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復讐姫の出仕

 シンチェン国辺境、異民族の襲来を水際で止めるという役目を負った城塞都市ロクシャンでは、しめやかに葬儀が執り行われているところだった。


 一家皆殺しという境遇に遭ったリュセは一粒の涙も見せずに家族の最後を見送っていた。背筋を伸ばし、唇を噛みしめてじっと一点を見つめる様子は何か決意のようなものを秘めていて、不謹慎にも見ている者をはっとさせる美しさを持っていた。


 葬儀の際、残された者は大いに泣かなくてはならないものだったが、リュセはもう充分すぎるほど泣いたせいで涙は既に枯れ果てていたのだ。


 それは本当に唐突な事で、リュセはまだ夢の中にいるような気持ちだった。


「延期したらどうだろう」


 ふいに、会話をしていた事を思い出してリュセは会話の相手を見た。


 既に葬儀は終わり、弔問客は引き上げた後で、急場しのぎに手伝いに来た親族の奴婢たちが手際よく後片付けをしている最中だった。


 話しかけてきたのは幼馴染であり、父と懇意にしていたロクシャン守備隊長次子、ジンランだった。


「延期って……?」


 意識を手放していたリュセは話の内容が見えず聞き返した。


「何だ聞いていなかったのか、参内の件だ、都への」


「ああ、その事……」


 リュセは先日行われた宮女試験を受けていた。新帝の長男である紫垣王(しえんおう)の宮へ入る事が決まっていた。宮女と言うが、紫垣王の手がつけば妻にもなれる身分であり、実質親王の後宮に入る事と替わりない。紫垣王は最も皇太子に近い公子であるようで、末は皇后にもなれる可能性を秘めた立場だった。


 リュセは栄達を望んで宮女試験を受けたわけではなかった。父の薦めであって、都へ行くことも、参内をする事も強く望んだわけでは無い。


 今となっては宮女になる事を薦めた父も、それを喜んだ母もこの世には居ないのだ。妹も弟も、父も母も無くしたリュセに、宮女として役目を全うできるとは到底ジンランには思えなかった。


 そして、ジンランは元よりリュセが宮女になる事を快く思っては居なかったのだ。


「君独りくらいなら、どうだろうか、家に来るというのは、きっと母も喜ぶ」


 素直に自分の嫁に成れとは言えないジンランだった。リュセにとってジンランは幼馴染の兄のような存在に過ぎないが、ジンラン自身リュセを妹などと思っていないというのは、悲しい思いのすれ違いだった。リュセが宮女として都へ行く事が決まった事で、一度は諦めようと思っていた恋情が、熾火のようにちらりと燃える。


「そんな……おばさまにもおじさまにも悪いわ、それでなくても葬儀の手配をしていただいているのに」


「そんな事は気にするな」


 ジンランのせつない表情はリュセの瞳に映ってすらいなかった。


「ジン兄様、私、予定通り宮女にあがろうと思っています」


「そんな、どうして!」


 ジンランが思わずあげてしまった声はことのほか大きく、そこで初めてリュセはジンランの顔を見た。


 常ならない様子のジンランをリュセは恐れた。異民族の血をひくジンランの瞳は碧玉で、髪の色も淡く明るい。漆黒の髪と黒い瞳のリュセとは対照的な外見だった。


「私には父の後を継ぐ事も出来ないし、そうなったら私は私自身を養っていかなくてはならないもの、宮女になれば衣食住に困らないし俸給もいただける、今の私では私塾を開く事もできないけれど、しかるべくお勤めをやりおおせたら琴や書画の私塾でもして自立する事もできるでしょう」


 リュセは紫垣王の寵愛を受けて妃になるという未来を考えても居ないようだった。


「いいかい、リュセ、宮女として紫垣王の宮に上がるという事はつまり、その……、妻になるというのと意味は同じだという事をわかっている?」


 ジンランが言うと、リュセはきょとんと瞳を丸くした。


「まさか、こんな田舎娘が」


 自嘲気味に言うリュセの瞳は虚ろで、再び心ここにあらずという様子に戻ってしまった。


 ジンランは守備隊長である父について都に行く事もある、宮中で女官を見る事もあるが、リュセほどに美しい女はそうは居なかった。


 自覚が無い分たちが悪いとジンランは思ったが、今いくら言葉を尽くしたところでリュセが考えを変える事は無いのだろうとも思った。


 ……ならばいっそ。


 家族の思い出の残る地を離れて新天地で気持ちを改めたいというリュセを止める事ができないのならば。


 ジンランは父に言われた言葉を思い出しながら、一つの考えを決めようとしていた。

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