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魔法少女3人寄ればかしましいなんてモンじゃない  作者: よしゆき
第7回 ブロンドのかぐや姫
27/61

7-A 早月の帰国

 新学期の忙しさと共に、4月はかけ足で去っていった。

 ゴールデンウィークの間、1度だけ饕餮(とうてつ)の襲来があった。しかし晴日とらんが易々と撃破し、連休はおおむね平和に過ぎた。


 連休が明けたあと、第1日目の朝のことだ。


 この日、影郎はいつもよりも早く登校した。

 人身事故の影響でダイヤが乱れ、影郎が阿佐ヶ谷(あさがや)駅のホームに入った瞬間、遅れてきた電車が入線した。そのため、彼はかえって早く、電車に乗ることができたのだ。


 影郎は、教室の後ろ側にある、自分の席に座り、芽実(めぐみ)の〈鬼道〉に関する蔵書の写しを読んでいた。


 8時15分ごろ、晴日、らんに、(みね)などいつも2人と一緒にいる数名の女子生徒が、教室に入ってきた。


 その中に、見覚えのない女の子が1人、交じっている。

 すすきの穂のような濃いめのブロンドを腰まで伸ばし、それを後頭部で1本に束ねている。

 色白で、かつ芸能界に入っても十分やっていけそうな、均整のとれた容貌だ。


 教室中の視線が一斉に、彼女に注がれる。


 ブロンドの少女は、晴日たちとお喋りをしながら教室の前方、つまり影郎とは反対側の席についた。

 とたんに、彼女を中心に、幾重もの輪ができ上がる。とり囲んでいる者の大半は、女子生徒だ。が、中に少しだけ、男子も紛れている。

 そのうち1人が彼女に、何やら英語で話しかけた。


「発音、上手だね。ひょっとして君も、帰国子女なのかな?」


 ブロンドの少女は、日本語で応対した。流ちょうな日本語というよりも、ネイティブスピーカーのそれだ。


 影郎は知る由もないが、彼女に話しかけたのは、英語部員だ。

 彼は日本語に切り替え、少女と二言三言はなしをしたのち、離れていってしまった。どちらかというと、英語で会話をすることが、目的だったと見える。


(転校生なのか?)


 影郎も、とつぜん現れたブロンドの美少女の存在が、気になった。

 かといって、人だかりに分け入ったり、ましてや自分から話しかけたりする度胸など、彼にはない。

 コピーに目を通しながら、ときどきチラチラと、ようすをうかがうのが関の山だ。


 3分ほどそうしていると、彼女はらんと話し始めた。

 そのうち、影郎のいる辺りをらんが指さし、そのほうを向いた転校生らしき少女と、影郎の目が一瞬合った。

 上弦の月に照らされた空のような藍色の瞳に、影郎の姿が映る。


 彼は思わず下を向き、読書を続けた。まさか、意図して自分のことを見たのではあるまい、などと思った。


 いま字を目で追っていた1文を読み終わらないうちに、彼の机に影がさした。

 見上げると、そこにはブロンドの少女が立っていた。

 その後ろには、晴日とらんもいる。


「で、君が影郎だね?」


 初めて目にする女の子は、影郎の机の角に両手をついた。

 その声は、手の平で鈴を転がすかのような、高めで可愛らしいものだ。


「そうだけど?」


 影郎は、ぶっきらぼうに答える。

 意図して無愛想にふるまったのではない。真っ青な目でじっと見つめられ、頭の中が白紙状態になったのだ。


 目の前の美少女が直々に、しかも他の者をさし置いて自分に話しかけたのは、どういう風の吹き回しなのか。あまつさえ、「で、君が影郎だね?」、などというなれなれしさは何だ。

 そういった疑問すらわかないほど、彼はうろたえていた。


「初めまして。ボク、早月(さつき)


