辛い
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想いの伝え方はそれぞれだけど…………美帆乃の想いは……少し、いや、かなり痛い。
僕は体育館から、茂木先生のいた教室に逃げ隠れた。
そういえば、茂木先生はどうしてるんだろう……。最後に会った時は、職員室に呼び出された時だった。
「ごめんね。小崎君、私あんまりうまくやり過ごせなかった。」
茂木先生はひどく顔色が悪くて、今にも泣きそうな顔をしていた。
その後何日か過ぎた頃、太田に殴られた僕は、今日みたいにここに逃げ隠れていた。机と椅子で入り口をふさいで、誰も入ってこれないようにした。
「悠太?いる?」
下の小窓から、美帆乃が入って来た。下の小窓に鍵をかけるのを忘れた。
「悠太、大丈夫?」
美帆乃はハンカチで僕の顔を拭こうとした。僕はその手をはね除けた。
「美帆乃、いくらなんでもこれはやり過ぎだ。」
自分自身に嫌がらせはまだ我慢できる。いや、全然できないけど。関係のない茂木先生にまで迷惑がかかるのは、納得いかなかった。
「やり過ぎ?もしかして、なっちゃんの事?でもなっちゃん、9月末で辞める予定だったんだよ?」
「だからって…………悪い噂で今後に影響したらどうするんだよ?どうして…………ここまでするんだよ?」
美帆乃は僕の隣に座って、相変わらずの笑顔で言った。
「わかんない?悠太が…………好きだからだよ。」
好きでも、やっていい事と悪い事がある。
「僕が自殺したら美帆乃のせいだ。」
「じゃあ、その時は言ってね。一緒に死ぬから!約束~!」
美帆乃は笑顔で無理やり僕の小指を小指で結んだ。そんな約束、笑顔で言う事じゃないだろ?
「私も……もう死んでもいいかも。」
それは、僕が美帆乃をふったから?美帆乃は下を向いた。そして、膝を抱えて顔をうずめた。
「…………死にそうなくらい怖かった。死にたいくらい気持ち悪かった。思い出す度、死にたくなる。」
それ、どうゆう意味……?
その時は意味がわからなかった。
『一度したくらいで大騒ぎするなよ。』
太田の言葉が頭をよぎった。
今なら…………その意味がわかる。
やっていい事と……悪い事がある。
「悠太とじゃなかったら、誰とでも同じ。これは……悠太のせいだからね?」
僕の…………せい?僕が逃げたせい?
これが、美帆乃を見なかった代償?
茂木先生のいた教室で、天井を眺めていたら…………美帆乃が小窓から入って来た。
「悠太、いる?」
僕は返事をしなかった。
「さっきは、助けてくれてありがとう。全部、先生に話して来た。これで少しはやられないかも。」
そんな事をしたら、今度は美帆乃が恨まれる……。
「美帆乃…………ごめん。」
「あはははは!何で悠太が謝るの?謝るのはこっち。」
そう言って美帆乃は笑っていた。
みんなに暴言を吐かれて、精神的に追い込まれて、太田に殴られて、体中が痛くて、それでも涙は出なかった。それは、美帆乃を守っていると思っていたから。
でも結局、僕は美帆乃を守ってなんかなかった。バカみたいだ。美帆乃から逃げて、太田から逃げて、現実から逃げて、今も昔も、ただ、逃げていただけだ。
「悠太、いっぱい痛い思いさせてごめんね。」
僕は…………つい…………ちゃんと美帆乃の顔を見てしまった。
そう謝った美帆乃の顔は、左の頬が腫れていた。その傷ついた顔を見たら…………急に辛くなった。
これは辛い…………。
思わず…………涙がこぼれた。
「やだ!悠太泣いてるの?そうだ!悠太、魔法かけてあげる!」
そう言って美帆乃は僕の顔の前に手を置いて言った。
「あなたはだんだん眠くなる~!」
「そんなものかかる訳ないだろ?」
「次に目が覚めた時には…………覚めた時には…………私の事が、嫌いになっている。」
美帆乃は、涙を流しながらそう言った。
そんなもの、かかる訳がない。目が覚めたって、何も変わらない。
僕は…………解けない魔法にかかってる。