番外編 放課後の生徒会室(蓮視点) 後編
生徒会室を出てしばらくすると、湊がもう堪えきれないとばかりに吹き出した。
「ぷはっ、ハハハハハ……皆の憧れ蓮様が……胸元を開けすぎて腹痛とか……ハハハハハハ……し、死ぬ……ぷっふふふ」
俺を見て涙を浮かべながら笑う湊を、俺は睨みつける。
「蓮、本当にトイレに行かなくていいのか?」
佑は佑で、純粋に俺の心配をしてくれている。
お前はいい奴だな佑。
「佑……俺が痛いのは腹じゃねぇ。湊の馬鹿力にやられた手首が痛いんだ」
「そ、そうだったのか……そりゃ、痛ぇわ」
そう言って俺の手首を見た佑は顔が引き攣っていた。
俺も佑につられて自分の手首を見ると、湊の手形型に掴まれた所がくっきりと赤く腫れていた。
正直気持ち悪い。
可愛い女の子の手形なら俺は喜んで受け入れただろう……しかし、これは男の手形。
俺は受け入れられなくて、全身に鳥肌がたつ。
「湊! お前なんて事してくれてんだよ!」
「へっ?」
湊は涙を拭いながら俺の手首を見た。
「良かったね。僕の手形なんて貴重だよ」
湊は俺に向けてエンジェルスマイルを向けてきた。
だが、俺にそんな物通じないわっ!
「『貴重だよ』じゃねーわ! どうしてくれんだよ、これ!」
「ごめんなさい……だって今日新入生実力テストがあって、ストレスが溜まってたんだ。そしたら、丁度いいおもちゃ……息抜きを見つけたんだよ……」
シュンとしてこちらをチラチラ見てくる湊。
お前、反省してる風を装ってるが、全然反省してねぇーだろうが!
しかも、理由がふざけすぎだろ!
「蓮、湊も反省してるし許してやれよ。悪気があってやったわけじゃないだろうし」
佑!
お前は耳が悪いのか!
人の事「おもちゃ」扱いしてる時点で、悪気100%に決まってるだろ!
「蓮……ごめんなさい」
湊が俺に近づきもう一度謝ってきた。
しかし、俺はそう簡単に許してやる気はない。
「許してやってもいいけど、左手が痛すぎて俺仕事できないなぁー」
俺、頭いいわぁー。
樹に押しつけられた大量の仕事を湊に全部振れば、俺は晴れて自由の身。
可愛い女の子と久しぶりにデートとかできちゃうなぁー。
最近忙しすぎて、全然遊べてねぇからな。
念押しとばかりに「あぁー手が痛ぇー」と言っておく。
「大丈夫か? 確かにその手じゃ仕事しにくいかもな」
いいぞ佑!
もっと俺の援護をしろっ!
「ふーん、その程度で僕に仕事全部押しつけるんだ……」
シュンとしていた態度とは打って変わり、湊からドス黒いオーラが放出されている気がする。
湊の笑顔が怖えぇ……。
だが、ここでビビって引くわけにはいかない!
なぜなら、俺の下半身事情が関わっているからだ!
「だいたい湊が悪いんだろ? 俺の手首を握り潰すから……」
「それ、もう謝ったよね?」
えっ?
謝ったからもういいって事?
いやいや、それはないだろう。
俺は湊の八つ当たりという理不尽な暴力を受けたんだ。
しかも、宇宙ちゃんの前で恥もかかされて、簡単に許すわけがないだろう。
「でも、俺は許してないもん。それに、お前が本気だせば俺の仕事が増えたって余裕だろ?」
「あぁ、そう……別にいいんだよ? 僕が全部仕事やったって。本気だすのが面倒なだけだから。でも、いいのかなぁー? 僕全力で何かやった後、ストレスが溜まってSNSとかで何か余計な事言っちゃいそうなんだけど……」
そう言って湊は、俺の方を見て黒い笑みを浮かべた。
一体お前は何て事を言い出すんだ!
俺を脅す気か!
