表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/61

9-E コンビニにて

 食後、らんは所持金が少なくなったので銀行へ行きたい、と言い出した。

 影郎らはスマートフォンで、近くに銀行がないか調べた。しかし、らんが口座を開いている銀行に限って、いま彼らがいる界隈にはないようだった。

 止むなくらんは、最初に目にとまったコンビニエンスストアのATMで、お金を引き出すことにした。


「うう、手数料で200円もとられる……」


 らんは嘘泣きをした。


「バイトでしっかりお金もらってるんだから、多めに持っていこうよ……」


 早月がらんを諭す。

 嶺がいるので、SSSの仕事をアルバイトと表現しているのだ。


「足りなくなったときに貸せばいいじゃん。利息うんぬんって話じゃないんだから」


 影郎は、コンビニエンスストアを探す時間がもったいないと考えていた。


「私も別に大丈夫だと思うんだけど、シンゴが『修復不能な亀裂が入るかもしれないから、正直お勧めしない』って言うのよ」


 晴日が事情を説明する。


「へえ。きっちりしてんだな」


 目当ての店は、ほどなくして見つかった。緑と茶色の看板が目印の、「ラウンドQ」だ。ログハウス調の店舗建物が、他のコンビニチェーンよりも、ひときわ目を引く。


 一行がそこへ行こうとすると、とつぜん嶺が、その場で片膝をついた。


「どうしたん? もしかして、具合悪い?」


 らんは、嶺の背中に手を当てた。


「違うの。靴紐がほどけただけ」


「はあ、よかった」


 らんは胸をなで下ろす。


 嶺は紐を蝶結びにして、立ち上がった。5人はまた動き出す。

 ところが、自動ドアの手前で、嶺の靴紐がまたほどけてしまった。


「もう、何なのよ!?」


 迷惑をかけているとでも思ったのか、彼女の声に苛立ちが表れる。


「焦らんでもええよ」


 嶺は紐を結び終えると、それを3度ぎゅっと引っ張り、今度こそほどけないことを、厳重に確認した。


「ごめんなさい」


 嶺は再び両足で立った。


 影郎たちがコンビニエンスストアに入ったとき、店内にほかの客は、1人もいなかった。

 らんがATMを操作している間に、男が2人、入ってきた。だが影郎たちは、それを気にとめもしなかった。

 らんが用事を終えた直後、カウンターのほうから、野太い怒声が聞こえた。


「金を出せ!」


 5人がその方向を見やると、2人の男がカウンターの真ん前に立ち、店員に包丁の刃を向けていた。

 いずれも、ヒールプロレスラーを思わせる覆面をしていて、年齢などは分からない。

 ただ、1人はカーキ色のワイシャツに、グレーの長ズボンという格好。もう1人は、黒い半袖Tシャツに、青のジーンズ、という出で立ちだ。


 店員は見たところ、50代の女性だ。白髪交じりの髪で、眼鏡をかけている。こちらは真っ青になって、その場に突っ立っている。

 男の1人が、「早くレジから金を出せ!」と言ってナイフを突きつけても、彼女は悲鳴のような、うめきのような声を上げるばかりだ。


 2人の強盗は、店員だけに注意を集中しており、影郎たちの存在に気づいていないと見える。

 逃げようと思えば、たやすく逃げられそうではあるが――


 晴日、らん、早月は目だけで意を通じ、時を移さず行動を起こした。

 まず、らんがATMの所から、男のいる方向に、両手の平を向けた。

 らんの手から稲妻のような光の筋が発せられる。その数、5本。〈五雷(ごらい)〉という魔法だ。

 電撃は、2人の強盗犯に命中した。

 彼らは声も出さず、のけ反ってぶるぶるとふるえる。気丈にも、包丁だけはまだ握り締めていた。


 その間に早月が、目にも止まらぬ速さで男に接近し、そのみぞおちにひじ鉄を食らわした。

 かと思うと、その手から包丁をもぎとり、そのままの勢いでカウンターの向こうへ飛び移った。

 そして彼女は、奥の事務所らしき部屋へ、包丁を放り投げてしまった。むろん、床の上を滑らせるようにして、だ。


 包丁が何か硬いものに当たる音がしたのと、犯人が気を失って倒れこんだのが、ほぼ同時だった。


「はい、撤収」


 らんは影郎たちに声をかけ、嶺の手を引いて店舗の外へ走り出した。

 他の3人も、後に続く。


 影郎たちは、丸太小屋に似た見た目の建物を出ると、怪しまれないよう走らず、およそ100メートル離れた所まで、早足で移動した。そして、コンビニエンスストアが面しているのとは別の道路に入り、人混みに紛れた。

 まるで、彼らが悪人であるかのような挙動だ。


「はあ、びっくりしたわ」


 らんが言った。

 どことなく、棒読みっぽい。


「らんちゃん、さっき――」


 嶺が口を開いた。


 らんは、自分が〈五雷〉で打たれたかのように、飛び上がった。

 晴日と早月も、目を大きく見開く。


「ど、どうしたん?」


 らんはしどろもどろになっていた。


「ううん、何でもないの」


 嶺は首を横に振った。


 らんたち3人は、安堵の溜め息をつく。

 魔法などという、得体の知れないものを使えるということを知ったら、いくら嶺とて、これまでと同様に、親しくつき合ってくれる保証はない。

 早月は以前、「ふつうの人間からだったら、恐ろしいなどと言われても、何とも思わない」、と話していた。このことからも、彼女らは己の力が一般人の目にどう映るかを、十分に知り抜いていることが分かる。

 だから、今の3人の動揺も、むりからぬことなのだ。


(魔法使いってのも案外不便なんだな。友達を維持するのが目的なら、魔法よりもお金のほうが、よっぽど役立つじゃないか)


 影郎はちょっとだけ、らんたちに同情した。


「そんなことより、あの場にとどまらなくてよかったの? 警察から表彰されるかもしれないわよ」


 嶺は早月のほうを向いた。嶺からすれば、強盗から包丁を奪いとって、彼らを気絶させたのは、早月1人の手柄なのだ。


「いいよぉ。事情聴取に時間を割かれたり、テレビに顔が写ったりするのヤだし」


 早月は拒否した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