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長い廊下を神田先生の後に続いて歩く。
廊下に人影はない。
始業式が終わり、生徒は皆教室で待機している様だった。
現在私は、周りをキョロキョロ見回し、必死で場所を覚えようと努力している。
場所の把握も使命の1つだからね!!
なんて……ただの言い訳です。
私は失念していた。自分が全く男性に免役がないという事を……。
前世でも彼氏なんかいた事ないし、男性と喋るとしてもそれは必要事項のみの、業務連絡に等しい。
今世でも似たようなもの。
幼稚園児の時は喋ってた気がするけど、10年間も女子校に通えば男性に慣れないのも当たり前だろう。
女子にも慣れなかったがな……。
そして先程、関わってもいいんだ! ヒャッホー!! と喜んだものの、いざ喋ろうと思って固まった。
いきなり「先生の香りは香水ですか? それとも柔軟剤?」なんて聞いたら「えっ、何コイツ。気持ち悪!!」と思われないだろうか。
なら先に無難な会話をすればいいが、いったい何を喋ればいいのかわからない。
会話に困った私に、神田先生は気を遣ってくれて「学校の雰囲気はどうだ?」「馴染めそうか?」など喋りかけてくれる。
だが、慣れない男性と2人で歩くというシチュエーションに緊張してしまい「はい」と答えるのが精一杯な私。
私はバカか!!
神田先生が、私なんかに気を遣ってくれてるというのに、なんてザマだ!!
こんな調子だから、私が喋りたくないのだと勘違いされて、先程から神田先生は黙って先を歩いている。
ただ黙って、2人で歩くのも気まずい。
だから私は意識を神田先生から校舎に移し、場所を把握しようとしているのだった。
えぇ、ある意味現実逃避です。
そうしてから、もう10分以上歩いていると思うのですが、教室はまだかな?
いくらなんでも遠すぎやしませんか?
そろそろ、私の精神が持ちそうにありませんが……。
そんな事を思って歩いていると、神田先生が足を止めた。
上を見上げて教室のプレートを確認すると「2-E」と書かれていた。
やっと着いた。
安堵の息を吐き、神田先生に続いて私も教室に入った。
少しざわざわしていた教室が、シーンと静かになる。
あちこちから視線を感じ、居心地が悪くなった私は俯いた。
「始業式には参加できなかったが、転校生を紹介する。星野 宇宙さんだ。星野、自己紹介を頼む」
そう言われ、私は顔をあげて自分の自己紹介をしようとした。
しかし、顔をあげた瞬間目が合ってしまった。
攻略キャラ五十嵐 佑と。
驚いた私は一歩後に下がってしまった。
な、なぜ彼がここにいる!!
同じクラスなんて聞いてない!!
またしても知らない裏設定。
どうやら神様は、私を何としても攻略キャラと関わらせたいらしい。
だがしかし!! 私は抗ってみせる!!
同じクラスになろうが、関わらなければいい話。
そっと彼から視線を逸らし、落ち着くために私は一度大きく深呼吸した。
「星野 宇宙です。慣れない事が多く、皆さんにご迷惑をおかけする事もあると思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
深々と頭を下げ自己紹介をやり切った私に、神田先生は爆弾を投下する。
「良かったな星野。このクラスには生徒会役員の五十嵐がいる。何か困ったら五十嵐にも頼るといい。席も隣にしておいた」
はっ? マジで?
神田、何してくれてんだ!!
貴女は神の御遣いかなんかですか?
神の意思をどんだけ反映させる気なんだ!!
俺良い事したって笑顔の顔を一回殴ってもいいですか?
殴りたいが、殴れない……。
だって彼の綺麗な顔を、誰が傷つけられようか。
私にはできない。
なら、できる事はただ1つ。
さっきと同じで関わらないというだけ。
私の脳内会議で結論がでた時、救いの声があがる。
「えー面倒くせー。子供じゃないんだから、自分で何とかしろよ」
おぉー五十嵐君。君はなんて良いやつなんだ。
もっと言ってくれ!!
