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魔法少女3人寄ればかしましいなんてモンじゃない  作者: よしゆき
第6回 それは命がけで守る値打ちのあるものですか?(1)
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6-B 晴日と2人旅

 翌日の放課後、影郎が教室で教科書などをカバンに詰めていると、晴日とらんが影郎の近くまで来た。


「ほな行こか」


「早く支度して」


 晴日は若干、せき立てているようだ。


「あ! ちょっと、らん! ストップ」


 1人の女子生徒が、らんの肩に手をかけた。

 (みね)とは違う、影郎とは何の面識もない人物だ。これまでもたびたび、晴日たちとお喋りをしていたのを、見た気がする。

 額にポツポツと浮かんだニキビと、いわゆる福耳が印象的だ。


「どうしたん、直子?」


 らんがふり返って尋ねる。自分が呼び止められた理由が、全く思い当たらない、といったようすだ。


「『どうしたん?』じゃないわよ。あなた今日、そうじ当番でしょ? サボったら、赦さないわよ」


 直子と呼ばれた女の子は、らんの肩に置いた手に、力を込める。


「あ……」


 らんの顔がサーっと青ざめた。


 成鸞館(せいらんかん)高校では、生徒の負担軽減を名目に、そうじ当番は、2か月に1度くらいの頻度でしか回ってこない。

 だがそれは同時に、1日あたりの当番の人数が少ないことも意味する。ために当番になった日は、下校時刻ぎりぎりまで、帰れない。もちろん、欠席などで本来のメンバーが1人でも欠けると、えらいことになる。


 直子の切実な表情と語調から察するに、彼女もまた、今日の当番であるらしい。

 らんは困惑した顔で、晴日を見た。

 そうじを手伝え、とでも言いたいのかと、影郎は思った。もし懇願されたら、応じるのはやぶさかでないが。


「しかたないわね。本は私たちだけで探すから、チョコレートはまた今度にしましょう。あり得ないと思うけど、もし早く終わったら電話して」


 晴日は笑った。彼女のほうはらんの意図を、正確に察していた。


 影郎と晴日は学校を出て、上野駅に向かった。目指すは、市川市にある晴日の家だ。

 2人は上野公園に入った。以前に影郎と一緒にここをとおったのは、晴日ではなくらんだった。


「ねえ、影郎くん」


 前を向いて遊歩道を歩きながら、晴日が口を開く。


「何?」


 影郎はどぎまぎした。

 先日のマロースカとの戦いの後、らんに促されて、冷えきった晴日の体を抱いて温めたことが、思い出された。あのときのことを、晴日はどういうふうに思っているのだろう。


「前に、『痛くなかったら、一生霊にとりつかれてもいい』とか言ってたけど、あれってどういう意味なのかな?」


「ああ、あれか。別に大した意味じゃないよ。霊が俺に乗り移ってる間って、俺自身は眠ってるみたいな感覚なんだ。だから別に、その間に何が起こったって、俺には関係ないというか」


 影郎はたどたどしく説明した。この辺りのことは、彼も深く考えたことがなかった。


「でも、その間は影郎くん、何もできないのよ? そんなのが一生つづくのって、死んでるのと同じじゃない。十分、大したことだと思うわよ」


「そうかあ? 別に痛くないんだったら、どういう死にかたしたって、変わらないと思うけど」


「死ぬ瞬間は、確かにそうよ。でも影郎くんは、まだ何十年も生きるのよ? その間においしいものを食べたいとか、友達とどこかへ行きたいとか、そういうのはないの?」


「ないなあ。1ついいことがあると、その10倍はイヤなことがあったし。ほんの少しの楽しみのためにガマンし続けるのって、バカらしいと思うんだ」


 影郎が答えると、晴日は沈黙した。


 しばらくの間無言でいたかと思うと、また晴日は話し始めた。


「この前、らんちゃんが言ってたの。影郎くんが今みたいなことを言うのは、子供のころから辛い思いばかりしてきたからなんじゃないかって。それで自分のことにも、努めて無とん着でいるのかもしれないって」


