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9-F バインディング・ルーン

 この後、影郎たちは商店街で服を見たり、音楽家のバスキングを鑑賞したりして、時間を潰した。

 午後5時ごろ、嶺は予告通り、ミーティングのため他の4人と別れた。

 4人は電車で中野へ移動し、南口を出たところにあったインドネシア料理店で、夕食をとった。


「早月、魔法を使わないで、よく大の大人に向かっていったな」


 食事中、影郎は早月を褒めてみた。


「思いっきり、使ったけど」


 早月はポケットの中をまさぐる。


「え?」


 予想を裏切るレスポンスに、影郎のほうが当惑した。彼は、早月は立ちどころに赤面するだろうと踏んでいたのだ。


「これ。〈野牛(ウル)〉と〈(エオー)〉。それぞれ、筋力と瞬発力に関わるルーンなんだ」


 早月はポケットから、2つのルーン・ストーンをとり出し、テーブルの上に置いた。

 1つは、ラテン文字のUを、逆さにしたような形。いま1つは、Mのような形の文字が刻まれていた。


「あ、そうなんだ。どうりで、あんな体格のいい男を一発で気絶させ――ん? そういえば……」


 不可解なことがらが1つ解決したと思った矢先、影郎にはまた別の疑問がわいた。


「な、何だよう?」


 今度は何を問いただされるのだろうと、早月は身構える。


「魔法って、同時にいくつも使えるものだったっけ? 今まで、1つずつくり出すとこしか、見てこなかったぞ」


 そうなのだ。

 晴日たちが複数の魔法を同時に使用したことは、これまで一切なかった。たとえ窮地にあっても、それは変わらない。

 そのため影郎は、魔法は1つずつしか、発動させられないのだと思っていた。


「あー、もう。やっぱりメンドくさいこと訊いてくる……」


 早月は露骨に、答えるのを億劫がった。


「そんなに込み入った内容なのか?」


「そやな。確かに順を追って話そうとしたら、けっこう骨が折れるわ」


 らんが口を挟む。


 ここから先、魔法の同時使用については、主にらんが解説した。

 晴日や早月は、ところどころ不十分な点を補う程度にとどめた。


 いわく、影郎が従来考えていた通り、魔法は1度に1つしか、行使することができない。

 先に発動した魔法の効力が残ったまま、新しい魔法を追加することはできる。しかし、同じ瞬間に2つ以上の魔法の効果を、新たに生ぜしめることは、不可能だ。

 魔法の行使には、具体的なイメージが不可欠だが、いちどに複数のことがらについて、鮮明に思い浮かべることは、人間にはできないのが理由だ。


 これは、いかなる場合でも通用する大前提だ。しかし〈バインディング・ルーン〉だけは、実質的に例外に近い働きを営む。

〈ルーン〉には、複数の文字を組み合わせて、それぞれの文字の意味を合わせ持った魔法を、1つの魔法として(・・・・・・・・)発動する、という技法がある。それが〈バインディング・ルーン〉だ。

 あくまで1つの魔法とカウントされるので、先の同時使用不可の法則を、逸脱しない。


 昼間の早月は、〈ウル〉と〈エオー〉を同時に行使した。

 これは、2つの文字を組み合わせて、「筋力」と「瞬発力」という、2つの意味を持つ新たな魔法を即興で作り出し、これを用いた、という位置づけになる。


「ちなみに、いつも式神と戦うとき、早月は〈知恵(アンスール)〉とか〈松明(ケン)〉だけやのうて、一緒に〈軍神(ティール)〉のルーンも使(つこ)うとるで。戦闘での勝利を表す文字やさかいな」


 らんはそう言って、しめくくった。


「あと、もう1ついいか?」


 影郎がまたも尋ねる。


「今度は、何?」


 早月は少々ウンザリ気味だ。


「フレイルがなくても、魔法が使えたんだ」


「ああ、それ? そうだよ。道具には、具体的にイメージする助けになるっていう機能しかないからね。戦うときに着ている服と同じさ。だから、いつも使ってるのとは違う道具とか、手ぶらとかでも、いちおう魔法は使えるよ。慣れた道具を持ってるときと比べると、威力はちょっと落ちるけどね」


「私、いつも(けん)に〈アストラ〉を宿してるけど、叙事詩の英雄たちは、〈アストラ〉を矢に装填するのが一般的なのよ。他には、急ごしらえに草に込めた例もあるわね」


 晴日が言った。


 影郎は、晴日が圈ではなく、弓矢を武器に戦う姿を想像してみた。

 スポーティに髪を結い、無尽の矢筒を背に負い、踏み抜かんばかりにしっかりと大地を蹴って立ち、〈スルヤストラ〉を起動する祈祷文を、声高らかに()むところだ。

 案外、かっこいいではないか。やろうと思えばそれができるというのが、正直うらやましい。


「じゃあもしかして、BB弾に〈アストラ〉を入れて、エアガンで発射するのも――」


 影郎は、晴日をちょっとからかってみた。


「できるけど、絶っっ対やらないわよ!」


 晴日は即座に却下した。


 食事のあと4人は、中野駅周辺をぶらぶらと歩き、午後8時ごろ解散した。

 影郎だけは歩いて帰った。中野から阿佐ヶ谷まで、電車でたった2駅だからだ。

 他の3名は、中央線で新宿方面へ向かった。


 この日は、影郎がこれまで過ごしてきた時間の中で、紛れもなく最良のものだった。この1日だけでも、生まれてから中学校を卒業するまでの15年余りよりも、よっぽど大切だ。

 仮に、これからも同じような日々が続き、かつ式神と戦うことが、その時間を守ることに直結するのならば、これに挑む値打ちは十分にあると思った。たとえ戦いが、毎回命を賭するようなものだったとしても、だ。

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