12-B 登校日の放課後
始業時刻になると直ちに、試験の答案が生徒たちの元に戻された。そして、各科目の担当教員が、採点雑感を述べた。
全てが終わったとき、時刻は正午前だった。
影郎はすぐさま、晴日たちの席の辺りをちらと見た。
するとそのそばに、彼女ら4人とはまた別の女子生徒が1人、立っていた。ニキビと福耳の人物だ。
よく晴日たちと会話の輪の中にいるのを、見かける子だ。そのため影郎は、話をしたことこそないものの、顔はよく覚えている。
何度からんが、彼女の名前を口にしたはずだ。しかし、それがどうも思い出せない。
「ねえねえ、みんな。この学校が心霊スポットになってるって、知ってた?」
女の子が口を開いた。
「えっ、そうなん? 初耳やわ。っちゅうか直子って、そうゆうの好きやよね」
らんは立ち上がりかけていたが、再びいすに腰を落とした。
晴日、早月、嶺もこれにならう。
そう、福耳の女子生徒の名は、直子だ。
「ネットでも、話題になってるのよ」
直子はスマートフォンを、早月の机に置いた。
晴日たち4人は、一斉に画面に注視する。晴日とらんの席は早月の前なので、前2者は、いすを後ろに向ける形になる。
「『東京成鸞館高校で過ごした戦慄の夜』? 三笠さん、よくこんなの見つけたわね」
嶺が笑った。興味半分、呆れ半分といった面持ちだ。
彼女の言によれば、直子の名字が三笠であるようだ。
「3階の講堂に、舞台があるでしょ? その下に、小道具とかを置くためのスペースがあるんだけど、そこで見たんだって」
直子の言う講堂とは、全校集会などをするための広間のことだ。
入学式や終業式といった式典のほか、体育の授業なんかにも、利用される。
いちばん奥に、ステージがある。それが、吹奏楽部や演劇部の発表などに、重宝している。
「その『見た』のが、幽霊か何かだって?」
早月が問うた。
「そうそう。青白くて宙に浮いてて、扉を開けた瞬間、こっちをものすごい顔で睨んでたんだって」
直子は少々、興奮ぎみだ。
「うーん。そのときの状況がもう少し詳しく分かんないと、何を見たのか――?」
早月が言い終わるよりも先に、その目の前に直子が、スマートフォンを突き出した。
促されるまま、早月は画面上の文面を声に出して読んだ。次のような内容だ。
――ステージ直下には何かがいると、以前から聞いていた。そこで、友人2人と一緒に講堂に忍びこんだ。今年の6月、午後8時半ごろのことだ。
舞台袖から、問題の部屋に通じる扉を開けると、入り口のすぐそばに、人型の何かが浮かんでいた。それは足が床から約30センチメートル離れ、青白い光を放っていた。そして恐ろしい目つきで、こちらを凝視する。
怖くなって扉を閉め、いちもくさんにその場から逃げ出した。どこまで走っても、青白い光があとを追ってきた。
3人は玄関を飛び出し、校門も抜け、ようやく何も近づいてこないことを確認して、胸をなで下ろした――
「この学校、6時になったら校門、閉まるんじゃなかったっけ?」
読みおえてから、早月は言った。
「例外はあるわよ。科学部の顧問が熱心で、ときどき8時ぐらいまで、活動させてくれることがあるんだって。それから今は、文化祭実行委員会が、連日遅くまで会議とかやってるわよ」
直子が言った。
「へえー」
「どう、晴日。怖いでしょ?」
直子は、晴日の肩に手を乗せた。
「え? どうして私?」
晴日は、特に自分が指名された理由が、分からないようすだ。
対照的に、らんと早月はニヤニヤしている。嶺は何やら息苦しそうだ。笑いをこらえているように、見えなくもない。
「だって晴日、『円環』の最初の10分で失神してたじゃない」
「あ、あのシーンに幽霊なんていなかったじゃない! 私は血がふき出すのが気持ち悪かっただけで――」
「はいはい、そういうことにしときましょうねえ」
直子と晴日の言い合いが、しばらく続く。
らんと早月は面白がって、数たび横槍を入れた。
文脈から察するに、直子の言う「円環」は、ホラー映画の題名のようだ。
「話を戻すけど、扉を開けてもすぐ怖くなって閉めたり、脇目もふらずにひたすら逃げたんでしょ? それだと、人型の何かも青白い光も、よく見てなかったってことじゃん。これじゃ、幽霊かどうかは判断できないよ」
早月がいち早く、平素の落ちつきに戻る。
「でも追いかけられたのよ? それに、この学校の土地柄、ちょっといわくつきらしいわよ」
直子は、さらにスマートフォンをいじり、早月の真ん前に置いた。
早月は再度それを持って、画面の記載を音読した。
ナル高の付近に、江戸時代の処刑場があった。関東大震災で、特に人が多く死んだ。青山霊園から鬼門の方角にある……。そういった類の内容だ。項目数は、実に20に及ぶ。
「うーん……。2つか3つくらいなら、まだ説得力があるんだけど、こんなにたくさんあると、『思いつく限りのせました』みたいな印象だな。でもどのみち、どれも講堂の舞台の下とは関係なさそうじゃん?」
最後に早月は、自身の感想を述べる。
影郎には、早月が全体的に、心霊について否定的な態度をとっていることが、不自然に見えた。何しろ、彼女に晴日やらんを加えた3人は、毎日のように霊をその目で見て、あろうことか、それと対峙するような人間なのだ。
「いいわ。じゃあ、決定的な証拠を見せてあげる」
そう言うと直子は、またスマートフォンを握った。
「待った」らんがそれを制止する。「実は今、早月の友達が日本に来とって、ウチらが学校おわるまで、上野公園らへんで待ってもろうとるんや。さっき嶺とも話しとってんけど、直子も会うてみん? 幽霊の話はその後っちゅうことで」
「え、そうだったの!? もう。それを早く言ってよ。わたしも会ってみたいわ」
直子は賛成した。
5人は一斉に、荷物をカバンに入れるなり、いすから立つなり、帰り支度を始めた。
晴日は自身のスマートフォンを手にとって、電話をかけ始めた。相手は、まず間違いなくライナだ。
「待たせたな、影郎。ほな行くで」
らんが影郎を呼ぶ。
「あ、ああ」
影郎は慌てて、下校の準備を始めた。




