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魔法少女3人寄ればかしましいなんてモンじゃない  作者: よしゆき
第11回 ラウラヤとの出会い
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11-C ラウルの話

 5人は居間に入り、テーブルについた。いすの数は6つなので、全員が座席を確保できた。

 長方形をした机の、短辺の1つを上座に見立てて、客人のライナを通す。そしてライナから見て、左の長辺に影郎が、右側にらんと早月が座した。


(また前よりも、ものが増えてるぞ?)


 影郎は、周囲を見回した。


 前回見たシマリスの人形2体の隣に、国内のアニメに出てくる、黒猫のフィギュアが置かれている。


「コーヒーを入れてくるわ」


 晴日は例によって、台所へ消えていった。

 らんと早月は、ブラックにするよう言った。この人数で、それぞれが砂糖とミルクの量を細かく指定すると、覚えきれない、と判断したためらしい。

 影郎とライナも、同様にする。


「ライナはさ、今でもコッコラに住んでるの?」


 早月が尋ねた。


「いいえ。サンマッティの高校に進学したんです。コッコラからサンマッティまでかよって、〈ラウル〉を習うのは大変ですもの」


 ライナはスマートフォンで、地図のアプリを開き、コッコラとサンマッティの場所を、指さした。南北に長いフィンランドのうち、コッコラは中西部、サンマッティは南端に近い。


「やっぱそうなるわな」


 らんはさもありなん、とばかりに、首を深く縦に振った。


 聞けば、コッコラはライナの生地。サンマッティは、ティエラが生まれ、現在に至るまで住んでいる場所で、ライナの現住所でもあるという。


 晴日がトレーを持って戻り、影郎の隣に座る。

 トレーの上には、コーヒーカップが5つのっている。が、いずれのカップに注がれたコーヒーも、ミルクで色が薄まっていた。


(全員ブラックって、言ってなかったか?)


 影郎は不審がった。飲んでみると案の定、激甘だ。

 らんと早月は、このことを全く指摘しない。その顔には、一種の諦観らしきものが、見え隠れしている。どうやらこれは、度々おこる現象であるらしい。


「で、どう? 〈ラウル〉は上達してる?」


 早月がまた尋ねる。


「わたくしは遅々として、うまくならないように感じてるんですけど、ティエラ先生は、『僕よりはペースが速い』って言うんです。単なる方便なのか、判別しかねますよ」


「始原の歌は?」


「まだ、1つも使えません。わたくしはどうも、天候制御にまつわる歌のほうが得意らしくて……?」


 ライナが周囲を見回した。

 影郎、晴日、らんは、きょとんとした表情をしている。完全に話から置いていかれているのだ。


「あっ、あっ、ごめん。みんな〈ラウル〉がどんな魔法か、詳しいことは知らなかったっけ」


 早月が言った。


 その後、早月とライナは、〈ラウル〉について、簡単に説明した。


 それによると、〈ラウル〉は呪歌を口にして、任意の現象を起こすタイプの魔法だ。発声をトリガーにする点では、晴日が〈アストラ〉を使用する際に唱える、祈祷文に近い。

〈ラウル〉の使い手が、ラウラヤだ。

〈ラウル〉の真髄は、ものの始原を言い当てる歌によって、対象物を意のままに操り、特に対象物から術者に向けられる、あらゆる害悪を無効にする点にある。例えば、霜の始原の歌を口にすれば、以後術者は凍死したり、凍傷や低体温症をきたしたりすることはない。

 しかし、それは最奥秘伝ともいえるものだ。ライナは1つも扱えないし、ティエラとて、全てを知っているわけではない。


「元々、〈ラウル〉の呪歌は、ものすごい量が無秩序に放置されていて、お世辞にも学習しやすい状況じゃなかったんですって。先生はこれを、天候制御とか、治療とか、呪詛返しとかいったカテゴリに分類したんです。あと、1つ1つの歌の詩句から〈(トゥーリ)〉とか、〈時化(ラユイルマ)〉とか、〈退去(ラハテ)〉みたいな言葉を選び出して、その歌にタイトルとしてつけたの。これで〈ラウル〉の呪歌は、整理や検索が一気にやりやすくなって、やっと〈ラウル〉は、魔道と呼べる程度に整った体系を持ったんですよ」


