、先輩たちの資料はわざわざまとめられているだけあって興味深かったり面白かったりでついつい読みふけってしまって気がつけば時間ギリギリ。授業開始の鐘と同時に滑り込んだから目立つ目立つ。おまけにその授業がただでさえ敵意を向けられている回復魔法長の授業だからなおさらだ。
「まぁいい。さっさと席につけ。時間は貴重だからな」
隔離場所ですと言わんばかりにぽっかり空いてるいつもの最前列の席、普段は机広く使えて便利でいいくらいなんだがもう今日に関しては居心地が悪いこと悪いこと。
席まで移動するだけでもう針のむしろな気分だし、これで授業に集中しなかったらもうだめすぎる。たしか今日は魔法師の病気についての授業だし、集中だ集中。
「魔力枯渇症は魔法を日常的に多様する者、特に高度な魔法を多くつかう上位の攻撃魔法師や回復魔法師が多く罹患する病だ」
ふむ、最初の病気はある種の職業病か。魔法を多用ってなると父さんや父さんの部下なんかもろにそれだし、苦労してそうだ。
「症状としては魔力の減衰だがイメージとしては体内にある魔力の貯蔵庫に小さな穴が空くと思うと良い。初期のうちはごくごく少量ずつちょろちょろと漏れていき、減衰していることに気づくことはない」
悔しいけどこの魔法長の授業、わかりやすい。例えが的確だ。
「自覚症状がない軽度、すなわち穴も漏れている魔力量も少ないうちなら穴の補修も魔力の補填も一月ほど魔法を使わず休暇をとり、一日三回所定の魔法薬を飲めば終わる。だが、自覚症状がでるほど穴が巨大になってしまえばその治療に有するのは最低でも年単位と実に魔法師泣かせの病だ」
そりゃなぁ。魔法師の数は国力に直結する要素。その中でもとりわけ重要な一流の魔法師ほどなりやすく、自覚症状がないだなんて対処が厄介すぎる。
自覚症状がなければ休ませにくいし発見も遅れるし、予防的に休みをまとめてとらせようにも一定数の一流魔法師達が魔法を使えないのは国の戦力が低下を意味する。おまけに飲まなければいけない薬がインスリンのように健康人への投与が害悪になり得るような薬だったら休ませても無意味まである。
「しかし幸いにして現在は検査薬が開発され、早期発見が可能になっている。そして先ほど言ったが早期なら治療は容易。病を速やかに発見するのもまた回復魔法師の腕のうちである」
よかった、早期発見が大事ってのはわかって検査薬も開発されているのか。自覚症状がない病気って早期発見する方法のあるとなしとでは大違いだからなぁ。うんうん、発見した開発した人には感謝しかない。
そしてその後もいろいろとこの世界で代表的な病気とそれを発見、治療する薬や魔法についての話が続き、あっという間に時間は過ぎて……
「回復魔法師はただ魔法で傷を塞げばよいというものではない。それはあくまで前提条件。命を担う立場になると心して学ぶように……以上、本日の講義はここまでだ」
締めの言葉で授業は終了。うん、いい授業だったしいいこと言ってるな。さーて、それじゃ図書館でフィーユに挨拶してもうちょっと資料を漁ったら帰ると……
「あー、メディク=ノワル。少し待て」
「――っ⁉」
席を立った瞬間、目の前にはいつもの怖い顔した魔法長がドアップ。悲鳴をあげなかった自分をちょっと褒めたい。
でもちょっとまって。俺、まだ何もして……あ、遅刻しかけたなそういや。
「ギリギリに来るとは貴様には儂の授業は物足りないようであるし、追加課題をくれてやろう」
どさり、と有無を言わさず魔法長にでっかい籠を押し付けられ慌てて力を込めるがやたらと重い。一体何が入って……
「儂が先日調合、開発した新たな検査薬だ。魔力枯渇症のな」
聞く前に魔法長が答えをくれた。なるほど、新しい検査薬か。でも、まてよ。
「魔力枯渇症の検査薬はもうあると先程授業で」
「確かにそう言った。しかしその材料が少々希少で高価でな。代用の材料で作れぬものかと試してみたのだ」
ああ、なるほど。ようするにジェネリックなのを作れないか試みたわけだ。ジェネリックは特許関係だけどまぁこの際それはいいだろう。
「どれくらい、安価にできましたか?」
「およそ一割といったところか。代用の薬草も極々ありふれているゆえ量産も容易だな」
うお、予想外にすごい数字がでてきた。既存の一割の薬価で量産も可能ってそれは随分と神がかった検査薬だぞ。
「ただ、肝心要の薬効が役立たずなのよ」
「役立たず、ですか?」
なんだろう。似たような薬草で作ったけど望んだ薬効が得られなかったのか? あるいは有毒性が含まれでも?
