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魔法少女3人寄ればかしましいなんてモンじゃない  作者: よしゆき
第6回 それは命がけで守る値打ちのあるものですか?(1)
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6-C 鬼女との戦い

 日曜日が、次の式神退治だった。

 晴日とらんは予告どおり、霊の通り道へ影郎を随伴した。


 影郎らが向かった先は、多摩川下流域の右岸、すなわち多摩川緑地の一部だ。3人は、そのうち川崎市中原区に属する地点で、霊を待ち構えた。

 そこは車道よりも約2メートル低くなっていて、車道から階段で、下りることができる。幅は、テニスコートがすっぽり入る程度だ。地面には、砂が敷かれている。


 彼らが到着したとき、緑地では子供たちが、野球をしていた。

 だがらんが〈十絶陣(じゅうぜつじん)〉を張り始めると、1分も経たないうちに、いなくなってしまった。去り際、彼らは口々に、「どこかほかで遊ぼう」とか「お前、何でそんなにイライラしてんだよ」などと言っていた。


「ごめんな……」


 らんは呟いた。


「本当に仙骨がないと、不快になるんだ」


 影郎は驚いた。


「ホンマは、〈十絶陣〉の効果としては副作用みたいなモンねんけど、めっちゃ重宝しとるわ。これがないと、とてもやないけど仕事にならん」


 日が暮れた。

 多摩川の両岸では、東京と神奈川の街の明かりが、煌々(こうこう)と輝く。


 式神は直ちに現れた。

 その姿をひと目見ただけで、影郎は鳥肌が立った。


「これって……」


 影郎は、思わず身ぶるいする。


 相手は小柄な人間の姿をしていた。

 が、色の抜けたざんばら髪を、地面に引きずって歩く時点で、とうてい人とは思えなかった。


 痩せこけた顔は、蝋人形のように真っ白だ。鼻翼が大きく膨らみ、反対に眼窩はどこまでも、落ちくぼんでいる。

 犬歯が極端に大きく、口から飛び出す。

 生え際から上斜め前に向かって、2本の角が伸びる。細く、長さは本人の手首から、中指の先までほどだ。

 体には、色あせたボロを巻きつけている。それがかつて和服だったと、辛うじて判別できた。

 右手には、ナタらしきものを握る。

 早い話が、能などに出てくる鬼女そのものだ。


 下手に蛇やクモのような、グロテスクな生き物を模した姿をしているよりも、人間然とした格好のほうが、かえって恐怖感をあおることもある。

 いま影郎が見ているものは、そのいい例だ。


「見た感じやと、明らかに鬼やな」


「どの魔法が効くかしら?」


 らんと晴日は、全く恐れるようすもなく、平然としている。


「何か、気味が悪くないか?」


 影郎は問うた。


「ホンマやな。足、ふるえそうやわ」


「せめて対策が立てられれば……」


 らんと晴日は、相手を見つめたままだ。

 口では怖いと明言するものの、2人の表情や物腰からは、そんな感情はいささかも読みとれない。


「強いんだな、俺と違って」


 影郎は2人をうらやんだ。


 式神は、3人に向かって走り出した。ナタを握る手を、横ざまに構える。

 歩幅は小走り程度だ。だが、そうとは思えないような速度で迫ってくる。

 彼女は瞬く間に、〈十絶陣〉の外層に進入した。


「ちっ! また速い」


 らんは舌打ちした。同時に桧扇(ひおうぎ)を構え、いつものように〈十絶陣〉を操作した。

 影郎たちから見て、正面の区画を当初占めていた木の気が、左斜め前にずれる。代わって、その場所には土の気が座した。


 らんは扇を開き、相手をあおぐように、うち振った。

 すると影郎たちの前方に、どこからともなく大量の砂れきが現れ、強風と共に、敵に向け殺到した。〈十絶陣〉の第5、〈紅沙陣(こうさじん)〉が発動した。


 一団の黄土が、式神を飲みこむ。

 かと思うと、鬼の体が空中にはじき飛ばされた。まるで、砂粒の1つ1つに、大岩ほどの質量があるかのようだ。

 相手の体が、鈍い音を立てて落下した。彼女は痛みをこらえて、よろよろと立ち上がろうとする。


「よかった……、間におうて」


 らんはほっとひと息つく。


