6-A おつかい
4月下旬の月曜日のことだ。
この日影郎たちは、SSSのオフィスで、日常業務をやっていた。
特に重要なのは、次の3点。
まず、ひき逃げをした車両の逃走先を探知した。次いで、外務大臣がブルネイを訪問する日どりを決めた。それから、新しく就任した仙台高裁の長官に、式神が放たれていないかを、チェックした。
影郎にとっての不満は、彼にできることがほとんどないということだ。
たいがいの案件は、晴日とらんの2人が、受注後15分以内に片づけてしまう。それでなくても、影郎に霊が憑依する気配は、全くない。
同僚がてきぱきと仕事をこなすのを、ただ見ているしかないというのは、想像以上に神経をすり減らすものだ。影郎は、実際に働く2人よりも、遥かに心労が激しかった。
この日の業務は、午後8時半ごろに終了した。
影郎たちの帰りぎわ、桜井辰午が3人に声をかけた。
「ねえみんな。ちょっと頼みがあるんだけど」
「なになに? 『いつも頑張ってるごほうびに、ホテルのバイキングをごちそうさせてほしい』やって? 困ったなー。どうしよっかなー」
らんが軽口を叩く。
「まあそれも近いうちにやるとして、今回は別件だよ。実は、芽実さんの書庫から、この本を持ってきてもらいたいんだ」
らんの冗談を軽く受け流し、辰午は晴日にメモを手渡した。
影郎とらんも、その紙をのぞきこむ。
紙には、「神州啓示記 185・3T」と書かれている。後半の英数字は、蔵書番号だろう。
「これをとってくればいいのね?」
晴日が辰午に目を向ける。
「うん。急がないよ。次に登庁する日でも十分だから」
「おばーちゃんの本って、前に全部マイクロフィルムにコピーして、ここの地下に保管してあるのとちゃうん?」
らんも辰午のほうを見た。
「この本だけコピーされなかったんだ。芽実さんが、懐疑的な立場を持っていたからね」
辰午が説明する。
「どうして、今さら必要になったの?」
晴日は紙切れをカバンにしまいこんだ。
「その本は、一種の予言書なんだ。――芽実さんが疑いの目を向けた理由の1つも、それなんだけど。それで、僕の記憶違いでなければ、その中に影郎くんのことを、言っているような箇所があった気がするんだ。たまたまだと思うんだけど、念のためもう1回、見てみたいんだよね」
「分かったわ。次ここに来るのは木曜よね。そのときにでも持ってくから」
晴日が言った。
「おばーちゃんの書庫めっちゃ広いから、蔵書番号が分かっとっても、探すの大変やで。みんなで探さなあかんわ」
らんが晴日に忠告する。
「1人で大丈夫よ」
「まあ遠慮しなさんな。明日3人で探して、そのあと食べにでも行こ」
「さてはそっちが目当てね。何かいいお店でも見つけたの?」
「こないだ市川駅の近くに、ベルジャン・チョコレートの専門店がオープンしたんやって。チョコ売ってるだけやのうて、それ使ったアイスとかクレープとかも出すみたいやで。店の写真も見たけど、テラス席がすごいおシャレわ」
「行きましょう!」
晴日は立ちどころに、前言を撤回した。目がらんらんと輝いている。
(やっぱり晴日は甘党だったのか。前もコーヒーに、大量の砂糖を入れてたからな……)
影郎は思った。
「あ、予め1つ断っておくよ。僕、今でもその本の内容は、マユツバだと思ってるんだよね。だからはっきり言って、苦労して探してもらっても、読んだら『ああ、やっぱり当てにならんね』で終わる可能性が高いんだ。それでもいいかい?」
「いいわよ。チョコのついでだから」
辰午が言い終わるか否かといううちに、晴日がうけ合った。
話がまとまったところで3人は退庁し、この日は食事はせずに、それぞれまっすぐ帰宅した。




