13-A 新幹線の中の会話
8月上旬のある日、影郎たちは、早朝の新幹線で名古屋に向かった。
メンバーは影郎、晴日、らん、早月、ライナ、辰午、初恵の7人だ。
高校生5人は、海側の3人がけシートを2列、向かい合わせにして、これを占拠している。
前の列は、窓際が晴日で通路側が影郎。後ろの列には、窓側からライナ、早月、らんの順で座った。
大人2人は、山側の2人がけシートのうち、らんたちと同じ列を占めた。窓側が初恵だ。
夏休みであるせいか、車内はかなり混んでいた。
とはいえ早朝だし、盆の時期とはずれている。その上、東海道新幹線はおよそ3分おきという、凄まじい頻度で運行している。だから、全ての席が埋まるということはない。
車内にいるのは、仕事での移動と思しきスーツ姿の人間と、家族連れがほとんどだ。ほかには、大学生らしき若者と、海外からの観光客がちらほらいる。
「みんなで名古屋へ行けるなんて、役得やわ。たまにはこうゆうのもええよな」
らんは大喜びしている。
「本当の目的は、式神退治だけどね。まあでも、仕事中以外は、存分に楽しむといいよ」
その言葉と対照的に、辰午の表情はいくぶん硬い。
「シンゴも初恵さんも、何で日帰りなんだよう?」
早月は、不満を申し伸べる。
「しかたないよ。明日、東京でしごとなんだから。君たちもう高校生だし、大人のつきそいなんか、要らないでしょ?」
「ボクは要らないけど、シンゴはついてきたいんじゃないの?」
早月がそう言うと、初恵が「ふふっ」と吹き出した。
「もし行きたいとしたら、君たちが人に迷惑をかけないか、見張るためだね。僕、学生のとき名古屋には何度か行ったから、とり立てて見たいものとかはないんだ」
「もう! ああ言えばこう言う」
「奇遇だね。僕も今、それを言おうとしてたところなんだ」
影郎たちはこの日、愛知県警の本部長に対し放たれた式神を、倒すことになっていた。
式神が現れるのは夜だから、当日は名古屋で一泊し、次の日に帰る予定だ。だから、2日目は名古屋の観光をしようと、皆で話し合って決めていた。
ホテルの予約は、とうの昔に完了している。
「どうして名古屋に着いたら、まず萩原さんに会うの?」
晴日が辰午に尋ねた。
萩原は愛知県警の本部長のことだ。フルネームは、萩原健活という。
「人脈づくりのためだよ。君たちのこれからを考えると、重要なポストについてるかたがたと、顔見知りになっておくのは、計り知れないほど有益だからね。式神退治とかでSSSと関わるかたには、いつも僕のほうで、『ひと目でも会ってくれないか』ってお願いしてるんだ。みんな忙しくて、これまで誰も応じてくれなかったんだけどね。僕も萩原さんに直接お会いするのは初めてだから、ちょっと緊張してるよ」
辰午の顔がこわばっている原因は、この点だった。
「ふうん。打算的なのね」
「打算的? 僕にとっては、これ以上ない褒め言葉だよ」
「じゃあ、今のとり消し」
晴日のトゲを含んだ物言いに、初恵はまたも笑いそうになった。
「名古屋で、どんなものを見るんでしたっけ?」
ライナが早月に問う。
「らん、旅行ガイド見――」
「ん」
早月が言い終わるよりも先に、らんが膝の上に置いてあった雑誌を、早月の目の前に突き出した。
「えっと、お城でしょ、栄でしょ、それから科学館、水族館、中部国際空港……。そんなところかな?」
早月は旅行ガイドをめくり、目的地1つ1つの写真を、ライナに指で示した。
「あと、大須商店街」
らんがつけ足す。
「そうそう。大須商店街はこれね」
早月はさらに、1つの写真を指さした。
「1日でそんなにたくさん、回れますか?」
「たぶんムリ。ほら。この前みんなで、優先順位を決めといたでしょ? だから、時間内に行けるところだけ行くの。そのほうが慌てずに、じっくり見て回れるし」
早月はカバンから何かを出そうとして中をごそごそまさぐった。しかし結局何もとらずに、カバンを足下に置いた。
旅行の計画を書いたメモを見ようとしたが、カバンの奥のほうに沈んでしまい、面倒になったので探すのを諦めた、といったところだろう。
影郎たちは名古屋に1拍2日、滞在する予定だ。ライナが「1日で」と言ったのは、実質的に物見遊山にあてられる時間は、2日もないからだ。
「嶺ちゃんも一緒だったらよかったのにね」
晴日は溜め息をついた。
「同感やな。仕事で来とるんとちゃうかったら、問題なく連れてこれたんに」
「せめてお土産だけは、豪華なの買おうな」
影郎が言った。
彼は、テスト返しのときに嶺から、「らんたちと親しい」という理由だけで、自分も北海道の土産をもらえたことを、忘れていなかった。
「そういうところは案外、律儀なのね」
晴日がすかさず反応する。「案外」というところだけ、妙に語気がこもっていた。




