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「ふわぁーあ」
はしたないと思いつつも、私は大きなあくびをする。
昨日、イベント年間予定表を作るのに徹夜してしまい、私はもの凄く眠い。
現在教室では神田先生が昨日言った通り、委員決めをしている所だ。
この後の進行もあるので、最初に委員長を決めようとしたのだが……委員長は生徒会と関わったりする事が多いらしく、男女共に立候補者が多数で中々決まらない。
先程から、ぼーっとその光景を眺めているのだが、暇な私はあくびが止まらない。
もう一度私があくびをした所で、神田先生はある提案をする。
「もうこれじゃ埒があかないから、委員決めは全員でくじ引きをして決める!」
そう言って神田先生は教卓の上に2つのプラスチックケースを置き、いつの間にか作っていた紙のクジをケースに入れていく。
「右が男子、左は女子用のクジだ。紙に委員の役職名が書いてあるから、それを引いた者は黒板に名前を書いてくれ。では、皆順番に取りに来い」
「えぇー」とか「めんどくせー」とか「委員長になれますように」だの、あちこちから声が聞こえてくる。
神田先生は「俺良い事した」って顔で座って、成り行きを見守っている。
私は神田先生のその顔を見てイラッとした。
神田!! なぜ全員でくじ引きなんだ!
普通やりたい人だけでくじ引きだろうが!
これじゃ、私が委員長になる可能性もあるだろうが!
昨日から空気読めなさすぎだろ神田!!
あぁ、そうだった……。神田先生は神の御遣いだった。
神田先生は神の意志を反映させているだけ。
神田先生にイラついてもしょうがない。
ならば、私はそれに背くだけ。
私は立ち上がり、戦場に向かう兵士の様な面持ちで教卓に向かう。
一番始めに目についたクジを私は取る。
後の人の邪魔にならない様に、少し端に移動して紙をゆっくりと広げていく。
途中何か文字が書いてある事が分かり、一瞬ドクリと心臓が跳ねた。
背筋に嫌な汗が流れる。
意を決して私は紙を一気に広げる。
「図書委員」
その文字を見て安心した私は、体から力が抜けてその場にへたり込んだ。
良かったーー!! 私は神の意思に背いた!!
一瞬、委員長って書いてあったらどうしようかと思ったけど、図書委員で良かったーー!!
委員なんて面倒くさいけど、図書委員なら比較的楽そうだ。
ある意味ツイてるかも。
へたり込んだまま、ニマニマしていると「大丈夫?」と声をかけられた。
上を見上げると、円香さんが心配した様子で立っていた。
私は朝から円香さんを避けていたので、少し気まずい。
昨日の親衛隊の出来事で、私は生徒会のファンの人達から良く思われていない事が分かった。
円香さんも多分生徒会のファンで、私の事を良く思ってないのではないかと思うと怖くて近づけなかったのだ。
私は勝手に円香さんを友達認定したが「貴女の事なんか嫌い」と面と向かって言われたら、多分立ち直れない……。
私は円香さんの人間性が好きだ。だから、友達になりたいと思った。
もしかして、私は円香さんに面と向かって「嫌い」と言われて精神を病むのだろうか?
その可能性は大いにある。
あぁ……結局シナリオ通りになってしまうのか……。
そんな事を思い、悲しげに円香さんを見つめていると、円香さんは私の横にしゃがみ込み「どうしたの? 大丈夫?」と優しく声をかけてくれる。
あぁ、やはり天使。
こんな優しい子にいつまでも心配かける訳にはいかない。
「えぇ、大丈夫です。ご心配をお掛けしてすいません」
そう言って私は立ちあがる。
円香さんも訝しげに私を見ながら立ち上がった。
「昨日も倒れたでしょ? 本当に大丈夫?」
「はい、全然大丈夫です!」
「そう、それならいいけど……宇宙……貴女に話があるの。昼休みに時間空けておいてくれる?」
恐れていた事が起きた。円香さんの話なんて1つしかない。
やっぱり、円香さんも昨日の朝倒れた事を気にしていたのか……。
終わった……。
私は昼休みに人生終了のお知らせを、円香さんによって告げられる。
そして私は悪役令嬢 星野 宇宙になってしまうのね……。
「宇宙、聞いてる? まぁいいや。そういう事で昼休み空けておいてね」
そう言うと円香さんは自分の席に戻って行った。
去って行く円香さんの背中を見つめ、一つため息を吐いた私は、黒板に名前を書いてからトボトボと自分の席に戻った。
結局2-Eの委員長は、スポーツマンっぽい爽やかな感じの岩清水君と円香さんに決まった。
私と一緒の図書委員の男子は、前髪が長くて眼鏡をかけた根暗そうな二階堂君だった。
私が「よろしく」と言うと、ぼそっと小さな声で「よろしく」と言われた。
二階堂君とは仲良くなれなさそうだが、今の私にはそんな事どうでも良かった。
私は昼休みに死刑宣告を受ける様なものなのだから……。
♢ ♢ ♢ ♢
昼休み、私は円香さんと廊下を歩いている。
段々人気のない場所へと移動している気がする。
デジャブかな?
そう思っていると円香さんは立ち止まった。
ここって昨日と同じ場所だよね。
呼び出しはこの場所という決まりでもあるのだろうか。
円香さんは私の方へと向き直り、口を開く。
「私、宇宙に聞きたい事があるの」
遂にきたか……。
ゴクリと唾を飲み込み、冷静を装い返事をする。
「はい、なんでしょうか?」
円香さんは言いにくそうに視線を彷徨わせてから、意を決した様に私に言った。
「貴女は生徒会の方達の事やルールを、本当に何も知らないの?」
「はい、生徒会の方達については昨日知りましたが、ルールは未だに全く知りません」
「昨日も言ったけど、本当に宇宙は田舎からでてきたの? 前の学校はどこなの?」
またこの話題か……。
昨日の親衛隊の子達よ、何回も説明するの面倒くさいから、そこは噂で流そうよ!
