彼女らは一歩近づく
どうも、初めまして。
この物語はある大学生の2人が病気と闘う、そんな物語です。チートは(ある意味)あります←ここ重要。
長くなるのもあれなので、それではどうぞ。
1535年・ドイツ・とある村
『これで15人目、か…』
男が一言、ため息混じりに一言つぶやいた。
とある小さな村のほぼ真ん中にある診療所。その中の一室に男はいた。
黒い革布を全身に纏い、頭にはつばの広い黒い帽子がのっている。擦れた黄色い手袋もしており、肌は全く露出していなかった。頭につけた鳥の形状のマスク、そのくちばしに当たる部分には薬草が詰められておりマスクの役割を果たした。
左手には木製の長い杖。右手にはメスを持っていることから医者であった。
男の前にあるのはベッドに横たわる黒い塊。重さ約60kg、長さ約180cm。所々には穴が空き、その穴からはどろりとした真っ黒な液体が流れ出し、シーツに黒いシミを作る。塊は異臭を放ち、部屋全体を気持ちの悪い空間に染めた。
二度と動くことのないモノ。
人だった。
◇◇◇
この村では1ヶ月ほど前からこのような症状の患者が出現してきた。既に14人の患者が発症、全員が死んだ。
この病気は発症してからの進行が異常に早かった。明らかに目に見えてわかるような進行度合いで体を蝕んでいく。そのため、発症したらまず確実に死ぬ病気だった。
この不治の病には段階がある。そのあまりにも早すぎる進行で、段階と呼べるかわからないものだが第1から第3まである。
第1段階ではまだ外部の損傷が見ない。この病気は最終的には体全体が黒く染まり、体に穴が開くがまだそのような症状は見られない。42度以上の高熱、吐き気、貧血、失神が代表的な症状で、他にも個人によって差がある。軽い頭痛から足の麻痺まで様々である。
第2段階では外部に損傷が見られる。この病気を代表するような症状、つまり黒いシミができ始める。手足の指の先、爪から黒く染まってゆく。黒く染まった部分は既に体としての機能を果たさず、全く動きはしない。
第3段階では黒いシミが体全体へと回る。同時に四肢が体から離れ、ジュウという音とともに体の何箇所から穴が空き始める。血液も黒く染まり、ドロリとしたものになる。眼球のみがせわしなく動き、やがてそれも止まり、完全に死亡する。
この病気の原因として当時はやっていたペストと同時に瘴気、“黒い瘴気’が原因だと考えられた。そのため、治療をする医者はペストの治療と同様、黒革のマント、黒いつば広帽子に手袋、くちばしのついたマスクを着た。
治療法もペスト同様瀉血であった。メスで腕を切り、悪い血を排出させる。
だがそれでも効果はなく、この病気にかかった者はすべて死んだ。
ペスト…黒死病にならって病名が付けられた。
黒塊病
◇◇◇
30分ほど前に運び込まれてきた男。このとき既に四肢は黒く染まり、1ミリと動きはしなかった。唯一眼球のみが動き、おそらくあったであろう恐怖と錯乱によって左右上下に動いた。
医者はこの男に触れないよう、杖で抑えつつ右手に持ったメスで男の腕を切った。本来出てくる赤い血は、今や黒く、どろりと気味の悪いものへと変わっていた。しかし医者は、まるで見慣れたものを見るかのように恐れず、容赦なく切り進んだ。
腕の切り口から流れた液体はぼたり、ぼたりと鈍い音を立てて床にあった桶へと落ちた。同時にその液体からは異臭を放つ。病原を外に出すまいと窓の少ない部屋、その空気は一気に悪くなった。
むせ返るような異臭に医者は思わず口をふさぐ素振りを見せた。マスクを付けていても異臭は鼻をつき、体を侵食されるような感触が医者を襲った。
医者の手が止まる。メスは進みをやめ、依然として切り口から黒い液体が流れ出した。
『こら、もうだめだな』
どうやら生死を悟ったようだ。
桶は既に満杯だった。
◇◇◇
この黒塊病は16世紀になって発見、19世紀後半になるとパタリと姿を消した。
同時に姿を消した。
同時に姿を消した。
「ん?」
一人の少女がかしげる。
当然の反応だ。パタリと姿を消し同時に姿を消す、などという明らかにおかしいワード。
“パタリと姿を消し’は病気のことだろう。では“同時に姿を消した’はなんのことだ。
疑問を解決するためにも少女は読み進める。
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同時に姿を消した。
19世紀前半、とある村の子供達が墓地で遊んでいた。その中の少年が墓地の地面から飛び出している棺を発見した。どうせ昔の人の墓だろうと棺を開けたら、本来いるはずの死体がなかった。子どもたちはすぐに大人へとこの事実を伝えた。最初は信じなかったが、実際に確認するとすぐに警察に通報。やがて村の警察だけでなく首都警察も動員され、捜査が行われた。
捜査でわかったことは第1にこの棺には確かに死人が眠っていたこと。第2に他の棺の何個かも死人がいなくなっていたこと。そして第3に消えた死人にはある共通点が見つかったこと。
共通点とはすなわち、消えた死人全員が全員、黒塊病だった。
19世紀前半に見つかった黒塊病死体消失事件は20世紀前半になっても発見された。
最終的に見つかった数はドイツだけでも約15万人。ヨーロッパでは20万人に達した。そしてそのすべての棺から遺体が消えていた。
この情報はまたたく間に全世界に広まった。この衝撃は医学界を大きく動かし、この病気の研究が盛んに行われた。小さい村の診療所から首都の大病院、大学、更には外国からも医学関係者を呼び寄せ、ドイツ史上類を見ない大研究が行われた。
――長い年月を経て人々から忘れられ、時の止まっていた黒塊病はまたその針が進み始めたのだった。
しかしこの大研究も空振りに終わった。なにせ、遺体は消え、当時の医者も残っておらず、調べようがなかった。棺の中も隅から隅まで調べられたが、何も発見できなかった。何もなかったのだ。
やがて第一次大戦が始まり、既に流行が終わっていたこの病気には目を向けられず、やがていつぞやのように時が止まったのである。
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ぱたん、と本を閉じる。本の題名は『ドイツの歴史~病気編~』。
「ふう」
と肩にいれた力を落とす。若干の緊張は解け、顔に緊張感がなくなる。
解けたはものの、考え事をするかのように頬杖をついた。
時計の秒針がゆったりと進む。彼女の周りだけまるでときが遅くなったように、ぽつりぽつりと進んだ。窓の外から見える空は既に暗い。若干の風が吹き木の枝は揺れる。
館内に人はなく、ページの擦れる音ははっきりと聞こえるようだった。
彼女が流れる時間を見つめていると
「エリカ!」
それを止めるように後ろから声をかけられた。無視するかのように頬杖を付き続けたが、表情は少しの動揺を見せる。
「エリカってば!聞こえてるのはわかってるわよ!」
「…相変わらず元気ね、」
どうやら屈服したようだ。
記念すべき(?)第1話をお読みいただきありがとうございました。
作者としてはここまで読んでいただけるだけで本当に感謝です。
あとがきもあまり長くしたくないので、このまま2話を読んでいただけるのであればそのまま、自分には合わないと思ったら気軽にブラウザバックしてもらっても構いません。こちらに止める権利もありません(笑)