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自分の思考に没頭していると誰かに肩を掴まれた。
驚いて振り向くと、湊君だった。
あれ? さっきまで目の前に居たのにおかしいな?
慌てて辺りを確認するが、すでにヒロインの水谷さんは居なかった。
しまった!! イベントの終盤見逃しちゃった。
ガックリと肩を落とした私に、湊君は威圧的な笑みを浮かべて言った。
「もう水谷さんはとっくに居ないよ。で、宇宙ちゃんは何してるの?」
「あの……えっと……その……」
水谷さんと直接顔を合わせたくなかったと言ったら、理由まで聞かれるよね。
それは困る。
きっと頭のおかしい人認定される。
関わりがなくなるのはいいが、「あの人頭おかしいんです。こわーい」とかウルウル目の湊君に言われたら、一瞬にして話は広まるだろう。
そして学校から家にまで連絡がいき、私は一生精神病院コースへ。
なにそれ、コワッ!!
えーっと何かないか……私の頭よ、働け!!
「か、かくれんぼ!! そう、急にかくれんぼがしたくなったのよ」
私の頭はアホな方に働いた。
かくれんぼって無理がありすぎるでしょ!!
でも、一度口にした言葉は戻らない。
もう笑って誤魔化すしかない……。
引きつった笑顔で笑っておく。
すると、湊君はニコッと笑って「かくれんぼ急にやりたくなる時あるよね」と言ってくれた。
天使!? ここに天使がいるよ!!
人を疑う事を知らない、純真無垢な心を持つ天使の様な湊君。
こんな子に嘘をついたのかと、私は自責の念に駆られた。
でも、しょうがないの。私は一生精神病院暮らしなんて、絶対嫌なの。
ごめんね、湊君。
「で、かくれんぼはもういいの?」
「えっ……えぇ、もう充分楽しみました」
「そっか。また今度一緒にしようね」
そんな満面のエンジェルスマイルで言われたら、頷くしかないではないか。
私はすかさず、肯定の返事をする。
「はい、また今度」
「うん、約束。もう僕生徒会室に行かなきゃいけないから、帰りは送れないけど……地図で大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
湊君は先程書いた地図を私に渡すと「じゃ、またね」と手を振って行ってしまった。
私は湊君の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
湊君を見送って地図を見ると、とても分かりやすく書かれていた。
あの短時間でよく書けたな。しかも、1年で入ったばっかりなのに、細かく覚えているとか凄すぎる。
一体彼の頭の中がどうなっているのか知りたい。
もしかして、攻略キャラならではのチートスキルかな?
スキルがあるなら、できても不思議はないか……。
私もそんなスキル欲しかったよ!!
なんだよ、会話が続かないスキルって!! 聞いたことないよ!!
まぁ、そのおかげで助かってる事もあるけど……。
どうせ転生するなら、モブキャラが良かった。
それなら、スキルも何も関係ない。
そして、がっつりヒロインのイベントを見て……モブなら、この乙女ゲームの世界を素直に楽しめたんだろうなぁ。
そんな「もしも」の事を考えながら、昇降口を目指して歩いて行った。
♢ ♢ ♢ ♢
あの後、湊君の地図のおかげで迷うことなく昇降口に辿り着いた。
この学校は土足なので、靴を履き替えなくていいから楽だ。
これなら、下駄箱にイタズラされる事がなくていいね。
前の学校では何度靴を隠された事か……。
まぁ、いつも同じ場所に捨ててあるので、拾いに行くのが面倒だというだけだったが。
だから私は気にもしていなかったけど、ゲームの宇宙はそんな細やかな嫌がらせで精神を病んでしまった。
宇宙はプライドが高かったのかもしれない。
そりゃ両親や周りにあれだけチヤホヤされれば、そうなってもおかしくはない。
なぜ私がそうならなかったと言うと、きっかけは5歳の頃だったと思う。
同じ幼稚園に「王様」と呼ばれる俺様がいたからだ。
名前は思い出せないが、王様になぜか気に入られた私。
それから、王様に下僕として扱き使われた。
下僕生活を2年も送れば、プライドもクソもない。
今思えば、王様のおかげで私の性格は変わったのかもしれない。
彼がいなければ、私は破滅ルートまっしぐらだったはず。
王様ありがとう!! 初めて貴女に感謝します!!
今頃どこかで彼は元気にやっているだろうか?
昔を思い出しながらクスリと笑う。
その時、ポケットの携帯が震えた。
携帯を取り出し確認すると、蓮様からの着信だった。
私は慌てて電話にでる。
「もしもし」
『もしもし、宇宙ちゃん? 今電話大丈夫?』
「はい、大丈夫です」
『明日の事で電話したんだけどさ、明日の放課後生徒会室に来てくれる?』
やっぱり……。
蓮様の手伝いと言ったら生徒会の仕事しかないじゃないか!!