なぜ肝心な事を黙っている!!
でも、話をちゃんと聞いてくれそうなこの雰囲気……もしかして円香さんは事実確認のために、私を呼び出したのだろうか。
真偽をハッキリさせてから、私の処遇を決めるつもりなのね。
なら誤解が解けるかもしれない。
正直に話せば円香さんに「嫌い」って言われずにすむ。
私の人生はまだ終わらない!!
「前はクロエ聖女学院に通っていました。田舎ではありませんが、外部の情報があまり入ってこないので知らないんです」
円香さんはそれを聞くと、昨日の親衛隊達と同じ様に驚いていた。
皆なんでそんなに驚くんだろう?
クロエ聖女学院に何かあるんだろうか?
少しして我に返った円香さんは「クロエ聖女学院って……でも、あそこには綾女様がいるでしょう?」と言った。
またしても聞く綾女様の名前。
「綾女様とはあまり話した事はありません。他の方々とも……だから知らないんです。円香さんはどうして綾女様をご存知なんですか?」
「本当に貴女は知らないみたいね……綾女様は水野様の婚約者で親衛隊をまとめ上げているお方。これも有名な話よ」
えっ? 何それ?
初耳なんですけど……。
ゲームの中では、蓮様に婚約者がいた設定なんてなかったし。
女の子達は常に沢山いたけども……もしかして、顔もでてないその内の1人が綾女様だったりする?
何その裏設定。全然気付かなかったよ。
綾女様は蓮様の婚約者で親衛隊の元締め。
だから昨日親衛隊の子は、綾女様と知り合いか聞いてきたんだ。
私が知り合いと言ったから、謝って我先にと逃げて行ったのか。納得。
私が1人納得していると、円香さんは呆れたようにため息を吐き、苦笑いした。
「やっぱり噂とは違うようね。貴女がわざと生徒会の方達の前で倒れたと聞いたけど、何にも知らない貴女がするわけないわね」
「もちろんです! どちらかと言うと生徒会とは関わりたくありません」
「えっ? そうなの?」
「はい、生徒会と関わると碌な事がありません。変な噂はたつし、親衛隊に目をつけられるし、円香さんに嫌われたらどうしようってビクビクしたり……」
「そんな事言う人初めてよ。ねぇ……どうして私に嫌われたくないの?」
「それは円香さんと友達になりたいからです!! 友達になって下さい!!」
私は頭を下げて円香さんに手を差し出す。
私の頭の上で、円香さんの笑い声が聞こえる。
「ハハハハ、あーおっかしい。そんな『付き合って下さい』的なニュアンスで『友達になって下さい』も初めてかも。フフフッ」
そう言って笑って、円香さんは私の手を握ってくれた。
「私の事は円香でいいよ、宇宙」
私は顔をあげて「いいんですか?」と思わず聞いてしまった。
だって憧れの名前呼び捨ての許可を貰ったんだよ。
聞き間違いじゃないか疑ってしまっても仕方がない。
「いいって言ってんでしょ。だって友達なんでしょ?」
円香さんに友達と言われた事が嬉しくて、つい大きな声で返事をしてしまう。
「はい! ありがとうございます!!」
「後……その言葉もなんとかならない?」
「口癖なのですぐには無理ですが、なるべく努力します」
「クロエ出身ならしょうがないか……でも、なるべく早く直してよね」
「精進いたします」
私達は固く握手を交わし、2人で仲良く教室に戻った。
良かった……本当に良かった。
私の精神が守られただけではなく、前世を含めての友達第一号ができたのだ。
やっぱり円香さんは思った通り優しい子だった。
まだ「円香」と呼び捨てでは恥ずかしくて呼べないので、取りあえず心の中で呼び捨ての練習をしようと思う。
♢ ♢ ♢ ♢
その一方で校舎の影から宇宙と円香を見ていた人物がいた。
生徒会室へいく途中、女子に着いていく宇宙を見かけたため校舎の影から見守っていた湊。
「まぁーた宇宙ちゃん面白い事してるね」
危なくなったら助けようと気持ちも少しはあるが、大半はまた面白い光景が見れるかもという気持ちで2人を見ていた。
案の定面白い事になっている。
「生徒会と関わると碌な事がないって、当たってるよ宇宙ちゃん」
笑うとばれるので、必死に笑いを堪えるのが大変だった。
堪えているというのに、宇宙は更に笑わせてくれた。
婚活番組の交際を申し込むように「友達になってください!」と今度は頭を下げた。
友達なんて勝手になっているものなのに、あんな風に言う奴を初めて見た。
面白すぎる。
「友達なんでしょ?」と言われた後の宇宙の顔は、まるでチワワの様。
おまけに尻尾の幻影まで見え始める。
「プププ……友達できただけで喜びすぎでしょ」
クロエ聖女学院の生徒と会った事があるが、皆高飛車で傲慢な者ばかりだと思っていた。
なのに、宇宙にそんな様子はない。
「あんな子もいたんだな……。だから、合わなくて転校したのか?」
考えに耽る前にポケットの携帯が震えた。
取り出して画面を見ると『美央』と双子の姉の名前が表示されている。
「やべっ、忘れてた」
湊は慌てて生徒会室に向かい、その場を後にした。