3-A 朝の風景
入学式の翌日、影郎は朝8時過ぎには高校に到着した。
そして、教室の廊下側後方にある、自分の席についていた。
本当は、もっと遅めに登校する予定だった。
が、自宅の最寄りの阿佐ヶ谷駅から、学校の最寄りの上野駅までの所要時間を調べず、概算で見当をつけて家を出た。その結果、もくろみよりもだいぶ早く着いてしまった、というワケだ。
始業時刻の8時半までの時間は、無為に過ごすには、少々もったいない。
「ま、いいや」
影郎は、朝から気分がよかった。理由は2つある。
1つ目は、入学初日に、2人もの人間と知り合いになれたことだ。影郎にとって、それはかつてないことだった。
しかもそれが女の子とあっては、いやおうなしに期待が高まるというものだ。彼も、詮ずる所は男なのだ。
2つ目は、昨夜、自分には魔法の才能があるかもしれない、ということが分かった点だ。
たとえ魔法でも、もしも誰もが行使し得る、ありふれたものだったとしたら、影郎は少しも、ありがたがらなかっただろう。
しかし、それは実際には、扱える者が日本で100年間に10人も現れないような、稀有な能力だという。このことは、影郎にもある変身願望のようなものを、大いにくすぐった。
それで彼は、ひょっとしたら中学校のときよりも、ずっと楽しい高校生活になるかもしれない、などと考えていたのだ。
もう1ついえば、昨日、化け物退治などという非現実的な仕事の誘いを、あっさり引き受けたのも、この2点が主要な動機だ。
8時15分ごろ、4、5人の女子生徒の一団が、教室に入ってきた。
先頭は、深い黒髪を短く切り揃えた、大きく意思の強そうな瞳の少女。海堂らんだ。
対していちばん後ろが、時折り茶髪にも見える黒髪を肩甲骨まで伸ばした、まん丸い瞳の人物。こちらは天宮晴日だ。
間にいる若干名も、昨朝らんたちと一緒に、写真を撮っていたメンツだ。
彼女らは、雑談に興じながら着席した。全員が窓側前方、つまり影郎とは反対側の座席だ。
らんを他の者がとり囲むような格好になっている。
「ところで、朝のニュース見た?」
晴日やらんとは別の女子が、話題を替えた。
「どんなん?」
らんがそのほうに身を乗り出す。
「妙高ルークが結婚するんだって」
「ああ、それホンマやったんや」
「聞いたことあったの!?」
「前にインターネットのニュースで見てん。もう、1週間くらい前やったんちゃうかな?」
「ショックだわあ。わたし、好きだったのに」
「えー? 鹿シンイチのほうがイケメンちゃう?」
どうやら芸能人の話題のようだ。
影郎は、この方面には全く関心がない。聞いても、外国語のようにしか認識できない。
「わたしは妙高ルークのほうが好みかな」
別の1人が、スマートフォンの画面を見ながら言った。2人の顔写真を、見比べているらしい。
「ええー、嶺まで!?」
らんが驚く。
「だって鹿シンイチって、けっこう年配に見えるんだもの。――晴日ちゃんはどう?」
嶺と呼ばれた子は、晴日の机にスマートフォンを置いた。
「んー、私は……」
晴日は2、3秒考えた後、画面の1点を指さした。
らんががっくりとこうべを垂れる。晴日も妙高ルークとやらを選んだことが、見てとれた。
その後もらんたちは、歌手やバラエティ番組について、語り合った。始業のチャイムが鳴り、鳥尾先生が教室に現れるまで、一瞬たりとも話は途切れなかった。
らんは、一緒にいた子たちの中でも、特によく喋っていた。
対して晴日は、自分から発言することは少ない。らんらに何かを訊かれたら、それに答える程度だ。