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バー『SO WHAT』 冬の雨の日

作者: リキ

 カランコロン…


 ひらいたドアの隙間から、少し音量を上げた雨音が一瞬店内に流れ込む。


 今どき珍しいウェストコートのクラシカルなバーテンダーが、拭きあげていたグラスから目を店の入り口に移すと、真っ赤な傘を持った白いコートの女が立っていた。


「雨ですね」


 バーテンダーが女に声をかける。


「え?あ、あぁ……ホント、すごい雨です……」


「いらっしゃいませ……どうぞ、お好きなお席に」


 女は塗れた傘を、陶製の傘立てに入れカウンターへ向かう。


「コートを、お預かり致します」


 カウンターから出てきたバーテンダーは慣れた手つきで女から預かったコートをクロークに下げに行く。


 女はカウンターテーブルの丸い椅子に座ると『ほぅ』と、1つ息を吐く。


 ロックグラスに入った間接照明代わりのキャンドルの明かりが女には暖かかった。


「何をお出し致しましょうか?」


 女が一息ついたところで、カウンターに戻ってきたバーテンダーが尋ねる。


 女は一瞬、逡巡した後に申し訳なさそうに口を開いた。


「あのぅ……」


 しばし、沈黙


「飲めないんです……お酒……スミマセン ごめんなさい、ここお酒のお店なのに……」


 消え入りそうに、女が答える。


「いえいえ、構いませんよ? どうぞゆっくりしていって下さい 暖かいコーヒーなどいかがですか?」


 バーテンダーは優しい表情で女に語りかけた。


「あの 紅茶 ありますか」


「ホットでよろしいですか?」


「はい……ありがとうございます」


 バーテンダーはケトルでお湯を沸かし始めるた。


 やがてカタカタとケトルが揺れ出すとバーテンダーは火を止めた。


 アールグレイを入れたティープレスにお湯を注ぐと、深い茶色の茶葉が、琥珀のような色の容器の中を舞う。


 十分に温めたカップとティープレスを出され、女は慎重にカップに注いだ紅茶を一口飲んだ。


 肩から強張(こわば)りが解けていき、力が抜けた。


 ようやく、耳に残っていた雨の音が消え落ち、店内の音楽(BGM)が心地よく聞こえ始めた。


 ……


 紅茶を飲み始めてから、曲が2回変わった頃 女は、店の隅に懐かしい10円玉を入れる赤いダイヤル式の公衆電話を見つけた。


「懐かしいですね…」


「懐かしい……ですか? 多分、お客様がお生まれになる前の物だと思いますが……」


「あ、田舎のおばあちゃんの家にあったんです……おばあちゃんは田舎でお店をしていて……」


 炎の中に子供の頃の光景が浮かんでいるかのように、女はろうそくの明かりを覗き込みながら話した。


 しばらくして、また女の視線が公衆電話へと流れた。


「……あれって……今でも使えるんですか?」


「ええ、使えます。(もっと)も、最近は使う人もいなくなってしまいましたが……」


「そうですか……まだ、繋がってるんですね……」


 再び、沈黙が流れ、音楽(BGM)の音量が戻ってきた。


 ……


「……お借りします……」


 そう言って椅子から降りた女はカウンターの端の、忘れられた公衆電話に向かう。


 受話器を上げ、どこかに電話をかけているようだった。


『トゥルルルル……トゥルルルル……ガチャ』


 再び沈黙


「……うん……うん……ごめん……おかあさん、ごめんなさい……」


 壁伝いに聞こえる外の雨音と音楽(BGM)でバーテンダーには漏れてくる女の声は聞こえない。


 バーテンダーは拭き終わったグラスを置いて、次のグラスを手に取った。


 ……


 流れた涙の後を拭きながら、女がカウンターに戻ってきた。


 女は席に戻る事なく、そのままカウンターのハンドバッグを取り、バーテンダーに話しかける。


「あの……ありがとうございました……」


 バーテンダーも同じ言葉を返す


「ありがとうございました」


 レジを済ませた女はバーテンダーからコートを受け取ると、傘を持ってドアを開けた。


カランコロン…


 入ってきた時と同じように、一瞬の雨音を残して女は外へ出ていった。

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