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当人達を無視して縁談は進む

 妓楼に入り浸るジンランの父カザンは、妓女達と巫山之夢に遊ぶ事に腐心していただけでは無い。不特定多数の人間と会う為の目くらましとして、人の行き交う妓楼は適していた。


 人払いをした上で、カザンは男と会っていた。上等な衣装を着て顔を隠した男は、ちょこちょこと歩き、甲高い耳障りな声でしゃべっていた。


「ご子息を拝見いたしました、確かに長兄殿と比べて見目麗しきお方ですな」


「あれの母はたいそう美しかったからな、男を期待していたわけでは無かったが、こうなると男でいてくれて良かったというべきか……、それで、縁談の方は?」


「思わぬところから横やりが入りましたが、何より当人がそれを嫌がっているようですので……」


「ほう、公主様はあてがわれた縁談に唯々諾々と従ったりはしないと?」


「お相手の……シャングという男は、……その、あまり女子の心をときめかせるような御仁ではありませんので……」


「それはどういう?」


「チビ、ハゲ、デブと三拍子揃っております」


「はあああ、それはあれか、縁を繋ぐというよりは……」


「手頃な身分の女をあてがおうという算段のようですね……」


「女狐殿は親族の栄達にのみ関心がおありという事か、……公主殿も見くびられものだ、お気の毒に」


「ジンラン殿はにはもう?」


 高い声の男の言葉にカザンはゆっくりとかぶりを振った。


「あれには、好いた女子がいるからな、うっかり縁談など持ちかけたら意固地になって突っぱねるだけよ」


「ほう! そのようなお相手が既に? まああの容貌であれば女子の方も……」


「そう思うか? だがあれはジンランが一方的に懸想しているだけのようだがな」


 カザンは愉快そうに人の悪い笑みで顔を歪ませた。


「あのように見目麗しい若者に懸想されてなびかぬ女子がおりますか!」


「幼馴染みゆえな、……だが、あの娘だけはジンランの嫁で終わってもらっては困るのだ」


「カザン殿は勇猛にして果敢、戦では敵無しと思いましたが、どうして、権謀術数にも長けておられるようで……」


「追従は入らん、そなたはそなたの役目を全うしてもらわねば」


「ええ、ええ、もちろんですとも、太上皇帝陛下もあの女狐には手を焼いておいでです」


 高い声の男はニヤリと笑った。カザンは男のそうした爬虫類めいた笑顔を好んではいなかったが、目的を遂げる為には己の好みなどどうでもいいと達観していた。


「公主様降嫁となれば今上とてロクシャンを軽んじるわけにはいかないでしょう」


「……本来ロクシャンは戦略上の要衝だ、先帝……太上皇帝陛下はそこをふまえておられたが……」


「息子の器量にすら嫉妬するような小人ですからな、元より玉座は重すぎるのですよ」


「だが、皇后は軽んじるべきでは無いだろう、実際今も我らを先んじているでは無いか」


 フェン、つまりは猩紅公主は、現皇帝を父に、いずれは皇太子と目されている紫垣王を兄に持つ。紫垣王はまだ独身で子はおらず、紫垣王に縁故の娘を嫁がせる動きは多くの貴族が画策しているさなかであった。しかし、妹の猩紅公主に注目しているものはまだ居ない。


 カザンと皇后を除いては。


「俺に娘は居ないが、両親を失ったリュセの後見に立つことで思いがけず駒が増えたがまだ足りない」


 ジンランが女として生まれてくれていれば話は早かったのだが、と、日頃思っていた事をカザンは口にはしなかった。美しい容貌に惹かれて妻にした女から生まれたのは、母によく似た男であった。


 美麗な顔はいいとしても、ジンランはその出自に反して武の才にも恵まれていた。正室の子、嫡子である長兄の立場を脅かすほどに。


 ジンランがリュセに恋をしている事に、気づいていないのはリュセくらいのものだった。だが、いくら息子がリュセに焦がれていたとしても、二人の婚姻を認めるわけにはいかないのだ。


 カザンの野心は大きなものでは無い。ロクシャンの自治権、それだけだ。今のままでは国境を守る捨て石にすぎない城塞都市を自立させ、民の平安と故郷への帰属意識を高めるという事。


 国境という事は異国との接点でもあり、交易路の通過点でもある。市場を開き、物流の拠点とする事で得られる収入で街は豊かになるだろう。


 リュセの父、今は亡きシン・クーリューと共に思い描いた野心を、生きて成し遂げる事ができるのは自分だけなのだから。


 その為には、現皇帝に弓引く事も辞さないという強い思いで、カザンはここに居る。二人の息子、どちらにも明かしていない胸中の思いを、確かめるように思い描く。


 だから、ジンランがいくらリュセに焦がれても、二人が沿う事は許されない。辺境、国を守る者として、ジンランにもリュセにも、礎になってもらわなくてはならないのだった。

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