10-B 戦う目的
放課後、影郎、晴日、らん、早月の4人は、上野公園にいた。なぜなら、式神がここを通る予定だから。
戦うときの衣装は、学校に置きっ放しにしてある。校門が閉まる6時が近づいたら、いったん学校に戻って、着替えるつもりだ。
彼らは上野公園の遊歩道や芝生を、特に当てもなく、うろうろと歩き回っていた。
「垓神くん、最低よ。らんちゃんを怒らせるなんて、よほどのことだわ」
晴日は憤慨していた。
「同感だね。ボクだったら、もっと早く突っぱねてたよ。っていうか、『スルタロギ』の次は『ハルムブラウグ』ですか、ての」
早月も、真具那を悪しざまに非難する。
この2人が彼に対し、明確に嫌悪を示したことは、影郎にとってこの上なく、嬉しかった。
同時に、そんなことで喜ぶのは、さすがに根性がねじ曲がっているだろうと、自己嫌悪に苛まれもした。
「まあ、そこまでゆうことないんとちゃう?」
反対にらんが、2人を落ちつかせようとする。機嫌はとうに、元通りになっているようだ。
「あんな目にあって、まだ懲りないわけ!? だいたいあいつ、趣味そのものも気持ち悪いしさ」
早月の目がかっと見開く。
「魔法少女? 悪ないと思うんやけどな」
「お前、やっぱり本当は魔法少女、好きなんじゃないのか?」
影郎は言った。単なる憎まれ口でしかないと、自分でも分かっていた。
「あと2、3才若かったら、ウチも『少女』名乗れたんやろけどな。まあ、どっちかっちゅうたら、『魔女』のほうがニュアンスは正確やわ」
らんは徴発に乗らなかった。
「あ、それ言えてるね」
早月の顔から、ぱっと怒気が消えた。
晴日も首を縦に振る。
「まあ魔女のほうが、いかがわしいイメージはないが……」
影郎も納得する。
「逆や。魔女のほうがいかがわしいから、ウチらにぴったりねん」
己のことを悪く言っているというのに、かえってらんは、生き生きとして見える。
「お前らが自虐めいたことを言うの、今に始まったことじゃないもんな」
「少しは自虐もあんねんけど、魔法少女よりは魔女っちゅうたほうが、ウチらのことぴったり言い当てられるんやわ」
「だんだん、ワケが分かんなくなってきたぞ」
影郎は情報の処理が追いつかず、頭を抱える。
「魔女って、単なる『魔法を使う女』を指しとるんやないで。むしろ『悪魔に仕える女』っちゅう意味にとったほうが、原語の含意に近いんやわ」
「やっぱりただの自虐なんじゃ……」
「比喩ではあるけど、ボクらが『悪魔に仕えてます!』って言ったら、確かにみんな納得すると思うよ」
早月が言った。
「お前らが従ってて、悪魔にたとえたら誰もが納得するもの……? 何だそりゃ?」
「分かんない? コッカケンリョクだよ。もしも真正面から腕力でやり合ったら、どんなマフィアもテロリストも、太刀打ちできないでしょ? おまけにその気になれば、人1人の人生くらい、簡単に狂わせられるし。これよりも悪魔然としたものが、この世の中にありますか、てね」
影郎は、目からうろこが落ちた気分になった。とんちがきいていて面白いとも思った。しかし――
「じゃあお前ら、自分のこと悪者だと思ってたのか?」
「そ」
早月はけろりと答える。
「前々から思ってたんだけど、お前ら何のために戦ってるんだ? それも、自分のこと悪者だと決めつけた上でさ」
「少なくとも、正義のためじゃないよ。『何の権限があって、正義の中身をお前が決めてんだ?』って突っこまれたら、それまでなんだもん」
「ああ、それは分かる。それで結局、何のためなんだ?」
「もちろん自分のため。ねー?」
早月は、晴日とらんの顔を見回す。
2人はこくりとうなずいた。
その上で、晴日が話し始めた。
「例えば今日戦う式神は、検事長さんに向けて放たれたでしょ? もしそんな人が霊にとり殺されなんかしたら、新しい検事長さんを任命するのに手間がかかったり、仕事の引き継ぎがうまくいかなかったりして、本来なら犯罪の捜査とかに回せたはずの時間と労力を、余分に使うことになるじゃない。1回だけだと、それほど影響がないでしょうけど、立て続けに同じことが起こったら大変だわ。それがイヤだから、式神を止めるの」
「つまり、治安が悪くなったら自分が困るから戦う、と?」
「式神の狙いが警察や裁判所の人なら、おおよそのところはそうね。でも、『治安が悪くなる』って言いかただとピンと来ないけど、これって、ただ犯罪が増えるってだけじゃないのよ。戦国時代に、逆戻りするようなものなの」
「どういうことだ?」
「今だったら、誰かにケガをさせたり、ものを盗ったりしたら、高確率で警察に捕まって、牢屋いきでしょ? だから、マフィアだってめったにそんなことしないし、おかげでボクたち、丸腰でも安心して、外を出歩けるじゃん。でももし、警察とか裁判所が機能しなかったら、どうなる?」
晴日に代わって早月が、影郎に問いかけた。
「いま言ったマフィアとかが、大手を振って街を歩くな」
「そうそう。彼らの天下になるよね。鉄砲とか爆弾とか持ってて、日ごろから組織的に戦う訓練をしてるんだもん。そんなのイヤじゃん? 『力こそが正義だー!』、なんて、マンガにしか出てこないようなセリフを、現実に聞くことになるなんて」
「辰午さんがそう言ったのか?」
「まっさかあ。シンゴは『そう深刻に考えなくていい』、ってさ。でもたぶん嘘だよ。どうしてそう思うのか訊いても、答えてくんないし。それにシンゴ、ボクらが必死になると、あんまりいい顔しないし」
「お前らのことが、心配なんだろうよ。俺でも分かるぞ、そんなこと」
「どうだか」
そう言う早月はしかし、かすかにほほえんでいた。彼女とて、辰午が己の身を案じてくれていることを知っているし、また快く思っているらしかった。
「ただお前らの場合、戦国時代になっても、うまくやっていけるんじゃないか? あんなに強い魔法が使えるんだから――」
「悪いんやけど、もう時間や。そろそろ着替えんと」
らんがスマートフォンを見ながら、言った。
「え、もう?」
影郎も、自身の電話をとり出す。
時刻は午後5時を過ぎていた。
4人は着替えのため、学校に引き返した。