 影郎は舌を巻いた。本人さえ曖昧にしか意識していなかったことを、らんはかなり正確に、言葉で言い表せていたからだ。


「まあ、だいたいそんな感じかな。それにしてもすごいな、あいつ。前々から思ってたけど」


「それは私も思うわ」


 晴日がそう言ったところで、2人は上野駅に到着した。

 改札の前で、カバンをまさぐって通学定期券を出したり、エスカレータを昇り降りしたりしているうちに、影郎たちは今しがた話していた話題を、すっかり忘れてしまっていた。

 駅のホームや電車の中では、2人はらんの言っていた、ベルジャン・チョコレートの店について、語った。


 影郎と晴日は、上野から京浜東北線で東京駅まで行き、そこで総武線快速に乗り換えて、市川駅に着いた。

 駅を出ると、道路を挟んだ反対側に、くだんのチョコレート店が見えた。

 その前には長い行列ができている。テラス席からは、今にも人がこぼれ落ちそうだ。


「こりゃ、ほとぼりが冷めるまで、近寄れないな」


 影郎はたちまち、行く気を削がれた。


 2人は市川市の住宅街を、南東へ歩いた。


「菊池芽実さんって、どういう人だったんだ?」


 今度は影郎から話しかけた。


「まだおばーちゃんのこと、影郎くんに話してなかったかしら」


 晴日は少し、意外なようすだ。


「らんからは前にちょっと聞いたよ。芽実さんが晴日を引きとって養子にしたんだってな。それから、今までらんや辰午さんの話にもときどき出てきたから、他にもいくつか、断片的に知ってることがあるぐらいかな」


「じゃ、他に知っておいたほうがいいことは、……そうだわ。おばーちゃんはSSSが設置されたときから所属していて、1990年代から亡くなるまでの間は、SSSにはおばーちゃんの他に、魔道士はいなかったんだって。そんなところかな」


 晴日の「魔道士」という言葉が、影郎には引っかかった。


「魔道士って、魔法使いとは違うのか?」


「あ、ごめんなさい。魔道士って言葉は、らんちゃんやシンゴとの間で漠然と使ってるだけで、厳密な定義とかはないの。私たちは、陰陽道とか宿曜道とか、何かの魔道に属する魔法を使う魔法使いのことか、公務員として働いている魔法使いのことか、どちらかの意味で使ってるわ。さっきのは公務員のほうね」


「じゃあ、魔法使いの一部を魔道士って呼んでるんだな」


「そうよ。だけど、こんなの覚えなくていいわよ。公務員のほうの意味なんか、こんな使いかたをし始めたの、シンゴの妄想が発端なんだから」


「一体何があったんだ?」


 妄想とはまた辛辣な表現だ、と影郎は思った。


「前にシンゴ、こんなこと言ってたのよ。『もしも国が政教分離の制約を受けなかったら、国が魔法の存在を前提に政策を決定するのも、問題なくなる。ついては、魔法使いが国家資格になったりするかもしれないが、そうなった暁には、弁護士や税理士と同じ、士業みたいなニュアンスのある「魔道士」が、資格の名称になるんじゃないか』ですって。本当にファンタジーの世界よね」


「辰午さんって、けっこう夢のあること言うんだな」


「案外、子供よ?」


 晴日がまた辰午のことを悪く言った。

 それが親しみの裏返しなのであろうことは、影郎にも想像できた。少々、辰午とらんがうらやましい。


「悪かった。話を脱線させて。それで、芽実さんは優しかった? らんとかの話を聞いてると、お前らすごく慕ってるみたいだったからさ」


 影郎は話を戻した。最初に「どういう人だったのか?」と訊いたときも、知りたかったのは芽実の経歴よりも、むしろ性格のほうだ。


「優しすぎるぐらい、優しかったわ。私、1度も怒られたことなかったんだもの。それと、一時期だけど私、魔法がなかなか上達しなくて、練習するのがイヤになったことがあったの。そしたらおばーちゃん、いつまでも何も言わずに、私が自分からまた練習する気になるのを、待っててくれたのよ」