 ライナは最後にそう言った。


「すごいんだな。ティエラさんって」


 影郎は感心する。


「パッと見はとても、そうは思えないんだけどね。気さくだしひょうきんだし。シンゴと似たところがあるかも」


 早月は、ライナの目を見た。


「そうですね。何かこう、どこにでもいるオジサン、て感じの」


「それそれ。でも、魔法使いとしてはホントすごいんだよ。ボク、ティエラさんと初めて目を合わせたとき、一瞬で自分の全てを見抜かれたような気がしたんだ。ひいお婆ちゃんなんか、『恐らくヨーロッパで最大の魔法使いだと思う』って言ってたよ」


「ティエラ先生のほうは、イーファさんのことをそう言ってましたけど」


「ところでライナちゃんって、ティエラさんに連れられてイングランドへ行って、そのときに初めて、早月ちゃんと出会ったんでしょ? そのときのこと、教えてほしいな」


 言い終わると晴日は、自身のコーヒーを飲み干した。


「え? そのことですか?」ライナはしばし、はにかんだ。「わたくし、10才のときに仙骨が発現して、それから間もなく、ティエラ先生に師事したんです。その直後だったでしょうか。先生がある日、『今度ヨーロッパ最大の魔法使いに会わせてあげるよ。今後何かと有益だろうからね』って言って、2週間ほど経ってから2人で、イングランドへ行ったんです。そしたら、そこにイーファさんと早月ちゃんがいたの」


「そのころの早月ちゃんって、どんなだった?」


 晴日は卓に身を乗り出した。


「えっ!? ち、ちょっと、そんなこと訊くの?」


 早月は、露骨に話されたくない態度をとる。


「そうですね……。わたくしが初めて会った時点ですでに、〈ルーン〉でひと通りのことがこなせてましたよ。それに面倒見もいいですし。今でもそうですけど、軽く憧れちゃいましたよ。わたくしも、〈ラウル〉を覚えようとだいぶ頑張りましたけど、『少しでも早月ちゃんに近づきたい』みたいな思いがあったんです」


 ライナが懐かしそうに語る。


「分かるわぁ、それ。私にとっても、早月ちゃんは憧れの先輩だもの」


 晴日が満面の笑みを浮かべる。我が意を得たり、とでも言いたげだ。


「すまん、早月。それ、ウチもやわ」


 らんは、かなり申しわけなさそうに白状する。


「らんまでぇ!」


 早月は机に突っ伏した。顔は見えないが、耳は血にまみれているかのように真っ赤だ。


(針のむしろだな……)


 影郎は、早月にいたく同情した。


「どうしたんですか?」


 ライナは晴日のほうを向き、目線で早月を示した。


「早月ちゃん、照れ屋さんなの」


 晴日はにっこり笑う。


(それを知っててほめ殺しにするなんて、鬼か)


