気持ちに気づいて
一度逃亡を許したゆえか、絲束の賊のアジトは防備を固めているように見えた。
物々しさはフェンと共に立ち入った時の比では無い。
だが、それは、外からの敵に備えるというよりは、内に居る者を外に出すまいとしているようにも見える。
つまり、フェンこそが猩紅公主であるという事が発覚しているのでは、と、身をひそめながらジンランは考えた。
素直に捕まりに行き、目的の公主を手中におさめている賊達が自分を見つけたならば、嬉々として首をはねにくるのだろう。
フェンと違い、ジンランについては生存しているよりも首だけになっている方が実入りは大きいはずだった。
幸い、内部の構造は把握できている。外から見て手薄なところの内部に見張りが居る可能性は当然あるが、助勢を呼ぶ前に始末をする自信はあった。
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不思議な事に、牢とおぼしきその場所には見張りが居なかった。
格子の向こうからは、男のダミ声が聞こえてくる。
聞き覚えのある声だった。
どこで聞いたのだろう……。
と、ジンランが記憶を探ると、比較的すぐに思い当たった。初めてフェンに出会った時に、フェンを追いかけていた男、つまりは……。
「ああ、今頃はフェンと共に夜を過ごしていたはずなのに……」
思わずぞっとするようなおぞましい言葉に、思わずジンランは立ち上がり、格子の下を剣の柄側で数回叩いた。
驚くべき事に、格子が簡単にはずれる。
一本、二本、ゆっくり外しながら、そっと外に出す。
たいがい気づかれても良さそうなものだが、シャングはまったく気づかない。
元フェンの婚約者、などと、考えるだけでもおぞましいが、そもそもフェンが逃げ、シャングが追わねばジンランとの出会いは無かったのだと考えると、巡る因果の皮肉にめまいがしそうだった。
格子をはずし、人が一人通り抜けられるところで躙り寄り、牢屋の内側に侵入できたところで初めてシャングが侵入者に気づいた。
「お、お前!! いつの間に!! さては妖術使いか!!」
驚き、尻もちをついたシャングは、腰が抜けたのか、はいつくばって逃げようとする。
面倒なので当身でもくらわせてやろうかとジンランは思ったが、まずは情報収集しなくてはならない。
「ええい、大きな声を出すな、誰か来るだろうが」
宮中での序列で考えればシャングの身分は高いのだろうが、そもそもジンランは宮中での官位を持たない。あくまでもロンシャン地区においての軍属なので、宮中の軍規則にも従う必要は本来ならばいらない。
しかし、あくまで敬意を示すという形で、宮中で役職を持つものに対して基本的には丁重に対応するようにしているが、シャング相手にそのような敬意は不要だとも思った。
シャングは、ジンランとフェンの出会いに不可欠な要素ではあったが、今回の騒動においても元凶はシャングなのだ。
シャングがフェンを攫おうとした際に、人違いに気づけば、ここまで大事にはならなかったのではないかとも思える。
だが、根本たる原因はフェンとリュセの入れ替わりにあるわけだから、シャングを責めるのは筋違いではあるのだが、ともかくジンランはあらゆる意味でシャングという男が気に入らないのだった。
ゆえに当然扱いも粗雑になる。
「お前が生かされているという事は、黒幕は皇后達なのか?」
「し……知らないっ、俺は何も」
「ならば質問を変えよう、何故フェンをさらおうと思った」
「卑しい辺境の一武将などに、我が許嫁を渡すわけにはいかないからだ」
「卑しい一武将であったとしても、嫁泥棒は罪になる、ましてや相手は猩紅公主なのだぞ」
「お前の汚らわしい毒牙にかかる前に救い出したかったのだ」
毒牙にかかる前、と聞いてジンランはいぶかしんだ。
「それはどういう意味だ」
「フェンとお前は本来の意味で夫婦にはなっていないからだ!! そう聞いた!!」
ジンランはおかしい と、思った。
自分とフェンはともかく、輿入れした猩紅公主が、ジンランの元で初夜を過ごした事は事実だ。夫婦となった事は公には認められているはず。
何故シャングはそのような事を知っている?
「誰に聞いた、その話」
フェン自身がそのような話をするとは到底思えない。そしてそれはジンランも同様だ。
仮に、その事に気づく者があったとすれば、それはジンランの家人、なおかつ、初夜の様子を側近くで聞いたものしかあり得ない。
シャングは『誰』を通してそれを知った。
「……そうか、そういう事か」
ジンランは再び剣をとって、横に薙いだ。
足元では、ひぃぃぃっ!! とシャングが悲鳴をあげる。
小さく水たまりのようなものができているという事は失禁したのかもしれない。
ジンランが斬ったのはシャングでは無く、格子の方だった。
ガラガラと大きな音をたてて崩れる格子をどけて、ジンランは向かった。
フェンが殺される事は無い、だが、黒幕を知ってどう思うかを想像すると胸が傷んだ。




