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職員室に入って、すぐ近くに居たおじいちゃん先生に声をかけた。
「あの、今日から2年に転入する事になった星野 宇宙と言います。ここに来る様に言われていたのですが……」
「あぁ、はいはい星野さんね。聞いてるよ。着いておいで」
そう言って席を立ったおじいちゃん先生の後を着いて行くと、今もっとも出会いたくない2人の姿が見えた。
神田先生と生徒会長は真剣な顔をして、2人で何やら話こんでいる。
私はなるべく目立たない様に、おじいちゃん先生の影に隠れつつ移動する。
しかし、おじいちゃん先生は2人の前で止まってしまった。
えっ!? ちょっと待って!
凄く嫌な予感がするのですが……。
「神田先生お話中すいません。今日から我が校に通う転入生の星野さんを連れてきたので、後は頼みましたよ」
そう言ってニコニコしながら、先程の席へと戻って行くおじいちゃん先生。
ノオォォーーーー!!
カムバックおじいちゃん先生!!
私を1人にしないで!!
心の中で叫んでみたが、もちろん聞こえるはずもなく……私は神田先生と生徒会長の間に取り残される事になった。
やっぱり今日は厄日だ。
おかしいな……。
さっき華麗に関わりを避けたはずなのに、先程よりも避ける難易度が上がっている気がする。
「君はさっきの……やっぱり顔色が悪いようだが、本当に大丈夫なのか?」
生徒会長のキリッとした眉毛が下がり、心底心配してくれているのが分かる。
でも、顔色が悪いのは貴女達のせいですとは言えない……。
冷や汗がダラダラと私の背中を流れる。
「そういえば星野は今朝倒れたんだったな。お前本当に顔色が悪いぞ」
私の顔を覗き込みながら、神田先生も心配してくれる。
ふぁーーー!!
近い!! 近いです!!
神田先生の美しいお顔がすぐそこにっ!!
できる事ならガン見したい!!
だって、一推しキャラの神田先生が目の前にいるんだよ!!
それに、なんだかとってもいい香りもするのです……。
ちょっとぐらい……。
いやいや、ダメだ。大人の色気に惑わされるな。
私は同じ過ちを繰り返さない女。
今はこの場所から一刻も早く立ち去り、友達を作るという使命を果たさなければならない。
話が長引くのは御免蒙る。
私は一歩大きく後に下がり、脳をフル回転させた。
「全然大丈夫です。きっと色が白いから顔色が悪く見えるだけですよ」
「そうか? 今は赤い気がするが……」
「はぁー、今日はなんだか暑いですねー」
「今日はそんなに暑くないと思うが……」
「私とっても暑がりなんです」
そう言って、手でパタパタと自分を扇ぐ。
「それならいいが……まぁ、丁度良かった。今からホームルームがあるから一緒に教室に行くぞ」
「えっ?」
「あぁ、悪い。俺は神田 創。お前のクラス2-Eの担任だ」
そう言って爽やかに笑う、我が担任神田先生。
神田先生は星野 宇宙の担任だったのか。
そんな裏設定は知りませんでしたよ……。
「そしてコイツは須藤 樹。3年で生徒会長をしているから、何か困った事があれば相談するといい。んで、こっちは転入生の星野 宇宙。分からない事が多いだろうから、何かと気にかけてやってくれ」
「分かりました。星野、何かあれば俺に気兼ねせずに言ってくれ。きっと力になれると思う」
ほげぇーーーー!!
やめて!! 私に構わないで!!
神田先生の優しさめっちゃ有り難迷惑!!
そして生徒会長も嫌な顔せず引き受けないでー!!
親切心は有難いが、私は心を鬼にして断らせて貰う!!
「いえ、大丈夫です。それに、生徒会長ともなれば色々と仕事があって大変でしょう?」
「遠慮しなくていい。星野1人ぐらい気にかける余裕はある」
「いえいえ、ご迷惑をおかけするわけには……」
「別に迷惑じゃない」
「そ、そうですか……なら本当に困った時はお願いしますね……」
「あぁ、そうしろ」
キラキラ笑顔の生徒会長に言われて、私の中の鬼も、攻略キャラの優しさの前では役に立たなかった。
結局断り切れない小心者の私……。
でも、まだ大丈夫!!
私が相談しなければいいだけの話だ。
そして、近付かなければいい。
それで生徒会長との関わりは無問題!!
後は神田先生が担任だという問題。
担任だと毎日会ったりして、結構関わりがあるよね……。
極力目立たない様に過ごすしかないかな……。
いや、待てよ。
神田先生ルートのライバルキャラは、佐々木先生。
という事は……私関係ないよね?
関係ないなら、大好きな神田先生をがっつり眺めようが、関わりを持とうが大丈夫という事。
なぁーんだ、あせって損した。
さっき気づいていれば、先生の顔をもっとしっかり見たのになぁー。
大好きなキャラが私の目の前で動いて、喋って、おまけにいい香りまでする。
ゲームでは分からなかった事が、これからどんどん分かっていくのかもしれない。
なにそれ……楽しみすぎる!!
ビバッ、高校生活!! 転校して良かったー!!
この学校に来たからこそ、破滅ルートを回避しなければならないという面倒があるのだが……またもやそんな事は頭からすっぽ抜け、私は心の中でガッツポーズを決めていた。
「そうだ、星野。遠慮せずにこき使ってやれ。という事で須藤。この書類頼むな」
「分かりました。星野またな」
神田先生から何か書類を受け取ると、そう言って笑顔で立ち去る生徒会長に、私は反射的にペコリと頭を下げた。
できる事なら、もう2度と関わりませんように。
そう願いを込めて生徒会長の背中を見送った。
「さっ、俺たちも行くぞ」
「は、はい!!」
神田先生は私の横を通り過ぎ、先に歩いて行ってしまう。
すれ違う瞬間、またもやいい香りがして、頭がクラクラした。
恋愛では嗅覚に訴えるのは効果的と聞いていたけれど、こんなにも効果があるものなのか。
香りだけでドキドキしてくる。
なんの香りだろう?
柔軟剤か香水か……。
そんな事を考えながら、私は慌ててその後を追いかけて行った。
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