世界は残酷で
前回のあらすじ
北海道の大学生だったエリカと翠はある日の帰路、古民家に入ってしまう。爆発音でをきっかけに外に出るとそこは日本ではなかった。ドイツ語に似た言語を話す兵士に助けられ、2人は町へと向かう。(今回は町には着きません)
「Schnell!!」
爆発の中、1人の声を頼りに走った。
走っている途中でも爆発音は止まなかった。
前で、右で、左で。
土が舞い上がり、黒い煙が登り、地面はえぐれる。
それに構わずエリカと翠は走った。
「はあ、はあ……」
「翠、大丈夫?」
「私は大丈夫、エリカこそ」
「わ、私は、っはあ、はあ」
一心不乱に走っているとやっと呼んでいる人のところへ着いた。
『誰かは知らんが、この際どうでもいい!とりあえず向こうに俺たちのトラックがある。それで避難する』
「と、とらっく?何語なの?」
「ドイツ語だと思う」
「え……私話せないよ」
「とりあえず行こう。トラックがあるらしいからそれで脱出するって言ってる」
翠は納得した。
「Danke」
「だ、だんけー」
二人は男が指さす方向に走った。
◇ ◇ ◇
少し走ると、確かにトラックがあった。が、エリカたちから見たらそれはトラックではなかった。
「キャタピラーが付いてるのに車輪も付いてる……」
「とりあえず乗るしかなさそう」
ハーフトラックと呼ばれる、前にはタイヤが付き、後ろ半分は履帯がついている車両だ。タイヤのみに比べ走破性が高く、履帯のみに比べ速力が増している。
エリカと翠はハーフトラックに乗り込んだ。内部は鉄と油の匂いで充満しており、乗り心地も決して良いとは言えなかった。
エリカたちは硬いシートに座った。少し遅れてきた男をのせトラックは発車する。
ガタガタと揺れる内部には鉄カブトやライフル銃が置いてあった。
「ほ、本物?」
「…多分、ね」
「ねえ」
「なに?」
「ここ、どこ?」
「…」
エリカに返す言葉はなかった。
スマホをつけても現在地は表示されない。時計も狂い、電池残量8%が残った。まるで使い物にならなかった。
エリカが尋ねる。
『すいません、ここってどこなんですか?』
流暢なドイツ語だった。
『どこと言われてもな』
『…』
エリカは少し考えると少し変えて再度質問した。
『日本ってわかりますか?』
『ヤーパ…聞いたことがねえな。知ってるか?』
男はトラックの一番前でハンドルを握っている運転手に聞いた。
『知らんよ、ここはゲルマニア以外の何でもねえ』
『だとよ』
『ゲルマニア?』
エリカは尋ねる。
『もっというとノルデンゲルマニア。上の方だ』
「…」
「翠」
「で、どうだった?」
「ゲルマニア」
「ゲルマ…なに?」
「……とりあえず日本じゃないってこと」
「ここが……日本じゃない?」
エリカと翠が話していると横から呼びかけられた。
『そーいやあなんだい、そのニホン?てのは』
『私達はその国の人間なんです。古民家に入って……爆発音がして出てきたら……』
自分でうまく隠そうとしても隠せない混乱にエリカは戸惑っていた。
『少なくともその国は俺たちの世界にはねえよ』
『そうですか…』
深いため息をついた。
『そういえばあんたたちの名前はなんていうんだ』
『私はエリカ、エリカシュターフェンベルク』
「まいなーめいすと?ミドリツキアカリ」
翠は慣れないドイツ語で言った。
『エリカとミドリな』
確認してから男はすこし疑問気味に言った。
『ミドリか、あまり聞かないな』
『翠は日本人ですので…。あなたたちの名前は…?』
不安げに聞く。
『なに、そう怖がることはないさ。俺の名前はヘルベルト、ヘルベルトクリッツェン軍曹』
『ユルゲンベンソンだ、ユルゲンでいい。階級は伍長。このトラックの運転手だ』
『んでこいつは……』
と、運転席の後ろで寝ている男を掴む。
『おい!マルセロ!起きろ!』
ヘルベルトがそのマルセロと呼ばれた男を大きく揺らす。それに耐えかねたという顔でマルセロは起きる。
『むう…』
『おれぁ…マルセロ…ど…』
と言ったところでまた眠ってしまった。補足としてヘルベルトが話し始めた
『こいつはマルセロドール上等兵、見りゃわかるだろうが、まあ兵士失格野郎だ』
兵士という言葉にエリカは問う。
『あの、そういえば皆さんは軍人なんでしょうか』
『おう、俺たちゃゲルマニア陸軍よ』
『ゲルマニア陸軍第366装甲大隊。そんなかの班さ』
ユルゲンが運転席から言った。
「ゲルマニアひーあー……」
『では3人はいつも一緒で?』
『おう』
『ま、実はもう一人いるんだがな』とユルゲンが続ける。
『もう一人?』
『ああ、今は体調不良で町の病院にいるんだがな。そこらへんはヘルベルトから聞いてくれ。』
おっと、とユルゲンは続ける。
『お二人さんや、ここから先はちっと道が悪くなるから気を付けとけよ』
言ってすぐにトラックはガタンガタンと大きく揺れ始めた。トラック内に下がっていた鉄カブトはそれぞれがぶつかって音を立てた。
