夫婦ですから
紫垣王府家令、主に奥向きを仕切るヨンダオは、元はシュウ達兄妹の母に仕えていた男だった。前皇太子妃は今は剃髪して寺に身を置いている為、後事の中で身の回りについての事はヨンダオに託した。シュウ、セイ、フェンにとってはじいやのような存在で頭が上がらない。
ヨンダオはすっかり白くなった髪をキッチリと結いあげて、急に滞在者の増えた紫垣王府のやりくりについて考えていた。
宮女を入れる事については決定事項であり、問題は無いが、当初二名でいいと言われていたところが三名になり、それでもフェンが嫁いだから、と、思ったところで夫共々数日滞在すると戻ってきた事についてはどうするべきかと頭を抱えていた。
そもそも、既定路線として宮女は現皇后の姪にして、一時はフェンとの縁談も持ち上がっていたシャングの妹、ジエンと、宰相の娘のチェーツゥに決まっていたはずだった。
そこに、シュウ自身の要望でねじこまれたのがリュセだった。
そこについて、ヨンダオは紫垣王に文句を言う気持ちにはなれない。皇族にとっての婚姻に個人の要望が叶えられる事はあまりない。皇帝に即位してから宮女数千人の後宮を設ける事もかつてはあったが、現在の国の財政状況を考えたならばとても通る事では無いからだ。
ヨンダオは、自慢のおぼっちゃまの妻には何としても格式ある令嬢をと望んでおり、そういう意味でもジエンとチェーツゥはかろうじて及第ではあるが、大きく不足しているとも思っていたからだ。
あくまでもかろうじて、なのは、ジエンの立場というのは皇后を伯母に持っているがゆえのものであって代々の家格はさほど高くは無いからだ。チェーツゥの方は建国以来の名家で家格については文句は無いのだが、チェーツゥ自身の振る舞いはいかにも甘やかされた娘のそれであって、どちらも未来の皇太子妃としては才覚も性質も不足していた。
リュセは、家格、当人の才覚、人柄、容姿と二人を差し置くだけの立場も資質も兼ね揃えてはいるのだが、先日見舞われた災禍が影を落としていた。
現在の紫垣王の危うい立場と、将来を見据えると、どうしても三人を残さざるを得ないところは、ヨンダオも理解し、納得はしていた。
……しかし。
嫁いだはずのフェンが夫をともなってしばらく滞在したいと言う。
紫垣王府は効率を重視し、不必要な施設は持ち合わせない。
つまり部屋が不足しているのだ。
フェンの夫であるジンランは貴族では無いが、軍属であり、父は将軍に名を連ねている。丁重にもてなさなくてはならない。
そうなると、導かれる結果は一つしかなかった。
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「……ごめんなさい、その……」
フェンは慣れ親しんだかつての自分の部屋にジンランと共に居た。急な事であったし、立場上二人揃って追い出されてもおかしくないこの状況で兄は滞在の為の部屋を用意してくれた。正しくは兄の指示を受けたヨンダオが、だが。
「いえ、私一人であったら誅伐されてもおかしくない状況でしたから」
先触れも無しに紫垣王の宮女候補に対して無遠慮に近づいたのは我を忘れていたとしか思えなかった。
だから、滞在の為用意された部屋がフェンと一緒であっても文句を言う事はできない。
対外的にはフェンはジンランに嫁いだ身であり、二人は夫婦なのだから。リュセの身を守る為には、何かあってから紫垣王府にやって来るようでは遅すぎる。身近で守るために、フェンとの婚姻が思いがけず功を奏したというのは運命の悪戯を考えるべきであったのか。
「間もなくリュセがやって来るかと思いますが、……その」
ジンランにしては歯切れの悪い様子で切り出すと、フェンは心得たように言った。
「今はリュセの身の危険を解消する為に全力を尽くしましょう、それは私とあなたの共通の目的ではありませんか?」
そして、身を切られるような思いで最後にこう言った。
「私とあなたの婚姻関係については一度保留を、リュセの危険を取り除く事を第一に」
保留を、といっても、対外的にそれを公言することはできない。フェンにとっては辛い事であったが、今はジンランの側近くにいられる事がただうれしかった。