昔の湊はこんな黒い笑みを浮かべる様な子じゃなかったのに……。
純粋で良い子だった湊を、一体誰がこんな子にしてしまったんだ……。
美央だな。
あぁ、分かっていた……分かっていたさ!
ただ現実逃避したかったんだよ。
はぁー、また当分お預けか……。
「分かったよ。許すから、それだけはやめてくれ」
「えぇー、蓮のネタが一番多いから面白そうだったんだけどな……」
心底残念そうな顔をするのはやめなさい!
幼馴染み怖えぇ。
思い当たるネタが多すぎて、おれは冷や汗がさっきから止まらない。
「湊、後でジュースでもアイスでも買ってやるから、それだけはやめなさい!」
「口止め料にしては安すぎるけど、まぁ今回はジュースでいいよ」
湊からドス黒いオーラは消え、いつもの穏やかな空気に戻った事で、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「いつものミルクティーでいいのか?」
そう聞いたのに、湊からの返事はない。
湊がある一点を見つめて、また悪い笑みを浮かべた。
何を見ているのかと湊の視線を追えば、昨日俺達の前で倒れた女が中庭でウロウロしていた。
アイツあんな所で何してんだ?
挙動不審でちょっと怖いんだが……。
「蓮、僕ちょっと遊んでくるね」
それはそれは良い笑顔で湊は言い、彼女に向かって歩いて行く。
新しいおもちゃを見つけたか……まぁ、俺が被害にあわないならそれでいい。
頑張れ昨日の子!
俺は無言で彼女にエールを送った。
「あっ、ちょっと! 湊だけ遊びに行くとかズリィぞ! 俺も遊ぶ!」
そう言って、佑も湊の後を追って行く。
佑……湊の遊ぶはお前が考えている様な遊ぶじゃないぞ……。
まぁいいか。
俺は取りあえず保健室に湿布を貰いに行くとするか。
♢ ♢ ♢ ♢
湿布を貼って生徒会室に戻ってくると、宇宙ちゃんが俺の机の上から大量のプリントを運んでいた。
おぉ、俺が目を逸らし続けたあの大量のプリントを宇宙ちゃんが代わりにやってくれるのか。
本当に宇宙ちゃんに助っ人頼んで良かった。
そう思って眺めていると、下の絨毯に足をとられたのか宇宙ちゃんの体が傾く。
危ないっと思い、俺は咄嗟に宇宙ちゃんに駆け寄り、彼女の体を抱き留めた。
良かった、間に合った……とホッとしていると、宇宙ちゃんが顔をあげて「す、すいません……」と言って俺と目が合う。
「大丈夫?」と聞くと、宇宙ちゃんは可愛らしい笑みを浮かべた。
昨日も思ったけど、普段はキツい顔がへにゃっと崩れるのは、破壊力凄すぎませんかね?
俺がそんな事を思っていると、宇宙ちゃんは「はい、大丈夫です。ありがとうござい……」とそこまで言って固まってしまった。
段々と顔が赤くなり始め、どうやら俺が宇宙ちゃんを抱きしめているこの状況を理解して、恥ずかしくなったみたいだ。
可愛いな。それに、久しぶりの女の子との密着で凄く癒される……。
特に湊にいじめられた後の今は……。
俺が宇宙ちゃんに癒やされていると、バサバサーっと宇宙ちゃんが持っていた大量のプリントが床に散らばる。
「もー何してるの宇宙ちゃん」
はぁ、俺の癒しタイム終了か……。
名残惜しくも宇宙ちゃんから体を放し、しゃがんでプリントを拾い集める。
宇宙ちゃんは顔を真っ赤にして「すいません、すいません」と謝りながらプリントを拾っている。
初心な宇宙ちゃんには限界だったか……そんなに謝られると、ちょっと罪悪感が湧く。
すぐに離れる事もできたけど、俺の癒やしの為にすぐに放さなかった俺が悪いからな……。
俺は苦笑いを浮かべて、罪滅ぼしのためにせっせと床のプリントを拾っていく。
後少しという所で、宇宙ちゃんが俺に喋りかけてきた。
「蓮様、その手首どうされたんですか?」
「あぁ、これ?」
俺は手首に貼った湿布を指差す。
「これは……」と言いかけた所で、湊が俺達の間に割って入った。
手に持った1枚のプリントを「はい、これ」と言って宇宙ちゃんに手渡す湊。
遊んでた割に、帰ってくるタイミング良すぎだろ湊……。
宇宙ちゃんには言うなって事か?