期待の眼差しで五十嵐君を見つめると、彼は顔を赤らめそっぽを向いてしまった。
えっ? 終わり? そんだけ?
遠慮しなくていいんだよ?
「そうですよ。佑君がわざわざ面倒みる必要はありません!!」
また別の方角から女子の声があがる。
私はその女子を知っていた。
「ツインテール」
「何、そのツインテールって? 私は橋本 円香。何か困ったら、佑君ではなく私の所に来なさい」
ツインテール、貴女は天使なの?
朝も親切に教えてくれたし、今も助けてくれようとしている。
これはもう友達だよね?
「ありがとうツインテール。よろしくお願いします!」
「だから、ツインテールじゃなくて橋本 円香だって言ってんでしょ!!」
「はい、円香さん。私の事は宇宙とお呼び下さい!」
友達と言えば名前呼びだよね。
憧れの名前呼び。
さぁ、早く私の事を名前で呼んで!!
キラキラと目を輝かせて円香さんの方を見ると、若干引いていた。
「え、えぇ……分かればいいのよ」
ガーン。
名前呼んだのに、呼ばれない。
友達じゃないって事なの?
悲しげに円香さんを見ると、彼女は溜め息を吐いて「佑君に迷惑かけないでね、宇宙」と名前を呼んでくれた。
嬉しい!! もうこれで円香さんと私は友達だね。
ぼっち回避おめでとう私!!
「話は終わったか? では、五十嵐と橋本。星野の事頼んだぞ」
おい神田、話聞いてなかったのか!!
私の面倒は五十嵐君ではなく、円香さんが見てくれると言ってただろうが!!
それに五十嵐君も「しょうがねぇな」とか返事しない!!
さっきめっちゃ嫌がってたのに引き受けるとか、どういう心境の変化ですか!!
あぁーもういい。考える事に疲れた。
結局関わらなければそれでいい。
私は心のオアシス円香さんを眺めて、疲れた心を癒そう。
円香さんは私の視線に気が付くと、ビクッとして顔を引きつらせた。
なんだか小動物みたいで可愛い。いつまでも見ていられそうだ。
少し精神の疲れが回復した所で、指定された席に移動する。
席に着いて荷物を出していると、五十嵐君に喋りかけられた。
「俺は五十嵐 佑。俺の事は、なんでも好きなように呼んでくれ」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。では、五十嵐君と呼ばせていただきますね」
「なんか苗字で呼ばれるの、むず痒いんだけど」
「いえいえ、男性を親しくもないのに名前で呼ぶ事などできません」
「そっか……それとその言葉遣いもむず痒いんだけど」
「すいません。これはクセみたいな物なので気にしないで下さい。不快と言うなら黙りますが……」
「いや、大丈夫。そこまでしなくていい」
「そうですか。ありがとうございます」
「あ、あぁ……」
それ以降、五十嵐君は何か喋りかけてくる事はなかった。
私としてはラッキーだ。
喋りかけられた時はどう切り抜けようか考えたが、私のコミュニケーション能力のおかげで会話は続かなかった。
会話のキャッチボールができないから、会話がいつもすぐ終了しちゃうんだよね。
こんな時に役立つとは思わなかった。
という事は、私が無理に関わろうとしない限り、私のスキルのおかげで、誰とも極力関わらないでいけるのではないでしょうか。
無意識にそれができるなら、これ程楽な事はない。
神様、貴女は重大なミスを犯した。
どれだけ貴女が攻略キャラと関わらせようとしようが、私の持つスキルの前では意味がないのだよ。
あっ、なんか言ってて悲しくなってきた。
まぁ、これで攻略キャラの事を気にせず高校生活が送れるという事。
円香さんという友達もできて、幸先が良い。
今日は円香さんと一緒に帰ったりできるんじゃないの?
憧れの友達との登下校……。
ホームルームが終わったら真っ先に声をかけに行こう!!
そんな事を考えて、ニマニマしている私は気づかなかった。
横からの視線と敵意のある視線に……。