「へえ。いい人だったんだな。よかったじゃん」


 ここまで話すと、晴日の家が視界に入った。1階建ての一軒家だ。

 2人は家に入ると、前回らんと来たときに通された、居間に向かった。


 室内は前と同様、植物やインセンスオイルなどの雑貨で、あふれ返っていた。

 心なしか、あのときよりもグッズの数が、多くなっている気がする。

 海外のアニメーションに登場する、シマリスのコンビをかたどった塩化ビニル製の人形は、以前には間違いなく、存在しなかった。


「私、ちょっと着替えてくるね。書庫はホコリっぽいと思うから」


 晴日は影郎をテーブルにつかせると、居間を出た。


 戻ってきた晴日は、ブラウスに紺色のタイトスカート、それに眼鏡といった出で立ちだった。眼鏡は、だ円形の小さなレンズに、ピンクの細いフレームといった形状だ。

 眼鏡を除き、不潔な場所で作業をするのには、あまり向いていないように見える。


「そんな服にホコリがついても、大丈夫か?」


 影郎は、衣服全体をやんわりと指さした。


「洗えるから平気よ。それに、おばーちゃんこういう服ばかり買ってきたから、家にあるの、みんなこんな感じなの」


 晴日は下を向いて、自分の服装をしげしげと眺める。

 そのさい眼鏡がずり落ちそうになり、これを右手の人さし指で直した。


「芽実さんに、服を選んでもらってたの?」


「だって、私どういうのを買えばいいか、分かんないもん」


「それと、目が悪かったんだな」


「うん。いつもはコンタクトレンズなの。らんちゃんが『そのほうがいい』ってしきりに薦めるから。影郎くんはどう思う」


「どっちでも同じじゃない?」


 言ってから影郎は、もっと気のきいた受け答えをすればよかったと後悔した。

 晴日が人前では見せない姿を見られたことが嬉しく、少し照れ臭くなったのが、ぶっきらぼうな対応の原因だ。


「本は、ひと休みしてから探しましょう。コーヒーを入れるわ」


 晴日は台所へ歩いていった。


「砂糖とミルクは、この前らんのコーヒーに入れたのと同じくらいね」


 影郎は前回の教訓を忘れていなかった。


 出されたコーヒーは、お見舞いのときよりは、かなり甘さ控えめだった。だがそれでも、「小さなスプーン1杯分」しか砂糖が入っていないとは、思えない味だ。


 一服すると、2人は地下の書庫に入った。


 物置き部屋の奥に、上げぶたがある。それを上げると、地下への階段が現れた。

 降りた先に、鉄製の重そうな扉がある。鍵がかかっていたが、晴日が解錠すると、扉が開いた。


 中に入った時点では、書庫は真っ暗だった。晴日が照明のスイッチを押すと、ぱっと明るくなった。


 書庫の広さは、公民館の集会室程度だ。天井の高さは、民家の1階と変わらない。

 壁は白いコンクリートだ。

 中に書架が、約30台ある。全て天井に届くぎりぎりの高さだ。書架と書架の間は密着していて、とても人が入りこめそうにない。


「すごい……」


 影郎は感嘆した。


「おばーちゃんも全部に目を通したわけじゃないわよ。いくらおばーちゃんでも、漢籍とか、昔の書体の文字までは、読めなかったから。おばーちゃんね、のちのち必要になるかもしれないと思った本は、見つけたその場で買ってしまうの」