 早月と名乗った少女が、笑いかける。


「う……、あ……」


 影郎は、気が動転して声が出せない。

 早月のほうは、微笑を浮かべながら、たたずんでいた。こちらの反応を、待っているようだ。


「食らえ! 天地を炎上せしめる劫火の大剣、スルタロギ!」


 男の奇声が、一瞬だが影郎の耳を(ろう)した。

 同時に、彼の背後から、竹でできた長さ30センチメートルのものさしが、その頭を引っぱたいた。

 何かがはじけるような景気のいい音が、辺りに響きわたる。


()って……」


 影郎は、手で頭を抑えながら、ふり向いた。

 その先には、垓神真具那(がいがみまぐな)が立っていた。手には、竹ものさしが握られている。

 後ろの席に、権藤太薙(こんどうたいち)が座っている。いま起こったことが信じられない、といった感じで、目を大きく見開いて硬直していた。


「何してんだ?」


 影郎は真具那をなじった。その手はまだ、頭にのせられている。


「転校生にうつつを抜かすから、こんなことになるんだ」


 真具那に反省するそぶりは、みじんも感じられない。


「バカかお前は!? うつつを抜かすも何も、目の前に転校生がいるほうが現実なんだよ」


 影郎は追及する。


 かわいそうなのは早月のほうで、彼女は、せっかく話しかけた相手の意識外へ一気に追いやられ、呆然と立ち尽くしていた。

 あまりに唐突なできごとのためか、ぽかんと口を開けっ放しにしている。


 影郎と真具那の間で2、3分、押し問答が続いた。


 その後、真具那は大きく溜め息をついて、どこかへ行ってしまった。

 去り際、「高尚なことがらを理解できない、キミの無骨さが嘆かわしい」といった趣旨の捨てゼリフを吐いていた。


 影郎が前に向き直ったころには、早月も我に返っていた。


「あの、ごめんね。気がついてたらボク、さすがにあいつを止めようとしたよ。……ケガはない?」


 早月は、本気で申しわけなく思っているようだった。


「ああ。大丈夫……、だと思う」


 と言いながら、影郎はまだ、頭がじんじん痛んでいた。


「何なの、あいつ?」


 早月は、後ろにいた晴日のほうを向き、小さくなっていく真具那の背中を指さした。


「垓神真具那くん。何だかよく分かんないんだけど、よく影郎にちょっかいを出すの」


 晴日は早月に耳打ちした。


「ふうん。何が『スルタロギ!』だか……」


 早月は真具那のほうを見ながら、顔をしかめた。


 ここで、始業のチャイムが鳴った。

 晴日、らん、早月など立っていた者は、めいめい自分の席に向かった。真具那も戻ってきて、影郎の隣の席についた。


 影郎は腹の虫がおさまらなかった。

 理由もなく、痛い目にあわされたのもそうだ。しかしそれ以上に、早月に対し、本人に一切おち度のないことがらで、罪悪感を起こさせたことが、赦せなかった。


 間もなく、鳥尾(とりお)先生が教室に入り、ホワイトボードの前に立った。彼は部屋を順ぐりに見回すと、口を開いた。


「みんなもう分かっていると思うが、4月の間休学していた土浪(となみ)くんが、今日から登校することになった」


(そういえば、最初のホームルームでそういうこと言ってたな)


 影郎は思った。


「というわけで土浪くん、軽く自己紹介をしておくれ」


 鳥尾先生に促されて早月は起立し、白板の前に立った。


「皆さん初めまして。……まあ、半分くらいはお久しぶり、なんだけどね。土浪早月と申します。お父さんが横浜、お母さんがイングランドの出身で、ボクはあっちの、グラストンベリーっていう所で生まれました」


 彼女はさらに続ける。

 それによれば、早月は小学校を卒業するまで、イングランドに住んでいた。また、母は自分が生まれる前に日本国籍を取得しており、早月本人も生来、日本人だ。

 両親は現在もあちらにいて、自分は春休みに彼らに会いに行っていたが、わけあって帰国が遅れた、という。


「それと、ボク最初に覚えた言葉は日本語で、英語よりもこっちのほうが得意なので、どうか皆さん、日本語で話しかけてくださいね」


 早月は最後に、そう言い置いた。


「ところで、5月になったので、席替えをしよう。今日のいつやるかと方法は、クラス役員に一任するので、君たちでやっておくように」


 ホームルームはこれで終了した。

 1年C組は、みな部屋を出て、更衣室へ向かった。1時限が、体育なのだ。


 昼休みに、太薙の進行によって、席替えが実施された。方法はクジによった。

 影郎は、窓際で前から2番目の席になった。4月に、晴日たちがいた辺りだ。

 代わりに晴日、らん、嶺、早月は、廊下側の後ろのほうの席になった。つまり、影郎と晴日たちの位置が、そっくり入れ替わった形になる。


 真具那は晴日たちの近くだった。

 影郎は、真具那から離れられたことが、何よりも嬉しかった。

 晴日たちのうち誰とも近くになれなかったのは残念だし、これから1か月は真具那から迷惑をかけられるであろう彼女らを、気づかいもした。

 だが、喜びが大きく上回った。

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