12-A 登校日
ライナが滞在している間の晴日たちは、夏休みだというのもあり、ほぼ毎日どこかへ出かけていた。
回ったのは、観光先として無難な浅草や明治神宮をはじめ、お台場、みなとみらい、鎌倉。そして、晴日にとって念願の、海浜幕張などだ。
東京23区、神奈川県東部、千葉県北部の目ぼしい場所は、全て行き尽した感がある。
影郎もできる限り、これに同行した。
とはいえ、彼だけ1人で留守番をする日も、数日あった。あまり外出しない彼にとっては、さすがに体力の消耗が激しかったからだ。
7月の最後の平日、期末試験の返却とその解説が行われた。そのため、影郎、晴日、らん、早月の4人は、学校に来なければならなかった。
彼らが学校にいる間、ライナには上野周辺を散策でもしてもらった。4人が解放されたらすかさず、電話で連絡をとり合って、合流する手はずだ。
影郎が登校し、教室奥にある自分の席についてから、そう時を置かずして、晴日たち3人が部屋に入ってきた。
3人が着席すると、今度は宇吹嶺が姿を見せた。肩まで伸ばした波打つ黒髪と、トビ色の瞳の持ち主だ。
嶺はまっすぐ、晴日たちのいるほうへと歩いた。
7月の頭に行われた席替えによれば、晴日、らん、早月、嶺の4人は、座席が教室の入り口付近に集中しているのだ。
詳しくいうと、晴日の左がらん、後ろが早月で、らんの後ろかつ早月の左が嶺だ。
「おお、嶺。久しぶりやな」
らんが手を振った。
「みんな、すごい日焼けしてるじゃない。どこへ行ってたの?」
嶺は歩きながらカバンを開き、中に手を入れてごそごそしている。
「近場ばっかりよ。浅草とか原宿とか。あと、2回だけ静岡県へ泳ぎにも行ったわね」
らんに遅れて、晴日も手を振る。
「へえ。中学生のころは、そういう所へもみんなでよく行ったわよね。懐かしいな」
嶺はカバンから、お菓子の缶をとり出した。
缶は円筒形で、直径はCDとほぼ等しい。厚さは、高校生の学習用英和辞典ほどだ。
表面は、鮮やかな青色に塗装されている。
ふたに緑の文字で、「クッシーサブレ」とある。ふたの大部分を、可愛らしくデフォルメされた、首長竜のイラストが占める。
同じものがいくつか、開いたままのカバンの口から、見え隠れしている。
「屈斜路湖のお土産なのに、見事なまでの摩周ブルーだね」
早月が缶を指さした。
「それが微妙にウケて、そのままお土産に選んじゃったの」
嶺は机の上にカバンを置き、缶を晴日たちに1つずつ、手渡した。
晴日たちは、口々に礼を言う。
嶺は立ち上がり、さらに缶を1つ持って、影郎の席の真横まで来た。その後ろに、らんが続く。
「はい、これ。釧路のお土産よ」
嶺は焼き菓子を、影郎にさし出した。
「え、俺にまで?」
影郎は驚いた。
自分はそんなものをもらえるほど、嶺と近しい立場にないと思っていたからだ。
「そうよ。らんちゃんたちが、よくしてもらってるみたいだから」
「逆に俺のほうが、全面的に世話になってんだけどなあ……」
影郎はためらった。
「それは事実やけど、貰うたらんかったら、せっかく買うたのムダになるやん」
らんが言った。
「それもそうか。――ありがとな」
影郎は土産を受けとる。
「で、嶺。郷里には帰ったん?」
らんは、その場で立ったまま嶺に尋ねた。
「ううん。今回は旅行だけよ。苫小牧と釧路じゃ離れすぎてて、ついでに立ち寄るのは、ちょっとキツイわ」
嶺は首を横に振る。
苫小牧から釧路の距離は、大ざっぱにいえば、東京から福島か豊橋の距離にあたる。
「それもそうか。――親御さんも一緒やったん?」
「ダメ。どっちも都合が合わなくて、お兄さんと2人だけで行ったの」
「ちょっと寂しいなあ」
「そう? もう慣れてるし、それに親と出かけるような年でもないわ」
「まあ確かに」
「おーい。俺の頭ごしに話をするんなら、俺にも分かることを喋ってくれ」
影郎は会話に割りこんだ。
「ああ、すまんすまん。嶺な、苫小牧の出身ねん」
らんが言った。
「苫小牧? 北海道だっけ?」
「そうよ。そこで生まれて、小学校を卒業するときに、お父さんが東京に転勤になって、家族でこっちに引っ越したの。――らんちゃんと同じクラスになれてよかったわ。地方から来た子なんて、ほかにいなかったしね」
嶺はまた、らんのほうを向いた。
「それはウチのセリフや。先に声かけてくれたん、あんたのほうやったやん?」
「だって、東京の人じゃないって、方言で丸分かりなんだもの」
「あ、それひどい!」
「それで、ご両親は忙しいのか?」
影郎が再度、口を挟む。
「お父さんは去年、仙台へ転勤したの。わたしはナル中にかよってて高校もここになるし、おまけにお兄さんは就活中だったから、お父さん単身赴任になったわ。お母さんはわたしたちと一緒に暮らしてるけど、看護師で夜勤が多くて、1度も顔を合わせない日のほうが多いのよ。仙台はここから北海道へ行く途中だから、北海道へ旅行するなら、途中でお父さんを拾うこともできるんだけど、お父さんもお母さんも仕事が忙しくて、結局いけないって」
嶺が答えた。
「それで、お兄さんと2人きりだったのか。大変だな」
「全然。さっきも言ったけど、慣れてるし」
「そうだった」
「ホンマはウチらが北海道までご一緒したかったんやけど、バイト入っとって、よう遠出せんかってん。ちょうど今、早月の友達が外国から来てくれとるんや。で、その子と東京とか横浜とか、見て回っとったんやわ」
「それで浅草なんかに行ってたのね」
またらんと嶺の問答になった。
「実はその子、今この辺におるよ。テスト返しが終わったらすぐ集まって、どっか遊びに行く予定ねん。嶺もどうや?」
「もちろん行くわ。――その子もイングランドから?」
「いや。フィンランドや」
「フィンランド? うーん、トナカイのイメージしか、わかないわ」
「ホンマ? 何とかドワーフって、フィンランドのキャラクターやなかったっけ?」
話を聞き流しながら影郎は、今までに晴日やらんから聞いたことを総合して、彼女らに早月と嶺を加えた4人が、どういう順序で知り合ったかについて、頭の中でおおよその流れを整理していた。
まず晴日が8才のときに、児童養護施設で仙骨を発現させ、芽実に引きとられてその養子になった。
次いで、らんが兵庫県から、嶺が北海道から上京して、成鸞館中学に入学した。2人は、いずれも地方出身だという理由により、意気投合した。直後に新宿で、らんの仙骨が発現して芽実と出会い、らんと晴日が知り合った。
その前後、早くも6才で魔法使いになっていた早月が帰国し、曾祖母イーファの遺言に従って芽実に接触した。そこで晴日たちと出会った。
そのうちらんの紹介で、嶺が晴日や早月とも、交友関係を結んだ。
以上の過程を、影郎は思い描いた。




