9-D ファミレスにて
吉祥寺は、渋谷や新宿ほどではないにせよ、かなり混雑する。土日ともなればなおさらだ。
すでに午後2時近くだというのに、多くの飲食店の前で、長蛇の列ができている。
影郎たちが昼食のために入ったのは、ファミリーレストラン「あげひばーり」だ。
机の数が非常に多いため、1人当たりの客が店内に居座る時間の割に、回転率の高さは、ファーストフード店と大差がない。
5人も、15分かそこらしか待たずに、席へ案内された。卓は6人がけで、一方の長いすに窓側から早月、嶺、らんが、他方に晴日、影郎が座った。
テーブルの上に置いてあるメニューでは、期間限定の「有機野菜スープとサラダ定食」が、丸ごと1ページを占領していた。
らんと嶺はそれを注文した。晴日もそうだが、彼女だけ「値段が変わらないから」と言って、ご飯のサイズをMからLに変更してもらった。
影郎は、「チキンカレー・オムライス」を注文した。
掲載されている写真を見る限り、オムライスの上に、カレールーがかかっているらしい。
早月はその両方を注文し、あまつさえ定食のご飯をLにした。
「早月、あんたそんなにたくさん、よう食べんやろ」
らんは早月に、翻意を促した。
「大丈夫だって。このために朝ごはん抜いてきたんだから」
「嘘こけ。この前もそうゆうて、結局のこしとったやんけ!」
「今度こそ大丈夫!」
「ホンマ、懲りへんやっちゃ」
その後、嶺も加わって早月を説得したが、結局、彼女の心を動かすには、至らなかった。
結末は、影郎にも容易に想像ができた。
数十分後、早月以外の4人は、それぞれ自分の頼んだ料理を完食していた。
早月だけ、皿を1枚も空けられず、手で口を抑えて気持ち悪そうにしている。
まだ残ってる食べ物の量を鑑みるに、仮にカレーと定食のどちらか片方だけを注文していたとしても、食べきれなかった可能性が高い。
「ほれ見ぃ。言わんこっちゃない」
らんはニヤニヤしながら、早月をからかい続ける。
嶺すら呆れ果てた顔をしていた。
「晴日」
早月は、机を挟んだ反対側に座っていた晴日を呼んだ。
「なあに?」
「残り、食べて」
早月は晴日の返事を待たず、彼女の前に皿やトレーを突き出す。
晴日が食べた定食のトレーは、とっくの昔にウェイターが下げていた。
「いいわよ。待ってた」
晴日は満面の笑みを浮かべる。
(さては最初から狙ってたな。だから晴日だけ、早月を思いとどまらせようとしなかったんだ)
影郎は勘ぐった。
晴日は見る見るうちに、早月の残りを平らげる。
「相変わらず、めっちゃ入るやん。ウチが食べ終わる前やったら、こっちの食欲まで削がれとったとこやで」
らんが最後に、小声で「ブラックホール」と囁いたのを、影郎は聞き逃さなかった。
「早月って、胃袋のキャパシティが食欲に追いついてないよね」
影郎は言った。
「ボクのことより、晴日に対して言うことがあるでしょ?」
「気ぃつけたほうがええで。晴日、その気になったら大盛りラーメン2杯ペロリやから」
らんは聞こえよがしに、影郎に耳打ちした。
「俺が気をつけて何になるんだ?」
影郎が突っこんだ。




