9-E コンビニにて
食後、らんは所持金が少なくなったので銀行へ行きたい、と言い出した。
影郎らはスマートフォンで、近くに銀行がないか調べた。しかし、らんが口座を開いている銀行に限って、いま彼らがいる界隈にはないようだった。
止むなくらんは、最初に目にとまったコンビニエンスストアのATMで、お金を引き出すことにした。
「うう、手数料で200円もとられる……」
らんは嘘泣きをした。
「バイトでしっかりお金もらってるんだから、多めに持っていこうよ……」
早月がらんを諭す。
嶺がいるので、SSSの仕事をアルバイトと表現しているのだ。
「足りなくなったときに貸せばいいじゃん。利息うんぬんって話じゃないんだから」
影郎は、コンビニエンスストアを探す時間がもったいないと考えていた。
「私も別に大丈夫だと思うんだけど、シンゴが『修復不能な亀裂が入るかもしれないから、正直お勧めしない』って言うのよ」
晴日が事情を説明する。
「へえ。きっちりしてんだな」
目当ての店は、ほどなくして見つかった。緑と茶色の看板が目印の、「ラウンドQ」だ。ログハウス調の店舗建物が、他のコンビニチェーンよりも、ひときわ目を引く。
一行がそこへ行こうとすると、とつぜん嶺が、その場で片膝をついた。
「どうしたん? もしかして、具合悪い?」
らんは、嶺の背中に手を当てた。
「違うの。靴紐がほどけただけ」
「はあ、よかった」
らんは胸をなで下ろす。
嶺は紐を蝶結びにして、立ち上がった。5人はまた動き出す。
ところが、自動ドアの手前で、嶺の靴紐がまたほどけてしまった。
「もう、何なのよ!?」
迷惑をかけているとでも思ったのか、彼女の声に苛立ちが表れる。
「焦らんでもええよ」
嶺は紐を結び終えると、それを3度ぎゅっと引っ張り、今度こそほどけないことを、厳重に確認した。
「ごめんなさい」
嶺は再び両足で立った。
影郎たちがコンビニエンスストアに入ったとき、店内にほかの客は、1人もいなかった。
らんがATMを操作している間に、男が2人、入ってきた。だが影郎たちは、それを気にとめもしなかった。
らんが用事を終えた直後、カウンターのほうから、野太い怒声が聞こえた。
「金を出せ!」
5人がその方向を見やると、2人の男がカウンターの真ん前に立ち、店員に包丁の刃を向けていた。
いずれも、ヒールプロレスラーを思わせる覆面をしていて、年齢などは分からない。
ただ、1人はカーキ色のワイシャツに、グレーの長ズボンという格好。もう1人は、黒い半袖Tシャツに、青のジーンズ、という出で立ちだ。
店員は見たところ、50代の女性だ。白髪交じりの髪で、眼鏡をかけている。こちらは真っ青になって、その場に突っ立っている。
男の1人が、「早くレジから金を出せ!」と言ってナイフを突きつけても、彼女は悲鳴のような、うめきのような声を上げるばかりだ。
2人の強盗は、店員だけに注意を集中しており、影郎たちの存在に気づいていないと見える。
逃げようと思えば、たやすく逃げられそうではあるが――
晴日、らん、早月は目だけで意を通じ、時を移さず行動を起こした。
まず、らんがATMの所から、男のいる方向に、両手の平を向けた。
らんの手から稲妻のような光の筋が発せられる。その数、5本。〈五雷〉という魔法だ。
電撃は、2人の強盗犯に命中した。
彼らは声も出さず、のけ反ってぶるぶるとふるえる。気丈にも、包丁だけはまだ握り締めていた。
その間に早月が、目にも止まらぬ速さで男に接近し、そのみぞおちにひじ鉄を食らわした。
かと思うと、その手から包丁をもぎとり、そのままの勢いでカウンターの向こうへ飛び移った。
そして彼女は、奥の事務所らしき部屋へ、包丁を放り投げてしまった。むろん、床の上を滑らせるようにして、だ。
包丁が何か硬いものに当たる音がしたのと、犯人が気を失って倒れこんだのが、ほぼ同時だった。
「はい、撤収」
らんは影郎たちに声をかけ、嶺の手を引いて店舗の外へ走り出した。
他の3人も、後に続く。
影郎たちは、丸太小屋に似た見た目の建物を出ると、怪しまれないよう走らず、およそ100メートル離れた所まで、早足で移動した。そして、コンビニエンスストアが面しているのとは別の道路に入り、人混みに紛れた。
まるで、彼らが悪人であるかのような挙動だ。
「はあ、びっくりしたわ」
らんが言った。
どことなく、棒読みっぽい。
「らんちゃん、さっき――」
嶺が口を開いた。
らんは、自分が〈五雷〉で打たれたかのように、飛び上がった。
晴日と早月も、目を大きく見開く。
「ど、どうしたん?」
らんはしどろもどろになっていた。
「ううん、何でもないの」
嶺は首を横に振った。
らんたち3人は、安堵の溜め息をつく。
魔法などという、得体の知れないものを使えるということを知ったら、いくら嶺とて、これまでと同様に、親しくつき合ってくれる保証はない。
早月は以前、「ふつうの人間からだったら、恐ろしいなどと言われても、何とも思わない」、と話していた。このことからも、彼女らは己の力が一般人の目にどう映るかを、十分に知り抜いていることが分かる。
だから、今の3人の動揺も、むりからぬことなのだ。
(魔法使いってのも案外不便なんだな。友達を維持するのが目的なら、魔法よりもお金のほうが、よっぽど役立つじゃないか)
影郎はちょっとだけ、らんたちに同情した。
「そんなことより、あの場にとどまらなくてよかったの? 警察から表彰されるかもしれないわよ」
嶺は早月のほうを向いた。嶺からすれば、強盗から包丁を奪いとって、彼らを気絶させたのは、早月1人の手柄なのだ。
「いいよぉ。事情聴取に時間を割かれたり、テレビに顔が写ったりするのヤだし」
早月は拒否した。




