11-B ライナとの出会い
7月下旬。最後の科目だった現代文の試験が終わり、高校は夏休みに突入した。
試験後、影郎、晴日、らん、早月の4人は、足早に教室を後にした。そして脇目もふらずに学校を出て、市川にある晴日の家へ向かった。
むろん、上野から市川までは、電車による移動だ。
4人が目的地に到着したとき、黒い自動車が、角を曲がって彼らの視界に入った。
車種は何と、「イリアッド」だ。ハイブリッドエンジンを搭載したモデルが発売された、と聞いたのが記憶に新しい。
車は、非常に緩慢な速度で接近する。通常のガソリン車ならば、アクセルペダルを踏んでいないのではないか、と思われるようなスピードだ。
イリアッドは、晴日の家の真ん前で停まった。
運転席のドアが開き、辰午が降りた。
「連れてきたよ」
辰午はそう言うと、助手席のドアを開けた。
そこから、晴日がスマートフォンで見せてくれた人物が現れる。
容姿については、写真の通り。白金の長髪に、グレーの瞳だ。
だが、いま影郎の眼前にいる女の子は、加えて、白い鳥の羽根をかたどった飾りのついたバレッタで、髪を左右に分け、萌え黄色の簡素なドレスを身につけている。
辰午は続けて、トランクに回りこんだ。そして巨大なキャスターつきバッグを、2つ下ろした。
「早月ちゃん、会いたかったわ。何年ぶりかしら?」
少女は英語で言った。大気に染みわたるような、低めの落ちついた声だ。
ここから先、特に断りがない限り、彼女を交えてのやりとりは、全て英語による。
「それじゃ、大人の目がないほうが楽しめるだろうから、僕はこれで」
辰午は言うなり、車に乗って去ってしまった。角を曲がるまで、徒歩の人間にも抜かれてしまうような、のろのろした速さだった。
「シンゴ、ぜんぜん運転、上達してへんなあ」
らんが肩をすくめた。
「成田までお迎えなんて、シンゴにはちょっと、荷が重すぎたかしら?」
晴日が悪乗りする。
「空港からここまで、どれくらい時間がかかった?」
早月がライナに尋ねた。
「分かりません。車の中では、疲れて寝てましたから」
ライナはほんのちょっとだけ、申しわけなさそうにしている。
「後でシンゴに、メールして訊いてみよ」
らんは悪戯っぽく笑った。
「本当は、この場でそれを指摘されるのがイヤで、早々と行っちゃったんじゃないの? 『大人の目がないほうが楽しめるだろうから』なんて、もっともらしいこと言ってたけど」
晴日がさらに、罵詈雑言を重ねる。
「辰午さんって、運転ヘタなんだ……」
影郎は言った。
「事故はまず起こさへんけど、ホンマにそれだけやな。『赤信号でブレーキを踏んだら、加速するのに使ったガソリンがもったいない』ゆうて、広い道でも60キロまでしか出さへんし。ケチケチした男やわ」
「その上、『走るのが遅い』って言われたら、『安全運転が一番かっこいい運転なの!』て開き直るし」
らんと早月が、陰口を並べ立てる。
(むしろ、辰午さんの言い分のほうが、正当なんじゃないか?)
影郎は心の中で、突っこんだ。
「まあ、とにかく入りましょう」
晴日は家の鍵を開けて扉を大きく開き、他の4人を手招きした。
4人はどやどやと、晴日の家に入っていった。ライナのバッグのうち1つは、影郎が運んだ。