なぜあんな安請け合いした私!!
生徒会室……それは攻略キャラ達がひしめき合う魔の巣窟……。
あぁ、なんと恐ろしい。
『宇宙ちゃん? おーい、宇宙ちゃーん』
「は、はい!」
『良かった、一瞬電波悪いのかと思った。じゃ、明日の放課後よろしくね』
「えっ、いや、あの待っ……切れた……」
まぁ、どっちみち断れなかっただろうな。
一度引き受けたし。
ただ、生徒会室とは別の部屋で手伝いできないか、明日聞いてみよう。
私が最強スキルを持っていたとしても、4人同時に遭遇するとなると、どうなるか分からない。
攻略キャラ達のキラキラオーラに当てられて、うっかり好きになったりするかもしれない。
ブルッと体が震えた。
あぁ、考えただけで恐ろしい。
取りあえず明日は、今日よりも頑張らなくてはいけないという事が確定した。
明日強風で電車止まらないかな……。
そしたら、学校休みになるのに……。
あれ? 電車で思い出したけど、駅どこだっけ?
通学の時は同じ制服を着た人達に着いて行けば良かったが、今はいない。
呼び出しに時間を取られたため、一般生徒はもう帰ってしまったらしい。
という事は、後学校に残っているのは部活動の生徒ばかり。
今お昼前だから、夜までなんて待てないよ!!
しょうがない……こうなったらアレを使おう。
私はスッと手を上げる。
ハザードランプを点滅させながら、1台のタクシーが目の前に止まる。
私はそれに乗り込み、行き先を告げる。
「星野の家までお願いします」
「えっ? あの星野さんの家でいいの?」
私の家は結構大きくて有名なので、これだけで運転手さんには行き先が伝わる。
住所言わなくていいから、楽でいいね。
「はい。そこまでお願いします」
「わかりました」
♢ ♢ ♢ ♢
支払いを済ませ、私はタクシーを降りる。
久しぶりの電車も楽しかったけど、やっぱり車の方が楽だ。
私今まで大分楽してたのね。
寄り道もできない車での登下校は、ずっとつまらなかった。
だから電車通学に憧れたのに、車の快適さに慣らされた私は、駅まで歩くというのが苦痛に感じる。
たまになら良いけど、毎日だと疲れそう。
まぁ、これも慣れなきゃしょうがないか……。
ため息を吐きながら、玄関のドアを開ける。
両親は仕事でいないみたいで、家政婦の登紀子が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。今日のお昼は、お嬢様の好きな十割蕎麦ですから、楽しみにしていて下さいね」
「それはもちろん登紀子の手打ち蕎麦よね?」
「えぇ、もちろん。北海道から取り寄せたそば粉で打っておりますよ」
「そば粉の事はよく分からないけど、登紀子の作る蕎麦は大好きよ」
「ありがとうございます。では、また後ほど」
登紀子は踵を返してキッチンに向かった。
私は自分の部屋へ向かう。
登紀子の蕎麦楽しみだなぁ。
私が蕎麦好きだと知った登紀子は、それが切っ掛けとなり、趣味程度に手打ち蕎麦作りを始めた。
最近ではもう趣味の範囲を越えてプロ並みの腕前になっている。
もうお店に行かなくても、登紀子の蕎麦で十分だ。
鼻歌を歌いながら部屋に入り、部屋着に着替える。
後は、ご飯が出来上がるのを待つだけ。
そうだ!
待ってる間、攻略キャラ達の情報を整理しよう。
明日のために、もしかしたら何かヒントがあるかも!
私は鞄からノートとペンを取り出し、前世の情報と現在の情報を書き出していく。
ペンを走らせる音だけが部屋に響く。
どれくらいそうしていたのだろう。
登紀子の「ご飯できましたよ」の声で、我に返った。
時計を見ると、あれから1時間程時間がたっていた。
私の目の前には、大体のイベントを書き込んだ年間予定表が出来上がっていた。
これでイベントが起きる大体の時期や場所が、一目で分かる。
後は学校で貰った年間予定表と見比べて、日にちの確認をするだけ。
あー疲れた。お蕎麦を食べてもうひと頑張りだ!!
あれ? なんか思ってたのと違う物ができた気がする……。
まっ、いいか。
明日からはイベントをどこから覗くかの下調べをしなくちゃ!
忙しくなるわね!!
私は弾む足取りでダイニングに向かった。
内容は変えないですが、文章の表現を少し修正するかもしれないです。