「この検査薬は健康なものが飲んでも半数近くで反応がでる有様でな。とても検査薬としては使えぬよ」
え……ちょっとまって?
「使えないんですか」
「使えぬに決まっておろう! 検査薬でもっとも大事なのはいかに確実に診断を下せるか!このように無駄に反応する薬など無用の長物に過ぎぬ!まったく安かろう悪かろうとはこのこと……儂としたことが情けない失敗をしたものだ。既存の薬を飲めば確実にわかるというのにな」
うお、耳痛い! 魔法長が本気でどなったから耳がキーンってする。しかしなるほど、それで出来損ないということか。
「そういうわけでこれらの廃棄を貴様に任せる。学院の端に処分炉がある故そこまで持って行って捨ててこい」
「捨てるんですかこれ全部……もったいない気がするんですが。使いみちはあるかと」
「そういうならお前が使え。別に毒でもなんでもないから飲もうが何しようが構わんが返品はうけつけんぞ」
話は終わったと言わんばかりに、俺に背を向けて去っていく魔法長。うん、もう何いっても聞いてくれないだろうな。
しかしこうして俺の前に大和置かれた新たな検査薬。魔法長はゴミと扱いしていたが……俺の脳裏には一つのある考えが浮かんでいた。
無用の長物と押し付けられた薬と無能の長男、この組み合わせひょっとしたらひょっとするぞ。
「……大丈夫ですね。メディクさんがやろうとされていることが書かれている書はここには、ありません」
「そうか、ありがとう。俺も一応調べてみたけどフィーユがそう言ってくれるならこれ以上のことはないな」
あの後、俺は思いついたことの裏付けをするために急いで図書館に戻りフィーユにも手伝ってもらったのだが結果は俺の予想通りだ。
「発表会、これで勝負できるな」
「それは……よかったですね」
「フィーユのおかげさ。フィーユが裏付けしてくれたから確信を持って動ける」
「そ、そこまでいっていただくと……少々照れますが……私としても嬉しい限りです」
「ほんと、ありがとうなフィーユ。さて、それじゃ気合い入れて行くとするか」
「急いだほうがいいかと……たしか、申込期限が今日までですし」
「うわ、それ先に言ってほしかった! ちょっと行ってくる!」
とまぁこうしてフィーユのおかげで確信を持てたそのまま大慌ててで参加届けを出したわけなのだが……
「コネ入学のくせに発表会っていったいどれだけ図々しいんだい君は。身の程をわきまえたらどうなんだい?」
うん、案の定俺の発表を嗅ぎつけたクレソンが取り巻きつれて俺に絡んできた。
「まったく、学院はなんで許可をしたのだが。ふさわしくないと排除しても良さそうなのにノワルに阿っているのかな?」
「いやいや、逆じゃないですか? ここで思いっきり恥をかかせて身の程を弁えさせるつもりでしょ」
ほんと取り巻きともども鬱陶しいことこのうえないな。クレソン一味だけあって雑草一味と脳内ネーミングするか悩むぞ本当に。
「人のこととやかく言ってるけど、お前はどうなんだ? 発表会の準備があるんじゃないのか」
「ぐっ……う、うるさい! ぼ、僕は今回都合がわ、悪くて参加を大変惜しまれながら見送ることとなったんだよ!」
うん、知ってる。参加者の中に名前なかったしな。まぁどう考えてもレティシアとぶつかるのを避けたんだろうな。クレッソン家も攻撃魔法の家だし、レティシアと正面からぶつかって恥をかきたくないって。まぁ、賢い選択だな、俺に絡まないなら。
「そうか、惜しまれながらか。じゃ、せめて参加者の邪魔をするような真似だけはしないでくれよな。発表会の評判をさげたら学院の評価も落ちてしまうからな」
「うっ、お、お前がいる事ですでに下がっているだろうが!」
はいはいいつものいつもの。相手するだけ無駄だしもういくか。
「お、おい! 無視するな! いいか、こっちは親切で忠告してやってるんだぞ! 失格嫡男と天才が同時に出るって言うので話題もちきり、満座の来客、それも一流の魔法師達の前で恥を書く前にやめておけって言ってるんだ!」
うん、なんというかお約束過ぎるな。なら言うべきことは一つしかない
「戦うことから逃げたやつが戦う者の邪魔をするな」
「――っ⁉」
結局、戦わなかったやつが戦うもの、戦ったものにとやかく言う権利はない。それに尽きるんだよなぁこういうのって。
「ぼ、僕の厚意を踏みにじって……お、覚えてろ! ぜ、絶対後悔させてやるからな!」
はいはい、それは聞き飽きた。というかお約束にもほどがあるぞ、その捨て台詞。
続きは24日の午前8時ごろに。