「土の魔法が効いてる……。でもどうしよう? 私、土の魔法は持ってないわ」


 晴日は言った。


 らんは攻撃の手を緩めなかった。上空を舞い飛ぶ砂に扇を向け、その手をふり下ろす。扇が指し示す先には、いまだ我が身を手でかばう式神。

 砂れきが天から、彼女の頭上に降り注いだ。見る間に、相手の姿が隠れる。


 煙が上がった。

 だがらんがひとあおぎすると、立ちどころに左右に分かれて、影郎らに視界を提供する。

〈紅沙陣〉いっぱいに、砂の山が積み上がった。その中腹あたりに、鬼が見えた。胸まで砂に埋もれ、顔を上に向けている。あお向けの状態で、身動きがとれないようだ。


「晴日。どれでもええから、〈アストラ〉撃ってみ」


 らんが晴日に目で合図する。


「うん。じゃあ〈アグネヤストラ〉を使うわ」


 晴日は真ちゅう色の()を手にとり、火天に向けて密(ごん)()し始めた。影郎が初めて晴日たちの戦いを見たときに、唱えていたものだ。


 らんは桧扇で、砂山の頂上を指し示す。

 すると、指された場所が崩れ落ち、敵の上半身をめった打ちにした。その真下に、見る見るうちに、新たな堆積ができ上がる。

 式神の顔には、いくつものあざが浮かぶ。額やほおから、透明な液体がにじみ出る。角の1本が折れている。


「もう少しなんかな?」


 らんは油断なく相手を見すえた。


 そのとき、鬼女の体がわなわなとふるえた。

 影郎はぞくっとする。


 次の瞬間、式神の姿が見えなくなった。後には、穴の空いた砂山が残る。


「どこ?」


 影郎たち3人は、誰からとなく互いに近づいて、背中合わせになった。相手がどこから襲ってきても、対応できるようにするためだ。

 もっともこれが功を奏するのは、敵の動きを目で捉えられる場合だけ。


「っ!」


 晴日が声にならない声をもらした。


 影郎とらんが、晴日のほうを向く。


 そのときには、そこに晴日はおらず、円盤だけが落ちていた。すでに火天の武器が装填され、ぼうっと青白い光を放っている。


 後ろで、土を踏む音がした。影郎とらんはふり返る。


 その先の20メートルばかり離れたところ、第7の陣〈紅水陣(こうすいじん)〉が配置されている場所に、晴日がいた。

 その後ろから鬼が、晴日を左腕で抱き抱え、首にナタの刃を押し当てている。


「晴日!」


 影郎は叫ぶ。

 いま体験していることの現実味が、急に失せた。人間とは都合よくできているもので、いちばん起こってほしくないようなできごとに遭遇すると、そういう感覚を催すらしい。


「何のつもりかな?」


 対照的に、らんは静かに問うた。


「アマッコガ、調子ヅキオッテ……。貴様ガソノ道具ヲ置イテ、ココマデ来ルガイイ。ソウスレバ、コチラノ(むすめ)ハ放シテヤロウ」


 鬼女は、晴日を抱く腕に力を込めた。


「らんちゃん、分かってるわね」


 晴日は身じろぎ1つしない。

 観念したように、影郎には見えた。


「信用できへん」


 らんは即座に拒否する。


「おい、らん?」


 影郎は、らんの肩に手をかける。

 彼女がこんなにもあっさりと、晴日を見捨てたことが、信じられなかった。


「黙っとって」


 らんが相手のほうを睨んだまま、影郎に囁く。

 何か策があることを十分に匂わせる言いかただ。とはいえ、冷静さを欠いた影郎には、気づく余地もなかった。


「従ワヌト、コノ娘ノ喉クビヲ掻ッ切ルゾ?」


 相手がナタの角度を変え、刃をらんに見せつける。


「ゆうと思った。あんた、そのあと自分がどうなるか、分かってて喋っとるんやろうな?」


 らんの顔には、侮蔑とも嘲りともとれる笑みが、混じっていた。


「ドウイウ意味ダ?」


 式神の語調に、苛立ちが表れる。


「簡単なこっちゃ。その子の喉が切られた後も、ウチがこうして大人しゅう突っ立っとる思うんかって訊いとるんや」


 らんはいっそう強い口調で迫った。


「アマッコ……!」


 鬼の目が、かっと見開かれる。口元がふるえている。


「らん! あいつがヤケを起こしたら、どうするんだ!?」


 言いながら影郎は、前回のように自身に霊が降りるのを祈った。

 だが、いくら待ってもそれが叶う気配はない。今が一番、それを必要とする状況なのに!