 影郎がこの日ほど、晴日が魔女と呼ぶにふさわしいと感じたことは、後にも先にもなかった。


「10才で早月とライナが出会って、そのときには早月はかなり〈ルーン〉に習熟してたんだろ? てことは、早月の仙骨が発現したのは、もっと前ってことだよな」


 影郎は言った。


「6才のときやゆうとったで。――こら晴日。何か言いたそうやけど、もうその辺にしとき」


 らんが晴日をたしなめた。晴日が今にも、また早月をほめちぎろうとしていたからだ。


「はあい……」


 晴日はつまらなさそうに、口を尖らせる。


「今さらですけど、あなたが人見影郎くんですよね?」


 ライナが、影郎に目を向けた。


「そうだよ。そういやまだ名乗ってなかったな。俺以外、みんな知り合いみたいだったし」


 影郎は答える。

 ライナが自分の名前を知っていることについては、特に疑問を持たなかった。早月のときと同様に、事前にメールで伝えてあったのだろう。


巫師(ふし)なんですよね?」


「ほとんど成功しないけど、まあ一応」


「実はわたくし、日本に来たのは、影郎くんに会うためだったんです」


「ええーっ!?」


 影郎と晴日が、同時に跳び上がる。

 なぜ晴日が、と思って、影郎は彼女のほうを見た。それに合わせて、晴日はそっぽを向いてしまった。


「あっ! すいません。一番の目的は、早月ちゃんたちに会うためです。影郎くんについては、〈巫術(ふじゅつ)〉がどんなものか見たくて」


「何だ……」


 影郎と晴日が、またも一緒に溜め息をつく。


「でもどうゆう経緯で、〈巫術〉に興味もったん?」


 らんが尋ねた。


「前にさ、〈ルーン〉はシベリアの巫師が発見したって説がある、て話をしたでしょ? 実は〈ラウル〉の呪歌もね、巫師が異界に下って、そこで会得したものだって言われてるんだ。それで、『巫師の存在を知らせておいたら、ひょっとしたら〈ラウル〉を習得したり、研究したりする上でも、少しは役に立つことがあるかな』って思って、ボクがメールで影郎のこと伝えてみた、てワケ」


 早月が答えた。ようやく顔色が、元通りになっている。


「わたくしよりも、ティエラ先生がすごく興味を持ったんです。イタコの生き残り、とか言って。それで、『友達に会うついでなら、見てきてもいいんじゃない?』って、勧めてくれたの」


「イタコ? あの青森の? まあ、霊が憑依するのは同じだが……」


 影郎は、「イタコ」という単語がライナの口から飛び出したことに、少なからず驚いた。


「イタコを知っとるなんて、ティエラさんってなかなかマニアックなんやなあ」


 らんは、コーヒーカップを手にとった。


「日本にとり立てて強い関心はないのに、なぜかイタコにだけ、やたら詳しいんです。」


「巫師が異界で〈ラウル〉を見つけたってことは、〈ラウル〉にも異界の概念があるんだな」


 影郎が言った。異界は、巫術とも関連がある。だから彼にとっても、興味の引かれる事項なのだ。


「異界というよりも、冥府ですね。トゥオネラっていうんですけど。黒い急流が渦を巻く、危険な所だといいます。叙事詩だと、最も偉大なラウラヤでさえ、目当ての歌を得られずに、ほうほうの体で逃げ帰ったと、語られてるんですよ。ティエラ先生も『たとえ行けたとしても、絶対に行きたくない』って言ってました」


 ライナが身ぶるいする。


「なあ。話、変わるけど、日本におる間どこに泊まるん?」


「菊名のボクん()に――」


 早月が言いかけたのを、晴日が遮る。


「待って! それよりも、ここに泊まらない? ここ、たまに勉強合宿とかするから、布団はいくつかあるわよ。それに早月ちゃんのマンションよりも広いし」


「でもわたくし、早月ちゃんと話したいこともありますし……。だって、数年ぶりに会ったんですよ?」


 ライナは、あまり気乗りしないようすだ。


「だったら、早月ちゃんも一緒に泊まればいいじゃない。らんちゃんもいいわよ。布団は余ってるから」


 晴日は大見得を切った。


「そら楽しなりそうやなあ。ライナがええなら、ウチは行くで」


「いいんじゃない? ボクは賛成かな」


「早月ちゃんがいいなら、わたくしは構いませんけど……。バッグを運ぶ手間も省けますし」


 らん、早月、ライナが口々に賛意を表明し、めでたく満場一致となった。

 さすがに、今回ばかりは影郎は招待されなかった。影郎も特段、不満は持たなかった。

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