その振動は当然シートにも伝わる。ただでさえ座り心地の悪いシートは揺れと相まって最悪だった。
「うぉっ」
「す、すごい揺れる…」
翠は突然来た揺れに驚く。
「ここから先はちょっとだけ道が悪くなるって」
「ちょ、ちょっとって」
「なんかもう地震みたいなそんな揺れだし…それにちょっと…お尻が…」
「私も痛いけど我慢しよ、ね」
「う、うん…」
顔からしてわかる痛みに耐えるエリカと翠に申し訳なさそうにヘルベルトは話しかけた。
『話は終わったかね』
『えーと、町、でしたっけ』
『ああ』
『いま俺たちが警戒任務で来てる。警戒といっても人間だけじゃねえ。熊とか狼だとか、あとは……』
そこまで話したところでヘルベルトは止めてしまった。はじめから言わない覚悟をしているというよりは、直前で止まった話し方に疑問を抱いたエリカは言った。
『あとは?』
エリカが聞いてもヘルベルトは答えない。そんな様子に見かねたユルゲンは躊躇なく言った。
『病気さ、病気』
『病気?』
『ああ、それも…ひでえ病気だ』
『お二人さんの国…世界で一番恐ろしい病気はなんだ』
『ええと、狂犬病とか』
「翠は何かある?恐ろしい病気って…」
「うーん……、イメージで怖いのは結核かな」
『どんな症状が出る…吐き気とか、致死性とかな』
『狂犬病は、体が水を恐れて…次第に風にも恐がって…あとは…』
「狂犬病ってどんな症状だっけ?」
「えっと、なんか狂っちゃうとかじゃなかったっけ。因みに結核は昔不治の病って言われてたんだよ、だから怖いっていうか…」
エリカは翠の言ったことを伝えた。
『不治の病、か。狂うというのもあながち間違っているという事はないな。こっちはもっと酷い、あんたらが知ってる狂犬病と結核病すらもこっちじゃ大したことないと思われる、いやもちろん恐ろしいがそれすら越える、という意味でだ』
『ぐ、具体的にはどんな……』
エリカは唾を飲んだ。恐ろしい、が興味深いという顔でヘルベルトの話を聞く構えをとった。
『……この病気は第一、ニ、三、そして死の四段階がある。第一段階では爪やら指の先が黒くなる。はじめは全部で20枚の爪のうち1、2枚がそうなって、やがて20枚すべての爪に侵食する。これまでにかかるのが…』
ヘルベルトは3本の指を立てた。
「え、えーと、ど、ドライ?だっけ」
『み、3日?』
『いや、3分だ』
『あ、え?』
エリカは困惑した顔を見せる。当然の反応だった。
『最初に感染して3分で爪だ』
「…」
「…」
『これが第一段階。症状の前哨だな。次に第二。今度は指と腕、足にかけて黒ずんでいく。見たことないからわからないかもしれないが、あれは気味が悪い……』
『……ヘルベルトさんは見たことがあるんですか』
『ああ……戦地でしょっちゅう見るよ。塹壕で対峙してる時にも敵味方関係なく見る。向こうの塹壕で黒くなってくのがよく見えるよ。あんなもの、二度と見たくねえが見ちまう、見えちまうんだ。』
『……話がそれたな、この時点でもう腕や足は動かない。本人の気持ちは知らんが、発狂したくてもできない、まさに生地獄だろうな。』
「あれ…?」
「どうしたのエリカ」
「翠は覚えてる?私が読んでた本」
「あー、んー読んでたようなー……」
しばらく考えて20秒ほど、翠はハッとした。どうやら思い出したようだった。
「あっ、あの難しそうな本」
「あの本のタイトルというより内容なんだけど、病気の歴史について書かれてるの」
「病気……あっ」
翠は気づく。エリカがなぜ本について聞いてきたのか、その内容はなにか。
「その中にあった、ちょうど翠が来た時に読んでた項の病気がこれに似てる」
「その本持ってないの?」
「う、うん……。借りようと思ったけど貸し出し数が上限で……」
エリカは申し訳なさそうに言った。しかしそれは仕方のないことであると翠は許容した。
エリカは本のことについてヘルベルトに話した。
『うーむ……どういうことだ。俺はそこらへんは専門じゃねえしな……』
ヘルベルトは困ったような表情で唇をかんだ。
悩んだ末に彼は『そういえば』と言い、エリカに提案した。
『町に俺の知り合いの医者がいる。俺からはこの世界での常識レベルしかわからねえが、医者なら専門知識もある。町に着いたら紹介しよう』
『その町がもう目の前だ』
ユルゲンは言った。
エリカたちが話しを聞いている中で地面の悪い地域は過ぎていた。今はふみならされた山道のような、しかし先ほどの道よりかは大分ましな道をトラックは走っていた。不整地だったため慎重に走っていたトラックはスピードを上げ、履帯がジャシュッジャシュッと砂利を蹴る。
ユルゲンの言った通り、町はもう前に見えるレベルまで近くなっていた。
第3話を見ていただきありがとうございました。
病気については後ほど(恐らく次回か次々回)に詳しく解説いたします。よろしくお願いします。