8-B ガールズトーク
翌日、1時限の授業のあと、らん、早月、嶺は教室で、他の2、3人の女子生徒と話をしていた。トピックは、昨日のテレビドラマのことだ。
教室後方にあるらんたちの席ではなく、中央寄りの場所にいる。
晴日はこれには加わらず、2時限の授業の準備をして、自分の席でぼんやりと過ごしていた。
前のほうでは、影郎と垓神真具那が、口論をしている。
口論というよりは、影郎に対して真具那が一方的に語りかけ、影郎のほうは反発しているように見える。
2人の声は、晴日の席までは届かない。
影郎の机の上には、クリップでとめられたA4用紙の束が置かれ、手には蛍光ペンが握られている。
芽実が残した本のコピーを読んでいたようだ。
しばらくすると、権藤太薙が2人のいる所に飛んでいって、真具那に何やら二言三言いって聞かせ、追い返してしまった。
そのあと、影郎と太薙が仲よさそうに話し始めた。
そもそも、真具那の席は晴日たちの近くだ。
なのになぜ、歓迎されもしないのに、教室の反対側にいる影郎に近づくのだろうか。他に、長舌を聞いてくれる人がいないのか。
晴日らしくもなく、ちょっとした義憤を覚える。
(私も権藤くんみたいに「ダメなものはダメだよ」って、はっきり言えたらいいのに)
晴日は、机にのせた腕に体重をかける。
「晴日? 晴日!」
間近で名前を呼ばれて、晴日ははっと我に返った。
声の主はらんだ。いつの間にか、晴日の左隣、自分の席にいる。
「な、何?」
「そりゃこっちのセリフや。どうしたん? ぼーっとして」
「別に、何でもないわよ」
「やったらええねんけど。具合悪いとか、心配ごとがあるとか、そういうワケやないんやろ?」
「大丈夫。そういうのはないわ」
「よかった。晴日がそんな憂鬱そうにするとこ、めったに見やへんからさ、つい気になってん」
「それじゃ私、いつも子供みたいに無邪気に見える、てこと?」
「今はそんなことゆうたつもりないけど、それは当たっとるな」
「ひどぉい」
ここで、2人のやりとりは、いったん途切れた。
沈黙を破ったのはらんだ。
「ところで、さ。あんた、もしかして影郎のこと、好きやったりするん?」
図星だった。というより、むしろ晴日自身のほうが、指摘されるまでそれに気づいていなかった。
彼女は今ようやく、自分が真具那に対して、悪い印象を抱いていた理由が分かった。
「ど、どうして分かったの?」
晴日はあっさり自白してしまう。
「いや、何となく。特に根拠もないし。目に見えるモンとなると、強いていえば髪型ぐらいかな」
「髪型?」
「そう。あんた、これまでストレートばっかやったんに、ここ数日たまに2つに分けて束ねて来るようになったやん。まあ、そこから推し量れるんは、深読みしても、好きな人がおるっちゅうのが限度やろけど」
らんの指摘する通りなのだ。
晴日はこれまで、つい無精で、ヘアセットなど考えもしてこなかった。だが最近は、髪を生えぎわ付近で束ねて、シュシュで縛ることを、するようになった。
「らんちゃんには何も隠しごと、できないわね」
「ウチのこと、買いかぶりすぎや。
再び、2人はしばし無言になる。
次は晴日のほうから口を開いた。
「らんちゃんは影郎のこと、どう思う?」
「え?」一瞬、らんの動きが止まる。「あ、いいやその……。あいつがおると、おちょくり甲斐があって楽しいし、式神と戦うときなんか、何もしてくれへんでも安心するんやよ。やけど、好きとかとはちゃうで。そもそもウチ、恋愛らする柄でもないし……」
らんの喋るスピードが、だんだん速くなっていく。
晴日は、色情にまつわることについて、当てずっぽうであれこれと言われたのに対し、気を悪くしたのか思った。
「ごめんね。変なこと言って」
「何も怒ってへんよ。まあどっちにしたって、あんたぐらい可愛い子ぉと男うばい合うなんて、ご免こうむるわ。負け戦になるの、目に見えとるんやもん」
「……可愛い?」
晴日の声がふるえた。そんなことを言われたのは、今日が初めてだ。
「そうや。『どうせあんた、自覚してへんやろ』思うとったわ。たまーに男があんたのこと話しとるん、小耳に挟むで」
「でも、私からしたら、らんちゃんこそ可愛いと思うわよ。それにらんちゃん、話も上手だし、よく気がつくし」
「そうゆうふうに誰かがゆうとるん、聞いたことある?」
「ないけど……。それは単に、私があんまり周りの言ってること、聞いてないだけなんじゃないかな」
三度、沈黙が流れた。
「ところであんた、ちゃんと告白できるん?」
「正直、自信ないかも」
「何か、卒業するまで内に秘めたままになりそうな気ぃするなあ。ウチが代わりにあんたの気持ち、あいつに伝えたろか?」
らんがこんなことを言ったのは、晴日には意外だった。
らんはたとえ親しい友人のことでも、私事については、基本的に不干渉だ。恋愛などという、プライベートの最たるものには、徹底的に放任主義を決めこむだろうと、晴日は思っていた。
「決心がついたら、自分の口から言いたい」
晴日は辞退する。
「まあ、そのほうがええと思うわ」
「ごめんね。せっかく言ってくれたのに」
「そや。早月に相談したらええんとちゃう? あの子はモテまくっとるやろからな。少なくとも、ウチよりは的確なアドバイスできると思うわ」
らんは最後にそう言い置いた。
直後に予鈴が鳴り、間もなく2時限が始まった。