 晴日の言葉を聞いて影郎は、多少は芽実が身近な存在に感じられた。


 2人は、すき間なく並べられた本棚の真ん前に立った。書棚を真横から見ている形だ。

 彼らに向かう面には、ハンドルがついている。ハンドルの上に、矢印のプリントされたシールが貼られていた。そのまた上には、数字が書かれたシールがある。


「で、どうやって本をとるんだ?」


 影郎は尋ねる。


「あら? 影郎くんは、『移動書架』って見たことない?」


「初めて見た」


 文脈から、目の前の書棚を「移動書架」と呼ぶということは、影郎にも分かった。


「まあ、見てて」


 そう言うと晴日はメモをとり出し、棚に貼られている数字のシールと、1つ1つ見比べた。


「185・3Tは……、ここね。150から200」


 晴日は、書棚のうち1つの前で立ち止まった。

 そして、これにとりつけられているハンドルを、回そうとした。


「ん……、あれ? 動かないわ」


 晴日がいくら力んでも、本棚はびくともしない。


「回す方向が、逆なんじゃないのか?」


 影郎は晴日の後ろに立った。


「そんなはずないわ。私、いま書架の右にある本をとりたいから、左に動かそうとしてるんだけど、左に動かすには、ハンドルを反時計回りに回さないといけないんだもの」


 言いながら晴日は、ハンドルを逆方向にも回そうとした。

 ところが、やはり書棚は微動だにしない。

 数字が書かれているものの真下にあるシールは矢印で、ハンドルを時計回りに回せば書架は右に、逆向きに回せば左に移動する旨を、示している。


「ちょっと代わって」


 影郎は、晴日と交代してハンドルに手をやり、力を入れた。

 ハンドルはたやすく回り、本棚が左にずれた。その本棚に押しのけられて、これよりも左側にあるほかの全ての棚も、同じ方向に動いた。その結果、移動した書棚の右に、人が入れる程度のスペースができた。


「なるほど。こういう仕組みか」


 影郎はまた感激した。


 晴日は現れた空間に滑りこみ、目当ての本を探した。


「185・3Tは……、あそこだわ」


 晴日は書棚の高い所を指さした。


「どれどれ……?」


 影郎は晴日の隣に立つ。

 棚にある全ての本の背表紙に、数字の書かれたシールがついている。晴日のメモに書かれた番号の本は、棚のいちばん上にあった。


「俺でも、とれないぞ」


 影郎は背伸びやジャンプをしたが、徒労だった。


「入り口のほうに、脚立があるわ」


 言うなり晴日は、書庫の入り口に戻った。影郎もあとを追う。

 2人は脚立を持ち上げて、欲しい本の真下まで運んだ。

 影郎はすぐに1、2段登ったが、晴日がそれを止めた。


「待って。私が登るから、影郎くんは下で抑えてて」


「えっ? でも……」


 影郎はためらった。何せ晴日は、スカート姿だ。


「だいぶぐらぐらするわよ。私が抑えたってそんなに安定しないし、影郎くんが落ちてきたら、私じゃ受け止められないから、お願い」


 晴日は、影郎が降りるのを待たずに登り始めた。


「うわっ! 待て。危ない」


 影郎は慌てて踏み台から飛び降りた。そして脚立に両手をかけ、体重を預けた。


「できれば下を向いてもらえると、助かるんだけど」


 晴日に言われる前から、影郎はそうしていた。


 晴日は、1冊の本を持って、降りてきた。

 本は表紙も背表紙も中身も、何が書かれているのか、さっぱり分からない。表紙などは辛うじて漢字だと分かるのだが、中身は何の文字なのか、見当もつかなかった。確かなのは、お世辞にも美しい字形だとはいえない、という点だ。


「辰午さん、これが読めるのか?」


「どうかしら? シンゴ、英語とフランス語と中国語は分かるって言ってたけど、こんな変な文字のことは、一言も言ってなかったし。でも、昨日『予言書で影郎くんのことを言っているような記述があった』とか言ってたわよね。じゃあ、読めるのかしら?」


 晴日も首を傾げた。


 その後2人は、台や移動書架を元に戻して、書庫を後にした。

 階段を上るとき、晴日は服の表面を手で払った。


「けっこうホコリっぽかったわね。何だかむずむずする。このところ、そうじしてなかったからかな」


「あそこ、そうじするのか?」


 影郎は尋ねた。


「そりゃそうよ。本がホコリだらけになったら、読む気がしないし」


「あの広さをそうじするの、大変だろ」


「1人でやるんじゃないわよ。らんとシンゴも来てくれるわ。次から影郎くんにも、お願いしようかな」


「ああ、もちろん」


 影郎は快諾した。

 SSSの日常業務にほとんど参加できないので、雑用でも何でも任せてもらえないと、面目が立たない。


 本は現在の所有者である晴日の手元に残し、影郎は帰宅した。


 その週の木曜日にSSSの日常業務があった。そのとき晴日は、辰午に本を手渡した。

 辰午は「読むのに時間がかかりそうだから」と言って、中身をマイクロフィルムにコピーし、本そのものは、当日中に晴日に返した。

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