透明じゃないけど
10
小崎は大真面目だ。元々真面目な奴だとは思ってたけど……けど…………これはもはやバカだ!!
「あなたはふか~くふか~く眠りにつきます。」
「あのさ、もう帰っていいかな?」
「なんでだよ!!なんでお前にはかからないんだよ!!」
そりゃ…………催眠術なんて、普通はかからないだろ?小崎はプロでもないし。
「悪い……全然眠くならない。」
「やっぱり念仏とかじゃなきゃ眠くならないか……。」
「お前、どこへ向かってんの?」
小崎は幼なじみにかけた催眠術を解こうと必死だった。
「あのさ、芦原さんも、催眠術にかかった~とか、多分冗談だって。」
「目薬打っても、頭から水かけても解けないんだぞ?」
「頭から水かけたのか!?」
真面目もここまでくれば相当迷惑だ。それはきっと、側にいる人間なら必ず感じるはず……。
それでも側にいて、催眠術にかかる芦原さんは、小崎の事を好きなんじゃないのか?俺は少しそう思った。
今、小崎に一番近いのは、多分芦原さんだと思う。それでも、小崎には、芦原さんの存在が全然見えていない。
でも、そんな事…………小崎には絶対に教えてやらない。
すると、芦原さんがやってきた。
「お邪魔しまーす。」
普通に小崎の部屋に入り、俺に気がついた。
「あ、加島君来てたんだ。」
「あ、じゃあ俺、そろそろ帰る。」
「いいよ、いいよ。変な気使わないで。悠太はそうゆうの全然わからないから。」
芦原さんはそう言うと、テーブルに課題を広げ始めた。
「二人で何やってたの?」
「小崎が俺に催眠術かけようとしてた。」
「はぁ?悠太そんなに催眠術にハマってるの?」
ハマってるというか、沼だ。沼。催眠術が解けないという沼にはまって出て来られないんだ。
「いや、僕は催眠術を解く方法を模索してたんだ。」
「ねぇ、そんなに解きたい?」
「解かないとダメだろ?ゴーレムと結婚するとか言ってたら、美帆乃は誰とも付き合えない。」
「…………。」
芦原さんは思わず声を失った。
それは……遠回しに、ゴーレムと結婚するとか言ってる奴とは付き合えない。そう言っているみたいだった。俺にはそう聞こえてしまった。多分……芦原さんにも……。
芦原さんは来たばかりなのに、荷物を鞄に戻して言った。
「じゃ、誰とも付き合わない。」
そっち?そっちを選択する?
「ゴーレム以上にカッコいい人いないもん!!」
芦原さんはそう捨て台詞を吐いて、帰って行った。
俺は走って芦原さんの後を追いかけた。
「芦原さん!あれじゃ、小崎が沼から抜け出せないだろ?小崎は真面目なんだよ。若干バカがつくほど……。」
「加島君、ほっといて。これは私の復讐なの。」
復讐?!
「小学三年のバレンタインのチョコ、妹にあげてた。」
え…………?
「中学の入学式、寝坊して赤信号全部律儀に止まって遅刻した。それから……」
まだあるの?
「絶対先に約束した方を優先するし、毎日会えるからって私はいつも後回しだし。私の存在なんて、再放送の相棒以下なんだよ?だから、少しは頭の中私でいっぱいで苦しめばいいんだよ!」
何となく、芦原さんのやりたい事がわかった。
「でも、それじゃ小崎の言った通り、誰とも付き合えないよ。」
「いいもん。私には透明人間の彼氏がいるもん。」
「はぁ?」
透明人間の彼氏って何だ?
「俺、透明じゃないけど、彼氏になってもいいよ。」