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世界は残酷に〜異世界は何も迎えない〜  作者: 秋水蓮
第1章 そこは美しくも残酷に
2/3

日々は終わり、そして始まる世界

とんでもなく遅れてしまいましたが2話です。すいませんでしたm(__)m


11月26日・北海道・とある大学


大学にある図書館。本、専門書、新聞、雑誌、教科書揃って蔵書数500万冊。

全国有数の蔵書を誇るこの図書館も、夜の9時になると人はもういない。


いや、2人だけいた。


窓際の席から聞こえるページをめくる微かな音。

入口から窓際までコツコツと鳴る靴の音。


この離れた2つの音は時の流れと共に、やがて近く、1つになる。


靴音は止み、ページの音はそれに気づかないかのように鳴り続ける。


やがて「1人」が話し始めた。


「エリカ?」


名前を問う。すでに知っているかのような口ぶりの質問。


「…」


だが呼びかけられた主はまだページをめくる。


カサリ、カサリと次のページをめくりもせず、こする。


「エリカ!」


声量を上げて呼びかけた。


『エリカ』と言われた主はページを擦るのをやめ、頬杖をつき、答える。


「…図書館では静かにお願いします」


呆れたと言わんばかりの声。


「えー、エリカが答えないのがいけないんじゃん」


「むぅ、そりゃそうだけど」


「それとも、こんな時間まで本を読んでるエリカが悪いのかな?」


ハッ、としてエリカは腕時計を見る。針はすでに9時をまわりあたりも暗くなっている。

その驚きぶりを見るに、どうやら本当に気づかなかったようだ。


「うそ、もうこんな時間」


「こんな時間まで本を読んでるエリカはもう知りませーん」


くるりと踵を返し出口へとむかう。


「ま、待ってー!」


それを追いかけようと、読んでいた本を閉じ椅子から立ち上がる。


「翠ー」


翠と呼ばれたその人は歩みをやめない。



◇ ◇ ◇



大学のある街から30分ほど電車に揺られるとそれぞれが住んでいる最寄り駅についた。


街ほど明るくなく、等間隔に立つ今にも消えそうな街灯が一層町の寂しさを引き立てた。


2人はそんな町の新しいアパートに住んでいた。


寂れた町のどこかの道。

周囲には古びたアパートと最近建てられた画一的な住宅街。


そんな町にも関わらず2人は普段通りの素振りを見せた。


「そういえば」


翠が話し始める。


「なに?」


「さっきなんの本読んでたの?分厚そうな、難しいそうな本だったけど」


「あー…」



「…歴史?」


「質問を質問でかえすな」


「ドイツの歴史、特に医学に関しての本」


「ふーん、じゃあエリカが見てたところって?」


「…どこ」


「ほら、Sch?シ…」


「schwarz」


「そうそれ!なにその、シュバルツ?っていうの」


「シュバルツはドイツ語で黒色っていう意味よ。というと…」


少し考える。


「ペストね」


「ペストって、あの体が黒くなっちゃう」


「そう、その中で私が見てたのは不審死のところ」


「?」


翠は首を傾げる。


「あー、…簡単に言うとペストとは似て非なる症状の患者がいたらしいの」


「へー、どういう病気なの」


「ペストは一部が黒くなる病気なんだけどその似た症状のは体全体が黒くなっちゃうの」


「えっ、腕とか?」


「そう」


「頭も?」


「頭もよ」


「…」


翠は口をつぐむ。


「って言われてるだけ。真偽も不明。唯一残ってる医者の記録だけよ」


翠はほっと息をはく。


「てことは今はないんでしょ。よかった」


翠が安堵の息をついたそのとき。

エリカが歩みをやめることに気づくのには少し時間がかかった。


それはなんの前触れもなく、ふいに、突然に、しかし前からあったかのように堂々とたち振る舞っていた。



◇ ◇ ◇



エリカの見つめる視線の先には廃れた小屋がポツリと建っていた。

外には苔やらツタやら張り巡らされ、その様子から中も相当のものだろうと容易に推測できた。


「エリカ?」


翠はいつの間にかいない、止まっていたエリカに声をかける。


「何見てるの?」


と言いつつ歩いていた道を戻る。


そこにはやはり古民家。倉庫と言っても誰も否定しないであろうその廃れに…


いや、翠は驚いた。


その対象は古民家の角に張られた蜘蛛の巣の大きさというわけではなさそうだ。


「ねえ、エリカ」


「…何?」


「もしかしたらエリカも思ってるかもしれないけど、言っていい?」


「偶然ね、私もよ」


息を吸う。


スゥーッ…


「「ここに、こんな家はなかった」」



◇ ◇ ◇



“ここにこんな家はなかった”