そう思って俺は湊を見るが、湊は宇宙ちゃんに笑顔を向けてこっちを見ない。
「ありがとうございます。皆さん帰って来てたんですね」
「うん、そしたらプリントが散乱してるから驚いちゃった」
「す、すいません。私の不注意で……」
「いいよ。僕も手伝うね」
話題を上手く逸らしたな湊……。
湊はニコニコと上機嫌でプリントを拾っていく。
そんな湊を横目に俺も黙々とプリントを拾う。
しかし、宇宙ちゃんはまた思い出したのか「そういえば蓮様、お腹は大丈夫ですか?」と聞いてきた。
俺はどう答えようかと湊の方を見ると、ドス黒いオーラを再び放ち「SNS」と口パクで言ってきた。
宇宙ちゃんが俺につられて湊の方を見ると、湊はドス黒いオーラを一瞬で消し、エンジェルスマイルを作っていた。
湊……お前器用な奴だな……。
まぁ、それはいい。今回は俺の負けだ。
俺は両手を軽くあげ、降参の意を湊に示すと、湊はうんうんと頷いていた。
はぁーっとため息を吐くと、俺は宇宙ちゃんに「もう治ったよ」と告げた。
あぁー、これで宇宙ちゃんの中の俺のイメージは「くそダセぇ奴」だと確定した。
俺は肩を落として、プリントを机の上に置くと自分の机へと向かった。
椅子に座った所で宇宙ちゃんの声が生徒会室に響いた。
「ごめんなさい! 以後気をつけます」
そう言って宇宙ちゃんは美央に頭を下げていた。
美央はうんうんと頷き「以後気をつけるように」と偉そうに宇宙ちゃんに言っていた。
何この2人の関係……。
俺達が居ない間に一体何があったんだ?
湊と一緒に生徒会室に入ってきた佑は、樹に呼ばれて書類を受け取っていた。
先程のやり取りを聞いていて佑も疑問に思ったのだろう「何に気をつけるんだ?」と宇宙ちゃんに聞いた。
すると宇宙ちゃんは、真面目な顔をしてそれに答えた。
「男性役員とは2m以上の距離を空けるという事です」
それを聞いた俺は「またか……」と頭を押さえた。
でも納得だ。
普通の女子ならそれを受け入れずに反発する。
そしていつも美央と険悪な雰囲気になるのだが……宇宙ちゃんは美央の訳分からんワガママを素直に受け入れてるから主従関係みたいになっているのか。
佑は理由を知らないので「なんで?」と聞いていた。
佑の質問に急にモジモジしだした宇宙ちゃん。
「なんでと言われましても、それが美央ちゃんとの……と、友達との約束ですから!」
宇宙ちゃんはそう言うと顔を真っ赤にして、恥ずかしいのか頬を手で覆っている。
美央はその様子を見てニヤッと笑うと書類に視線を戻し、宇宙ちゃんに向かって親指を立てた。
それを見て何やら感激している様子の宇宙ちゃん。
美央の頬は少し赤くなっていた。
美央の奴照れてやがる……。
友達と言われて嬉しかったんだな……。
ほとんどお前ぼっちだったもんな……。
でも、端から見ると友達というか女王様と下僕みたいだぞ。
俺は呆れた眼差しで美央を見る。
樹も湊も同じ様な事を思ったのか、呆れた様子で美央を見ていた。
佑は……何も分かってないようだな……。
今度気が向いたら教えてやるよ。
俺は佑の傍まで行くと、佑の肩をポンっと叩いた。




