8-A ヨリビトの話
ヒダル神と思しき式神と交戦した日の翌日、学校が終わると、晴日、らん、早月、影郎の4人は、日常業務のため、SSSに足を運んだ。
オフィス内に辰午の姿は見えず、初恵がときどきのぞきにくる程度だ。
辰午がいないのは、特に珍しいことではない。が、晴日にはちょっと退屈だ。
この日は協力を求めてくる省庁も、地方警察本部もない。午後5時過ぎには、仕事が全て片づいた。
晴日たち4人は、座席を寄せて向かい合わせに座り、話し始めた。影郎の魔法に関することだ。
「で、さ。影郎は、巫師なんだよね? 晴日たちからメールで聞いたよ」
早月が影郎のほうに首を動かした。
1本に束ねられた、腰まであるブロンドが、遠心力で宙に浮いた。
「そうらしいんだけど、なかなか成功しなくて……」
影郎は、きまりが悪そうにしている。
「どんなことができるの?」
「霊が俺の体に乗り移って、俺の代わりに式神と戦ってくれたり、本人しか知らないことを教えてくれたり」
「ほかには?」
「いや、それだけ」
「晴日たちが言ってた通り、か。じゃあ、影郎は巫師の中でも、『寄り人』なんだね」
「ヨリビト? 何それ? 私も聞いたことがないわ」
晴日が割って入る。そして、同意を求めてらんの顔を見た。
らんは、首を横に振った。彼女も知らないようだ。
「えっと、晴日。〈帰神法〉の話は、もう影郎にした、て言ってたよね?」
早月が晴日に確認する。
「正確にはらんちゃんが、だけどね」
「〈巫術〉で神や霊とコンタクトをとる方法って、〈帰神法〉以外にも、いくつかあるんだ。巫師を英語で『シャーマン』って言って、シベリアの言葉に由来するんだけど、シベリアのシャーマンの間だと、自ら異界に赴くって方法のほうが、主流らしいよ。で、専ら〈帰神法〉を使う巫師のことを、ヨリビトっていうの」
早月が影郎に、巫師とヨリビトの違いを説明する。その内容は、晴日も初めて聞くものだ。
「異界なんて、本当にあるのか?」
影郎が問う。
「さーね。ボクたち巫師じゃないから、確かめようがないんだもん」
「のど渇いた。お茶、飲も。みんなどうする?」
らんが立ち上がる。
「悪いねえ。ボクも頼むよ」
「私の分もお願い」
「あ、じゃあ俺も」
他の3人は、口々に言った。
「じゃあ、全員の分いれてくるわ」
らんはオフィスの奥へ、消えていった。
影郎と早月がさらに続ける。
「それにしてもお前、やけに〈巫術〉に詳しいんだな」
「ボク? ああ。ちょっと〈ルーン〉にも絡んでくるからね。実は、〈ルーン〉が発見された経緯が、叙事詩に書かれてるんだけど、その態様が、〈巫術〉で異界に赴く過程と似ている、とか言われてるんだ。それで、〈ルーン〉は元々シベリアから来たシャーマンによって見出されたんじゃないか、なんて説が出てくるワケ」
早月のほおが、うっすらと赤く染まる。
単に照れ臭いだけならいいのだが……、と晴日は思った。
「早月ちゃんがイングランドにいる間に、私とらんちゃんが影郎のことを伝えておいたのは、早月ちゃんが〈巫術〉に詳しいのを知ってたからなのよ」
晴日は、らんが歩いていった方向をちらと見る。
らんはトレーを運んでくるところだった。
4つの湯飲みがのったトレーを持ち、こぼれないように、ゆっくり歩いている。湯飲みはいずれも、ふちのすぐ下までお茶が注がれ、湯気を立てている。
「ほれ、入れてきたで」
らんは事務机の1つに、トレーをそっと置いた。
「ありがとう」
晴日たちは口々に礼を言って、湯飲みをとった。
ここで、オフィスに辰午が入ってきた。両手に、服らしきものを抱えている。
「今日はずい分とヒマそうだね」
「それならそれで、やることがあんねんけどな。――何もっとるん?」
らんが、辰午の持っている服を指さした。
「影郎くんが、式神退治に行くときのための服だよ」
「どんなん?」
「狩衣を参考にしたデザインで、色は黒。形だけは、らんとお揃いだよ」
「ええ!? 何でお揃いにしたん?」
らんは露骨にイヤがった。
「本人が決めかねていたから、僕が勧めたんだ。『帰神』は神典なんかで言及される言葉だから、そこからの連想で、神職に似せた衣装がいいんじゃないか、てね」
「じゃあ、何で黒なん? 神職の服って白やろ?」
「それは俺がお願いした。黒が好きだから」
影郎が答える。
「ふうん」
「ということで影郎くん。着かたを教えるから、ちょっとついてきて」
辰午は影郎を連れて、オフィスを出ていった。
10分かそこら経つと、2人は戻ってきた。
影郎は戦うときのらんと同じ、狩衣と指貫という出で立ちだ。色は上下とも、墨染めとでもいうべき真っ黒。
「あら、けっこう似合ってるじゃない」
「まあ、悪ないんちゃう?」
「そうだね。ハデすぎず、ありきたりすぎず」
晴日たち3人は口々に感想を述べた。おおむね好評だ。
影郎本人は、どことなく恥ずかしそうにしている。
彼はまた部屋を出て、元の服装で帰ってきた。
入れ替わりに辰午がいなくなり、晴日たち4人はその後、夕食について話をした。