その言葉は紛れもなく事実だった。

かつてここにあったのはただただ普通の一軒家。特に怪しい宗教をやっていたというわけでもなく、曰く付きの物件というわけでなく、嘘一点のない一軒家が建っていたはずだった。


エリカたちはよくこの道を通る。もちろん毎日というわけではないが、ここが最短ルートなのでよく通っていた。


故に、彼女らは知っていた。


かつてこの家がただの一軒家だったことを。


「ねえ、ここってさ」


翠が口を開く。


「うん」


「前は、ただの一軒家だったよね」


「…うん」


「特にお化けが出るとか、そういうのじゃなかったよね」


「…」


言葉一つ一つが疑心暗鬼になっていた。


「じゃあさ」


翠が指を指す。


「これ、なに?」



無言の返事。

エリカが口を開く。


「さ、さあ」


その瞬間翠は思いがけない発言をする。


「…入ってみない?」


「えっ」


当然の反応だ。誰しもがここから逃げようとするにも関わらず翠は入ろうと言っている。


「いいじゃん、ちょっとだけ」


「でも、これって住居侵入で逮捕されちゃうんじゃ」


それを遮るように


「バレないよ…多分」


「多分って…」


……


……


「じゃあさ、ノックして誰も出てこなかったら入ろう」


それに、と翠は続ける。


「廃墟っぽいし誰も住んでないでしょ」


翠の楽観的な考えにエリカは戸惑う。

それもそのはず、エリカも少しだけ入りたいという感情が芽生えてきたからであった。


「うん…よし、じゃあそうする」


「やった!」


「でも」

「もし誰かが出てきたらその時は引く、分かった?」


「はいはい」


から返事をしつつ翠は扉へと近づき、前に立つ。


1回目。


コン、コン


……


2回目。


コンコンコン


……


3回目。


ゴン、ゴン


ミシリ……


「…」


いくらノックしても、ただ扉が軋むだけであちらからの気配は一切なかった。


「開けて、いいよね?」


「…うん」


翠はドアハンドルへと手を掛ける。

錆びついたハンドルは思うよりもスムーズに開いた。


ギシ、ギィイイイ


と、木製の扉が音を立てて開く。


「…」


中は大方予想通りであった。


大きさは決して広くなく、1つの部屋のみであった。


角には蜘蛛の巣が張り巡らされ、床はホコリと苔まみれ。キッチンは錆びつき、木のテーブルは腐り落ちている。


「うわあ」


「なんか、すごいね。」


「うん」


部屋の中を進む。一歩一歩進むたびに床は軋み、今にも抜け落ちそうだった。


「これ、レコードプレーヤー?」


「多分ね、もう動かないと思うけど」


翠は指を指す。すでにあちこちが欠け、サビサビのレコードプレーヤー。当然動くわけもない。


「これ、なんだろう…」


翠は鉄の欠片が床に落ちているのを見つける。

大きさにして5センチほどの、何かのパーツらしきもの。


「それ撃鉄じゃない?」


「撃鉄?」


「ほら、リボルバーの…西部劇に出てくるような銃の」


「じゃあこれは…」


「モデルガンのパーツ、だと思う」


翠は欠片を捨てる。


更に物色していると木箱が見つかった。

部屋が暗いためわからなかったのだ。


「翠、ちょっと手伝って」


「うん」


木箱を2人で持ち上げる。

それでも重かったが、なんとか下におろせた。


「中身なんだろう?」


「開けてみる?」


翠は部屋の中から火かき棒を持ってきた。

箱の僅かな隙間に刺し、こじ開ける。


ミシミシと音を立てて蓋が空いた。


中身が見えた瞬間


「えっ」


とエリカは驚く。


中には大量に鉄塊が入っていた。木のハンドル付きの、先程のパーツが使われている、鉄塊。


リボルバー銃が大量に入っていた。



◇ ◇ ◇



「ほ、本物?」


「モデルガン、なんだよね。エリカ」


「えっ、いや、でも、これって」


箱の中からは僅かに火薬の匂いがした。

紛れもない本物、それも実際に使われた本物らしきもの。


