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魔法少女3人寄ればかしましいなんてモンじゃない  作者: よしゆき
第13回 生き霊の言い分とは
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13-E ヨリビトと生き霊との対話(2)

 近ごろ、毎晩のように、萩原の寝ている姿を、夢で見るようになった。

 自分はいつも、その首を絞めようとする。けど近づこうとしても、体が宙に浮いて、なかなか前に進めない。それで手が届く前に、目が覚めてしまう。

 それでも夜毎、同じことをくり返した。そのうち少しずつ、萩原の近くへ這い寄れるようになっていった。今宵あたりにでも、彼の首に手をかけられるような気がしていた。


 そんな矢先に、思いもかけないものが手に入った。

 他人の体だ。どうも、高校生くらいの男の子のようだ。力もありそうだし、運動神経も悪くないみたいだ。

 夢で萩原の首を絞めても、目が覚めれば、それはただの幻かもしれない。けどこの体を使えば、きっと彼に、自分の憎悪をぶつけることができる。それも、自分は誰からも非難されることなく。

 さあ、今すぐ行こう。彼の所へ。彼に再び、正義の裁きをお見舞いしようではないか。


――ちょっと、待てよ?――


 少年の体を支配する、もう1つの心が、疑問を呈した。


――それは本当に、正義といえるのか? 約束を反故にして、いったん解決した争いを、再燃させることが――


『約束などは、どうでもいい。大切なのは、今のままではわたしの感情が収まらない、という点だ』


 彼の体を突き動かそうとする、強い恨みの感情が息巻く。


――もしも約束が、果たさなくてもよいものだとしたら、どうしてひとを信用することができるのか? 感情は、そこまで厳格に貫徹されねばならないものなのか? 誰もひとを、信用できない世の中になっても?――


『悪から害を受けた者の感情が晴れない決着のつきかたなど、どう見ても正義からかけ離れている』


――だとしたら、何かをされたほうの感情が満たされない限り、やったほうは己の得たものを、永遠に失い続けることになる。人を永久に責め苛むようなやりかたで、悪に対して示しがつくのか? 正義は、争いを終わらせる努力を放棄するのか――


『いちど悪をなしたからには、どんな悲惨な人生を歩んでも、文句は言えないだろう』


――なぜそこまで徹底的に、どちらかが華やかな勝利を収め、もう片方が陰惨な末路を迎える結末が、固持されなければならないのか? 双方に将来が残る終わりかたは、存在しないのか――


『正義の勝利と悪の敗北は、全ての者の目に焼きつけられなければならない。悪は正義の前にひれ伏せ。勝敗は誰の目にも、明らかな形で示されるべきだ』


――では、わたしが正義だと誰が決めたのか? 悪の敵は常に正義なのか? 悪と悪が仲たがいをすることはないのか?――


『何が正義かを定めるのは、人の感情だ。人間には、正義の心が備わっている。そして、わたしの感情は、わたしが正義だと言っている』


――人の感情は、同一のできごとには常に、同じ反応をするものなのか? 個々人の好みや、そのときどきの気分には、影響されないのか?――


『同じでなくて何が悪い? 影響されて何が悪い?』


――それでは、同じ悪事を働いても、その相手が誰であるかや、そのときの相手の機嫌によって、受ける報復の程度がぶれることになる。こんなのは不公平だ。正義は、公平と相容れない概念なのか?――


『公平である必要はない。人の感情こそが、何よりも大事だ』


――ではなぜ、わたしはほかの人から悪者呼ばわりされるのか? なぜ誰もわたしを仲間にしてくれず、かえって苦情を寄せるのか? 彼らの感情はどうでもいいのか?――


『それは、会社や近所の連中が間違っているだけだ。正義が悪を屈せしめる事業のためには、第三者もそれなりの負担を甘受しなければならない』


――彼らは己の感情に基づいて、そうではないという判断を下したのだ。なのになぜ、それが間違いだと言えるのか? 正義を規定するのは、感情ではなかったのか?――


『論理的に整合するかどうかは、重要ではない。わたしの感情こそが正義だ』


――約束は果たされず、いさかいはいつまでも再燃し続け、人は公平に扱われず、赤の他人は犠牲を強いられ、論理的な矛盾をはらむ。そんな正義が、誰を幸せにするのか?――


『それでは、あの男をどうすればいい? あのような悪を、のさばらせておけばいいのか』


――わたしにあの男を裁く義務はない。復讐心でなく、公益のために彼を苛むだけならば、ほかでもないわたし自身が、身を捨てる必要はない。わたしは、わたしの生活を立て直すのに、専念すればいい――


『それでは、わたしの感情が収まらない。悪は裁かれるべきだ』


――いちど彼を破滅に追いやったが、わたしの感情は晴れなかった。いま再び同じことをしても、感情が収まる当てはない。四六時中、憎い人間のことばかり考えても、ますます不愉快になるだけだ――


『…………』


 影郎の心を覆っていた恨みの感情は、いったんいくばくか和らぎ、次いで抜けるように消え去った。

 その瞬間、彼の意識の大部分は、空洞になった。脳の9割が眠り、残りの1割で考えているに、等しい状態だ。

 だが少しずつ、彼本来の心が拡大していく。そして、思考のすみずみまで行きわたった。

 五感が働き、周りのことに注意が向くようになった。

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