「今あんたが立っとるとこ、〈紅水陣〉ゆうてな、中の赤い水に触れたとこが、溶けてまうねん。その子に、切り傷1つでもつけてみぃ。あんたの体、肉の1片まで血溜まりに沈めたるで!」


 らんは影郎の制止を、意に介さない。

 彼女がまくし立てている間に、鬼女の周囲の地面から、血のように赤い水がふき出した。水は渦を巻き始め、敵と晴日が立っているわずかな地点だけを残して、荒れ狂った。


 式神の顔から、最後の余裕の色が消える。

 いつしか、恫喝する者とされる者とが、完全に入れ替わっていた。


「今や。――止まれ!」


 らんが語気鋭く、相手に命じた。


 そのせつな、鬼女の動きが、ぴたりと止まる。晴日を抱きすくめた体勢のまま、凍りついたのだ。


「ナッ……!?」


 鬼は、声を出すこともままならぬようすだ。


 とたんに、式神や晴日をとり囲んでいた〈紅水陣〉の奔流が、消えてなくなった。


「晴日、こっちに走りぃ!」


 らんは叫んだ。


 晴日は身を低くして拘束を脱し、らんの元に走り寄る。そして環を拾い上げ、ふり向きざま投げつけた。


 晴日の〈アストラ〉は、光り輝きながら鬼女に向かって飛んだ。

 敵はまだ、金縛りにかかったままだ。

〈アグネヤストラ〉が、式神に当たってはじけた。青白い光が一瞬で、辺りを飲みこむ。火球は、影郎たちのいる目と鼻の先まで、膨れ上がった。


 光が消える。あとには、相手の骨だけが残り、それもほどなく崩れ去った。


 晴日とらんは、力尽きるように、両膝と両手をついた。そのほおを、玉の汗が伝う。

 淡々とらんに「分かってるわね」などと言った晴日も、大見得とタンカとを同時に切って見せたらんも、内実は少しも、余裕などなかったのだ。


「らんちゃん、ごめんね」


 晴日はそのままの格好で謝る。


「ケガしてへんな?」


 らんの問いに、晴日は無言でうなずいた。


 2人はしばらくの間この状態でいたあと、立ち上がって砂を払った。


「らん。何でわざわざ、あいつを逆上させるようなことを言ったんだ?」


 影郎はらんを問い詰めた。


「ウチがさっきあいつに『止まれ』ゆうたん、〈定身(ていしん)の術〉ゆう魔法ねん。あれ、相手が動揺しとるほど、効きやすなるんや」


「じゃあ、わざと徴発してたのか」


「そもそも、らんちゃんが降参したって、私が助かる保証なんてないの。2人仲よくやられるくらいなら、私が巻き添えになってでも、らんちゃんにあれを止めてもらうわよ」


 晴日が、誰とも顔を合わせずに言った。


「本気か?」


 影郎は血相を変えた。


「あの状況やと、もしウチに〈定身の術〉()うたら、その二択しかないやろ。ウチかってそうするわ」


「でも、そんなことになったら、ずっと後悔するんじゃないか?」


「間違いないな。一生、自分を責め続けて、おかしなるかもしれへん。やけど――」


「どのみち私が助からないのなら、せめてらんちゃんだけでも、生き残ったほうがマシ」


 続きは晴日が言った。


 今さらながら影郎は、2人がごっこ遊び感覚で、SSSの仕事をしているのでないことを、思い知った。


「さて、暗い話はもうたくさんや。せっかく誰もケガせえへんかったんやから、まずはそれ喜ばんと」


 らんが道路の方向へ歩き出した。晴日もすぐその後に続く。


 影郎は、なぜ2人がこのような危険をいとわぬほどに、この仕事に執着するのか、気になった。

 だが、この場でそれを尋ねることはしなかった。暗い話はイヤだ、というらんの意向を重んじたからだ。

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