「これ…本物じゃん」


翠が箱から1丁を取り出し手に持つ。ところどころ錆びついているとは言え、まだ使えそうだった。


「…あ」


箱のそこには弾丸が数発あった。雷管が叩かれていない未使用の弾丸。


「これさ」


「うん」


「警察…だよね」


一般人の彼女らにできることはそれだけだった。

スマホを取り出し110番号にかける。が、


「あれ?」


「どうしたの、エリカ」


「圏外」


画面左上に虚しく書かれる圏外の2文字。


「え、うそ。ここ圏外になるほど田舎じゃないよ」


「翠のスマホも、多分」


翠は慌ててスマホを付ける。やはり圏外だった。


「な、なんで!」


「なんかここ、おかしいよ」

「こんな家なかったし、銃とかあるし、携帯もつながらない」


「で、出よ!」


次の瞬間だった。


ドゴァォオオン


という巨大な音とともに衝撃が古民家に響いた。

壁の隙間という隙間から黒い煙が流れ出している。


「ぎゃあああ」


「み、翠!落ち着いて!」


外…


「外!外は?」


そう言っているうちに2つ目の音がした。


ドゴォオオン


もともとボロボロだった古民家は、衝撃で天井がミシミシと音を立てている。屋根板であろう木が何枚か落ちてきた。

家具も震え、ガッシャンという音とともに食器が何枚も落ち、割れる。


「うわっ!」


「え、エリカ!外、外!」


「う、うん」


揺れる家を必死に辿り、ようやくエリカは扉の前まで来る。

歪んだ扉は簡単に開かず、両手で引いてもびくともしなかった。

最終的に蹴破ったが、すでに日常はなかった。


「え、え、え?」


扉を開けると目の前には土がえぐれた地面。その地面も先程エリカたちが歩いたコンクリートではなかった。


草原、向こうまで続く広い草原だった。

しかもあたりからは煙が出ている。

黒い、というより黒色な、透明度の低い煙が登っていた。


「え、なに、これ」


「エリカ!何してるの!」

「えっ…」


揺れが収まった古民家から出てきた翠も、その状況に絶句する。


えぐれた地面、煙。


「砲撃…?」


「え?」


「爆発も…」


2人とも状況を理解できていないようだった。


「ま、待って!」

「ここ日本だよね?北海道だよね?」


「さっきまでは…いや、わからない」

「わからないよ」



◇ ◇ ◇



スマホというのはたとえ圏外でもgpsがついている端末はその位置情報を知ることができる。

大まかな位置であるが、渋谷だとか新宿だとか、そういった今どこの街なのかぐらいはわかるものだ。


エリカたちのスマホにもgpsはあった。


だがそのgpsすらも使えなくなっていた。


「現在地…不明」


落胆の声を呟く。


「え、いや、え、え?」


そうこうしているあいだにも3発目の、おそらく3発目であろう音がする。


ヒュルルー


「…!」

「翠伏せて!」


「は、え?」


「いいから伏せてっ!」


突然の怒号に驚くも翠は従った。


伏せた次の瞬間に、彼女らの隣から


グォオオンィイインン――


の音とともに地響きがした。

地面がえぐれ、土が舞う。

黒い煙も出ていた。


爆発音と土の音でほとんど聞こえない中、エリカは声を拾った。


「Kommt her(こっちへ来い!)!」


煙が晴れると一人の人間が500メートルほどのところで叫んでいた。

エリカたちからは見えづらかったが、どうやら呼んでいるようだった。


「!」

「翠! 行くよ!」


「で、でも…」


「いいから!」


多少強引に翠の手を掴み、立たせる。


2人が走り出しても爆発は続いた。


黒い煙は日常を残酷に変えた





日々は終わった。しかし、また始まる。

第2話もここまで読んでいただきありがとうございました。

次回は兵士に助けられて~からです。よろしくお願いします。

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